第43話 探索行の報告と特訓の約束 11/23 (fri)

 翌日、俺たちは探索を切り上げて、一旦地上に戻ることにした。

探索したのは正味一日。しかも初心者層をやっと越えた第五層までしか潜っていない。


「でもまあ、目的は達成したわけですし、いいんじゃないですかね?」

「そうだな」


 何もかも無視して、時には三好を抱えてダッシュした結果、その日の十四時〇〇分頃には地上に戻っていた。


「お疲れー」

「お疲れ様です。で、これから先輩は?」

「まあちょっと鳴瀬さんにつなぎを取ってみるよ」

「手に入れたって言っちゃだめですよ?」

「それくらい分かってる。保存の言質を取られるからな」

「ぴんぽーん。じゃ私は帰って数字君と戯れますかね。なんだかドロップの確率にルールがありそうなんですよ」

「へー。じゃ、俺も一旦着替えに帰るかな」

「じゃあ、行きますか」

「おー」


  ◇◇◇◇◇◇◇◇


 自宅でシャワーを浴びて着替えをすませた俺は、鳴瀬さんを、渋谷駅のハチ公前に呼びだした。急いで出てきた彼女は、俺の話を聞いて思わず目を丸くした。


「え? 例のものが手に入る? 本当ですか?!」

「ええまあ。たぶん、ですけど」


 そうして、俺たちは、駅から東急本店に向かって、雑踏にまぎれながら、話し始めた。結局こういう方法が一番盗聴しづらいからだ。

 この件に関してはしらを切る余地がほとんどない分、JDAの会議室も信用できない。瑞穂常務の件もあるしな。


「でもまさかこんなに早く……探索に行かれたのは昨日では?」

「まあ、そこはチームの努力と言いますか」


 渋谷駅前スクランブル交差点の信号が青になる。

人の流れに逆らわず交差点を斜めに渡り、井の頭通りを歩き始めた。相変わらずの人混みだ。


「チームの努力って……」


 鳴瀬さんはあっけにとられた顔をしていた。


 なにしろ、世界中のダンジョン関連機関や諜報機関が全力を傾けて二ヶ月、発見するヒントすら得られなかったものを、たった二人で構成されたひとつのパーティが、依頼からわずか十日、それどころか探索したのはたった二日で、手に入れられるメドが立ったと報告したのだ。

 通常なら報告どころか正気を疑うレベルだ。


「それで、結局どんなモンスターがドロップするんですか? 以前仰っていたクランのシャーマン?」

「いえ、それはまだ検証していません」

「え? ではどうやってメドを……」

「そうですね……言ってみれば運ですかね?」


 西武渋谷店に掲げられた、なんだかよく分からないポップを横目に、俺も分かったような分からないような曖昧な返事をした。

 どんな論理も運を否定することはできはしない。未来は不定なのだ。運は最強の言い訳だ。もっとも、それを肯定することも難しいが。


「はあ」

「それで、仮に見つかったとして、どうすれば? オークションに出してもいいんですか?」


 鳴瀬さんは困ったような顔をして即答しなかった。

 俺たちには、一体だれがJDAにこの話を持ち込んで、それがどうして俺たちのところに回ってきたのか、詳しいことは何ひとつ分からない。

 分かっているのは、世界がこれを欲しがっているということだけだ。


 西武の角を左に折れて、かに道楽の看板を見上げると、いつでも蟹が食べたくなる法則は正しいと思う。また、広告に弱いと突っ込まれるなと、内心頭を掻きながら、少しふっかけてみた。


