第112話 花梨と坂の上へ
「では、行きましょう! せーんぱい!!」
「まあ仕方ねぇな。行ってくる」
「コウちゃん、倒れないでねっ!? 絶対だよ、絶対だからねっ!?」
俺の体力への信頼度がヤバい。
目をウルウルさせて俺を見送る毬萌。
失礼なヤツである。
「ではでは、先輩! どこに行くか分かります?」
「あー。おう。夜景見るんだろ?」
「へっ!? な、なんで……」
「あれ、違った?」
「い、いえ、合ってますけど」
「だって言ってたじゃねぇか、合宿の夜は夜景見ましょうね、うっふんって。打ち合わせの時に」
「そんな言い方はしてません! 誰のマネですか、怒りますよ!!」
「はは、悪ぃ悪ぃ。けど、見たかったんだろ?」
「……先輩、そうやってたまに鋭いからズルいです」
「おう? もしかして覚えてない方が良かった?」
無言で駆け出した花梨は、展望台への道のりを案内板にてチェック。
振り返って、はにかみながら言う。
「えへへ。あたし、先輩のそういうところ、すっごく好きですよ!」
展望台へは、坂道と階段の連続であった。
基本的に急こう配になっており、玉でも転がしてみれば、さぞかし軽快な動きを見せるであろうこと疑いなかった。
「先輩、大丈夫ですか?」
「はぁん? へ、平気に決まってんじゃあねぇかぁぁん」
「その割には吐く息が妙になまめかしいんですけど……」
玉を転がしたら気持ちの良い動きをすると言う事は、上へ登ろうとしたら気持ちの良くない動きになると言うことである。
実証実験の必要性も感じない。
これ以上ない実証を俺が現在行っているからである。
「お、おお……。看板が。そろそろ頂上か……?」
「ええと、あ、今のところでピッタリ半分だったみたいですね!」
もうここでも既に景色は最高なのに、今来た道を更に同じだけ登れと?
展望台作った人、バカなんじゃないの?
ここに作ればいいじゃん、展望台。
だって綺麗だもの。充分に綺麗だもの。
アレだったら、言っちゃう。
「夜景も奇麗だけど、お前の方がもっと綺麗だぜ」ってヤツ言っちゃうから。
だから、もうここで手を打つって言うのはダメかい?
「さあ、先輩! もうひと踏ん張りですよ!! 絶景があたし達を待ってます!」
ダメなんだって。
じゃあ仕方ないね。
「先輩、お話をしましょう!」
「お、おふう……。どうした、急に?」
「だって、先輩が今にも倒れそうなんですもん!」
「は、ははは、バカを言っちゃいかんよ、君ぃ……うゔぉぁ」
「ほらー! 鬼瓦くんみたいな声が出てます!」
「なるほど、会話で俺の意識を保とうと、そう言うアレか」
「そういうアレです!」
その案に乗らない手はないかと思われた。
「花梨は、なんつーか、健康的だよなぁ」
先をズンズン進んでいく花梨さん。
頼もしい後ろ姿である。
「……せんぱーい? お尻見ながら言われると、セクハラに聞こえますよー?」
言いがかりも
だって俺ぁもう、見上げてないからね。
足元にだけ注意してるもの。転ばないように。
「運動もできて、勉強も頑張ってて、文武両道で偉いなって話だよ」
「お尻もですか?」
「おう。実に健康的で良いお尻だよ」
「……エッチ」
今のは誘導尋問だよね。
もう、正常な受け応えができる確率が4割くらいしかないんだもの。
つまり、5回中3回はミスるんだよ。
そりゃあ、ミスるよ。
「いや、ほれ、来年の生徒会長は、もう花梨で決まりだなと思ってな」
俺は、尻に話しかける。
本当は花梨の後ろ髪に話しかけたいのだが、もう上体がそこまで起こせない。
「んー。どうですかねー?」
「今年の……つっても、まだ2ヶ月半だが。でも、その期間の活躍だけ見ても、全生徒が納得すると思うけどなぁ。下手すると、立候補者が出ないかもしれねぇ」
花祭学園の生徒会の激務は入学から学年を一つ上がる頃には、全生徒が知るところとなっており、実は立候補する者は少ない。
よって、多くの場合は推薦による候補者が信任投票によって選ばれるとか。
ちなみに、今年の毬萌もそのパターンである。
応援演説は俺がした。
ほとんど誰も聞いてくれなかったのに、前座の俺が
「ちょっと責任重大過ぎますよー」
「んなことねぇぞ。俺が保証する。花梨ならできるって」
「あたし、別に生徒会長になりたい訳じゃないんですよ?」
「え、そうなの? 花梨ほど向上心があればてっきりそうかと」
「あはは、買い被り過ぎですってば! それに、もし生徒会長になっても……」
「なっても?」
「公平先輩がいない生徒会なんて、想像できないですもん!!」
彼女はそう言うと、俺の手を取り走り出す。
「あたしは、公平先輩がいない生徒会には魅力を感じませんので!」
「お、おう。あっ、ちょっ、花梨、花梨さん、早い!」
照れ隠しなのか、何なのか、花梨の速度は上がってゆく。
そろそろ足がもつれるわねと覚悟していたところ、花梨の歩みがストップ。
「先輩、先輩! 見て下さい! すっごいですよー!!」
「おお……こいつぁ確かに……」
眼前に広がる夜景は、暗闇に色とりどりのビー玉を投げたみたいな街の灯りと、今にも降って来そうな星空が圧倒的であった。
これほどの景色ならば、多少の労力を対価にしても損はない。
そう胸を張っているようにも思われた。
「あたしが欲しいのは、今! 今のステキな思い出なんですよ?」
可愛い後輩にそうまで言われては、俺だって男である。
エノキダケで良ければ、いくらだってお付き合いしよう。
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