第125話 鬼瓦くんとまごころを君に

 前回のあらすじ。

 勅使河原さんが怖い。



「ちょっと! 公平先輩、スカート引っ張らないで下さい! セクハラですよー!!」

「セクハラなんて知った事か! 頼むから俺を独りにしねぇでくれ!!」

 世の中の高校生の一体何割がこれほどの恥ずかしい姿を晒すだろう。

 後輩の女子に頼みごとをしながら、半べそかいてスカートを引っ張る。

 駄々っ子か。


 だが、それすらも致し方なし。

 勅使河原さんの発する負のオーラはそれほどの危険を孕んでいた。

 何が悪いって、てめぇから話しかけた以上、放置して逃げる訳にもいかない。

 そんなところに通りかかった花梨。

 逃がす理由がなかった。


「あ、あはは、真奈ちゃん。どうかしたんですかー?」

「か、花梨ちゃん……。ふ、ふふふ、別に、どうもしない、よ?」

「……そ、そうですかー。先輩! いつまで人のお尻に隠れてるんですか!?」

「お、おう。俺の細い体隠すにゃ、丁度いい塩梅だと思ってな」

「……せんぱーい? あたしも、真奈ちゃんサイドに付いても良いんですよ?」

「ごめんなさい。すみません。ホント、マジで、申し訳ない」

 不死鳥フェニックス土下座。

 あまりにも早い俺の必殺技の登場である。


 そして花梨は勅使河原さんから事情を聴取した。

 いつも凛としていて物怖じしない彼女が、柄にもなくあたふたしていたのは、それだけ状況が緊迫していることの証明であった。


「えっと、何かの行き違いじゃないでしょうか?」

 花梨の第一声は、意外なセリフ。

 てっきり、鬼瓦くんが悪いで一刀両断するものかと思っていたのだが。

 彼女は続ける。


「あの人に限って、真奈ちゃんとの写真を粗末に扱うって事はないと思うんです」

「おお、花梨……。意外と鬼瓦くんの評価が高いのな」

「別に、普通ですよ? ただ、彼の性格を考えたら、不自然過ぎますもん」

「なるほど。おっしゃる通り」

「……あと、いい加減にあたしのお尻に隠れるのやめないと、怒りますよ?」

 なるほど。おっしゃる通り。


 俺は久しぶりに表に立って、さかしげに言ってみた。

「こいつぁ、鬼瓦くんに事情を聴くのが手っ取り早そうだな」

「公平先輩。今日ばっかりはカッコ良くないです」

「おう。ホントごめんなさい。あとでアイス奢るから」

「もぉー。じゃあ、ちょっとあたし、鬼瓦くんにお話聴いて来ますよ」


 「それなら俺も」と言いかけた瞬間であった。


「おや、みなさんお揃いで、どうかしたのですか?」


 タケちゃん、タイミングが悪い!


 今から君の事情を聴いて、イイ感じに煮詰めた後に話をしようと思っていたのに。

 煮詰めるどころか、鍋に入る前に登場するって、君ぃ!


 こうなったら、イチかバチかである。

 俺は、花梨に「ちょっと」と二言三言伝えて、鬼瓦くんの所へ。

 彼は廊下にいるので、通常ならば会話は彼女に聞こえない。

 少なくとも、鬼瓦くんはそう考えるはずなので、真実の追求への壁はない。


「お、鬼瓦くん! どういうことだ、こりゃ!?」

 俺は状況を端的に説明した。

 君ほどの男が事もあろうに、勅使河原さんとの思い出の写真をボロボロにしたのは何故か。

 事情を知りたい。そう問い詰めた。


 鬼瓦くんは頭をかいて、「参りましたね」と言うと、遠い目をする。

「朝、桐島先輩に写真を頂いてから、まずゴミ収集車に撥ねられまして」


「うん。ごめん。どう言うこと?」


「うっかり写真を落としたところに、たまたま車が。拾おうとしたところ、撥ねられた上に写真まで轢かれてしまいました」

「良し。そこはもう分かった事にするよ」


「そのあと、調理実習で油の入った鍋を同じ班の子が手を滑らせまして」

「お、おう。そりゃ危ねぇな」

「ひとまず僕が壁になったのですが、胸ポケットに入れていた写真にも油が」


 ひ、ひとまず壁に!?


 うん、こんな事にツッコミ入れるのは無粋だね。

 続けておくれ。


「大切な写真だったので、とりあえず家庭科室の窓際で乾かしていたのですが」

「……何かあったんだね?」

「はい。不用意に誰かが窓際に予備のガスボンベを置いておりまして」

 俺は、「あ、四時間目に火災報知器が一瞬鳴ったなぁ」と思い出す。

「ガスボンベが日光で熱されたのか、破裂して火が出てしまいました」


 いわゆる収れん火災と言うヤツである。


「それは僕の体を押さえつけて、すぐに鎮火したのですが、更に大切な写真を汚してしまう事に……。そこで、一番安全だと思える自分の席に置いておいたんです」

「お、おう。……無茶苦茶するなぁ、君は」


「仕方ないですよ。真奈さんとの大事な写真のためですから」


 つまり、彼は車に撥ねられ、熱した油にかかり、燃え盛る写真をその身一つで鎮火した。

 それもこれも、勅使河原さんとの思い出を守るために、と。



「そう言うことだってさ。勅使河原さん」

 俺は、ポケットに入れておいたスマホに向かって喋る。

 彼女には花梨のスマホを通話状態にして聞いてもらっていた。

 要するに、鬼瓦くんの真実の心まごころを聞いてもらうために、一計を案じたのだ。


 勅使河原さんが駆け寄ってくる。


「た、武三、さん! ご、ごめんなさい! わ、私!」

 彼女は話した。

 勝手な勘違いで腹を立てていた事を。


「はは、そんな事気にしないで良いよ。僕の方こそ、変に不安な想いをさせてごめんね。そうだ、学食でお茶をしようか。うん、いいとも。先輩、少し失礼します!」


 イケメン瓦くんは勅使河原さんと去って行った。



「おっし! ……花梨。花梨さん? ……えっと、アイス食べる?」

「……はあ。あたし、ちょっぴり真奈ちゃんが羨ましいです」



 花梨がアイスを食べている間、実に6回ものため息が俺を貫いたのは、また別の話である。

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