「三好は、確実に十億ドル以上の値が付きます、何て言っていましたが……」

「私の一存では決められません。持ち帰っても?」

「構いませんが、手に入れた、ではなく、あくまでも手に入るかも、ですからね? そこで、手に入れたらどうすればいいのかという問い合わせです」

「わかりました」


 巨大な無印良品の看板が、頭の上を通り過ぎ、改装されたアップルストアの前で立ち止まった俺は、斜め後ろを歩いていた鳴瀬さんを振り返った。


「後はもくろみ通り見つかるよう、神さまにでも祈っておいて下さいね」


 顔を上げれば、東京山手教会の十字架が、ヘブライ語で神の平和を謳いつつ、静かに俺たちを見下ろしていた。


  ◇◇◇◇◇◇◇◇


「と、いうわけなんですが、どうすればよろしいでしょうか」


 JDAに戻った鳴瀬は、斎賀課長を捕まえると、有無を言わさず市ヶ谷の街に引っ張り出した。

靖国通りを足早に歩いて、市ヶ谷橋を渡り始める頃、さっきの話を切り出した。


「鳴瀬が話をしてから、たったの十日。探索に出てから、わずか一日で戻ってきたかと思ったら、このありさまか。なかなか凄い話だな」


 斎賀は、そういうと、橋の欄干に体を預けた。

普通に聞いたら、ヨタ話の類にしか思えない。だが、相手は得体の知れないDパワーズだ。


「で、わざわざここまで引っ張り出した訳は?」

「この件に関して、芳村さんは、JDAも自衛隊も信じていないようでした」


 斎賀はそれを聞いて頷いた。


 芳村圭吾。三好梓とパーティを組んでいる、ただのGランク。しかも、WDAIDを取得してから二ヶ月も経っていない。

 調べた限り、彼女との接点は、少し前まで勤めていた会社の同僚だというくらいで、特段優秀でも無能でもないと調査書が物語っていた。


 だが、紙の上にない何かがありそうな気もした。


「そうだな。出所が分かった段階で、いろんな所から手が伸びてくるのは確実だ」

「それで、オークションを許可していいんですか?」

「仮に許可したとして、彼らはそれをオークションにかけるかな?」


 それがトラブルを招き寄せることは確実だ。

報告書を読む限り、彼女たちにそれを防ぐ力はないように思えた。


「それはわかりませんが……そもそもこれは、一体誰からの依頼なんです? 課長のお話には見つけてからどうするのかの指示がありませんでした」


 少し間をおいた後、鳴瀬は静かに話し始めた。


「以前の話では、まるでDパワーズに専任をつけたのは、このオーブを探索させるためだったと仰らんばかりでしたし……」


欄干にもたれかかっている斎賀を振り返る。


「誰の指示にしろ、これがオークションにかけられるとすると、もしロシアが何らかの理由で伏せた情報があったりしたら、十億ドルが百億ドルでも落札に来かねませんよ? 庭先で取引したほうが絶対にお得です」


そして空を仰ぐと、力なく続けた。


「かといって、どうにか庭先で取引したとしても、十億ドルを超えかねない案件です。明確な指示がなければ、下っ端の我々では動きようがありません」


 鳴瀬の言うことはいちいちもっともだった。


 斎賀とて、確信があって依頼したわけではなく、いろんな手段を模索して、そのうちのひとつが、何かのヒントにでも辿り着ければ儲けものだ、程度の気持ちだったのだ。

 世界中の政府機関が二ヶ月にわたって、なんの結果も出せなかった案件を、エクスプローラーになったばかりのニュービーを含むパーティが、わずか十日で形にするなんて、誰が想像するだろう。


