第41話 三代絵里 11/22 (thu)

「あ、大丈夫でしたか?!」


 小川の向こうから、コンパウンドボウを構えていた女性が声をかけてきた。


「え? ああ、まあなんとか」


 俺は曖昧に笑うと、小川で手を洗った。


「それで、彼の容態は?」


 川を飛び越して近づいてみれば、一緒にいた男の腕は、随分酷い状態のようで、脂汗を浮かべながら横になっていた。


「一応止血だけはしたんですが……」


 そう言って彼女は心配そうに、男を見ていた。彼氏なのかね?


 しかし困ったな。五層の入り口付近にいる連中の所まで送って別れるつもりだったんだが……かといって、このまま拠点車に連れて行くこともためらわれる。

 一応、三好が用意した普通の救急セットもあるにはあるが、どうやら右の前腕をごっそりヘルハウンドに持って行かれているようだ。

 医者ならすぐに肘の先で腕を落として治療しかねない大けがだ。普通の救急セットで間に合うとはとても思えなかった。


「……仕方ない」

「え?」


 三好、すまん。


「使いますか、これ?」


 俺はバックパックからを装って、さっき手に入れたポーションを取り出した。

それに触れた女は、思わず声を上げていた。


「え? ええ?! ヒールポーション?! しかもランク5!!」


 しまった、ポーションのランクなんかチェックしていない。ランク5って凄いのか?

「ランク5!」と三好が叫ぶ声がイヤープラグ型のデバイスから聞こえてくる。


「こ、これ……でも……」


 彼女はポーションと、男を交互に見ながら、葛藤していた。


「早く使わないと拙いんじゃないですか?」


 俺がそう言うと彼女は覚悟を決めたような顔をした。


「ありがとうございます。必ずお支払いします」


 そう言って、男に駆け寄ると、ポーションを少しずつのませている。


 あー、やっぱり飲むものなんだ。患部にかけてもいいのかな? なんて考えていると、大きなあくびがひとつ出た。超回復を持っていても、緊張や集中をしていないと眠気は襲ってくるようだ。そうでなきゃ不眠症になるもんな。


 それにしても、相も変わらずダンジョンアイテムの効果は劇的だった。

アーシャの超回復の時ほどではないにしろ、筋肉はおろか、骨まで欠けていた前腕の内側が、みるみる盛り上がって元に戻っていく様はまさに圧巻と言えた。


 ポーションを全て飲み終わる頃には、男は完全に回復していた。


「え? あれ? 姉ちゃん?」


 もうろうとしていた男は、意識がはっきりすると、不思議そうに自分の腕を眺めて言った。なんだ、姉弟だったのか。


「翔太!」


 女は涙を浮かべて弟に抱きついた。仲いいな。


「一体何が……俺の腕……ついてる」

「あの人が……」


 そう言って彼女はあったことを弟に説明していた。


「ランク5?!」


 黙って話を聞いていた弟が、驚いたような声を上げると、俺の方を厳しい眼差しで射貫いてきた。え? ここは感謝される場面じゃないの?


「俺は助けてくれなんて言ってねぇし。別に大した怪我もしてなかったし」

「し、翔太?」


 は? いきなりなにを言い出すんだ、こいつ?


「大体ポーションを使ったなんて証拠はないし」

「ちょっと、あなた! 何を言い出すの!」


 うんまあ、そうかも。厳密に言えばあるのかも知れないけれど、俺はしらん。


「ご、ごめんなさい。うちの弟、錯乱しちゃってて」

「謝ることなんかないよ! 姉ちゃんは騙されてるんだ!」


 はい?


「そのヒヒジジイは、ランク1でも充分なところにランク5なんてポーションを持ち出して、姉ちゃんを借金漬けにして自由にしようと目論んでるんだよ!」

「翔太!」


 おお! それは初耳、お釈迦様も吃驚だぜ。ああ、もう面倒くせぇな。

イヤープラグからは、「一応録画してありますけど」といいながら、三好が肩をふるわせて笑いをこらえている雰囲気が、ありありと伝わってきた。


「あの、もういいですから。そっちへ行くとすぐに四層への上り階段です。何組かのチームが野営してますから、そこで朝まで過ごして帰られるといいですよ」

「え?」

「いや、ですから……」

「ほっとけよ! いいって言ってんだからさ! いくぜ、姉ちゃん。そういや、坂井と当麻は?」


 ああ、あの逃げ出したやつらか。


「逃げたみたいですから、同じ場所に居るんじゃないですか?」

「なら、すぐに行こうぜ!」


 お前達姉弟を餌にして逃げたヤツラだけどな。それを知っている姉の方は、とても複雑な顔をしていた。


「これ、私の連絡先です。必ずお支払いしますので……失礼ですがお名前を」

「別に名乗るほどのことでは。文字通り犬にでも噛まれたと思って忘れますよ」

「そんな……」


 泣きそうな顔を向けてきた彼女は、基本的に善人なんだろう。

別に優しくすることだって出来ただろうが、ヒヒジジイ扱いされたりしたら、さすがの俺でも、多少は腹も立つのだ。彼女のせいではないってことは、よく分かっているのだけれども。


「なにやってんだよ、姉ちゃん! 早く行こうぜ!」

「大丈夫。きついことを言って申し訳ない。ほら、行ってください。きっとまたどこかで会えますよ」

「すみません。できれば連絡を下さいね」


 そういって、彼女は弟の後を追いかけていった。


三代みしろ絵里えり、ね」


 俺は貰った連絡先を仕舞いながら、拠点車へ戻るために、彼女たちとは反対の方向へと歩いていった。

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