「わかった。しかしこいつは、俺の所でも決められん。上に持って行くしかないわけだが……」


 果たして何処へ持って行けばいいのだろう。下手なところに話を通せば全てが崩壊しかねない。


「念のために言っておきますが、Dパワーズの関与はここだけの話にしておいて下さい」

「わかってる。彼らにへそを曲げられたら、千載一遇のチャンスすらパーになりかねん」


「日本の自由主義が、『国家のため』の一言で踏みにじられるのを見るのはイヤですからね?」

「そうならないように黙ってるよ」

「お願いします。あと、せめて期間を決めていただかないと、話の持って行きようがありません」

「そうだな、とはいえ、もう金曜日も終業だ」

「例え日曜日だったとしても、USなら二時間で動くと思いますけど」


全くその通りだなと苦笑しながら、斎賀は言った。


「週明け、二十六日には回答する。それまでは、申し訳ないが保留しておいてくれ」

「努力します」


 目の前では元江戸城の外堀が、夕日をうけて茜に輝いていた。

週末の終業時間からとんでもなく忙しくなりそうな事態に、斎賀は大きなため息をひとつついた。


  ◇◇◇◇◇◇◇◇


 あまりに早く第一回Dパワーズ探検隊が終了してしまった俺は、もう一つの約束を履行すべく電話をしていた。


「うん、そう。例の用事が二日で終わっちゃったから、明日からの土日に用がなければ付き合うけど」

「大丈夫です! お願いします!」

「都合が良い日は?」

「連休です! だからどっちも……だめですか?」

「いいけど。それならどちらかはGTB探しで遊ばないか?」

「GTB探し、ですか?」

「そう。もしゴブリンに抵抗がなければ、だけど」

「わかりました。じゃあ、土曜日は特訓に付き合っていただいて、日曜日はGTBを探しましょう」

「了解。なら土曜日はいつもの装備で、代々木に……9:00くらい?」

「はい。楽しみにしてます! それでは明日」


俺は、彼女が接続を切ったことを確認してから、スマホをタップして通話を終了した。


「御劔さんですか?」

「ああ、以前約束していた特訓の付き合い」

「週末にデートとか、まるでリア充みたいですよ、先輩!」


三好が大仰に驚いたポーズをとった。


「デートじゃないけどな。それで、三好はどうなんだよ?」

「毎日寂しく、数字ちゃんとお話です。なんだか悟りが開けちゃいそうですよ」

「それはそれは、お疲れ様です」

「むーっ」


「それでなんかわかったのか?」

「先輩のアイテムのドロップ率は計算しました」

「へー、それでどうだった?」

「サンプルが少なすぎて何とも言えないんですが、現象からみれば、標準ドロップが存在する魔物のアイテムドロップ率は二五ー五〇%くらいですね」


 それが、高いのか低いのか、俺にはさっぱりわからなかった。

 なにしろちゃんとした統計はどこにもないらしく、比較対象が見つからなかったそうだ。


「あと、魔結晶ですけど、こちらも二五%くらいなんですけど、モンスターによってばらつきがある感じです。ただ、これだと、LUC値の関与がどうなってるのかわかりませんね」


比較対象のサンプルがないんだもんな。それは今後の課題か。


「なにしろ三十匹くらいのヘルハウンドしか対象がないもんな」

「三十四匹でした。サンプル数がなさ過ぎて確証がないのはその通りです」


まあ、そのうちもう少し分かるようになるだろう。


「お疲れ様です。ほんじゃ、また、モリーユにでもいくか?」

「お。先輩のオゴリですよね!」

「いや、お前、オゴリどころか、毎日モリーユで三食くっても全然平気な身分になってるだろ。朝はやってないけど」


 最近ずっと会社のカードだったから、先日たまたま自分のカードでATMを使ったら、残高が二億円くらいあって思わず二度見した。

 そういや個人口座に一%ずつ振り込まれるとか言ってたっけ。だから、三好の口座にも同じだけ入金されているはずだ。

 まだ会社をやめて二ヶ月経ってないってのになぁ……


「それはそれで味気ないというか。第一お店が困りますよ。色々メニューを変えないとですし」

「そういうもん?」


「それに最大の問題はですね」

「ん?」

「太りますよ、絶対」

「あーわかる。で、行くのか?」

「行きますよ。いつです?」

「そうだなぁ、日曜日とか……やってるよな?」

「大丈夫です。確か月曜ですよ、お休み。でも日曜日ってデートじゃないんですか?」

「だからデートじゃないって。久しぶりだし、御劔さんもつれてくるよ」


「デートのディナー連れていかれたら、他の女が待ってるとか、最悪です……」

「だから違うっての」

「先輩は、そういうところが女性にもてない原因だと思います」


 三好に呆れたように言われたが、そう言う関係でもないし問題ないはずだ。

俺は結局、三人分の予約を入れておいた。


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