【恋愛】流星マフラー
お題「マフラー」
裏お題「宇宙」「失恋」
彼女への思いを断ち切るため、彼女からもらったマフラーを電車の網棚に置き去りにした。
流星雨が降る今夜、俺は願い事をする。「彼女と別れられますように」と。
下記のサイトに同じ作品を載せています。
ノベルアッププラス
https://novelup.plus/story/571254053
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――――
今夜は晴れのち流星雨になるでしょう。
テレビでそう言ってた。
だから、俺はようやく恋人と別れる決心をした。
☆彡
電車を降りて人波に乗り、駅前通りを歩いてゆく。
都会の夜はまだにぎやかで、街灯や店の照明がまぶしい。それらを横目に見ながら、足早に通り過ぎる。
ようやく人波が途切れてほっとしたとき、夜の商店街に甲高い声が響き渡った。
「ちょっと、そこのお兄さーん!」
道行く人たちが何事かと振り返る。
俺もぎょっとして思わず声の方を見てしまった。
赤いコートに身を包んだ女が一人、街
その姿はどう見ても人混みの中で目立っていた。
「お兄さんってばー! 忘れ物ぉー!」
目を合わせてはいけない。
ここは何も見なかったことにして、さっさと立ち去るに限る。
しかし、声の主はなおも追いかけてくる。
「ねぇ、聞こえてるんでしょー!? 無視しないで、もしもーし!」
ああ、もう。
関わり合いたくないのに。
だいたい、なんで「
やむを得ない。こうなったらダッシュだ。
それでも、まったく諦める様子もなく声は追いかけてくる。
「待ってぇ!? どうして逃げるのよぉー!」
パンプスを派手に鳴らしながら、彼女はどこまでもついてくる。
角を曲がれば相手も角を曲がり、歩道橋を駆け登れば相手もパンプスで器用に歩道橋を駆け登ってくる。公園を突っ切れば相手も公園を突っ切り、薄暗い路地に飛び込めば、それでも諦めずについてくる。
「だああああ! ちっくしょう! どこまで追いかけてくるんだよ!」
目の前の踏切を越えようとしたとき、無情にも警報機が鳴り遮断棒がゆっくりと降りてきた。もはやここまでか。
肩で息をしながら振り返ると、すぐ近くに相手の姿があった。
「うふふ……もう逃げ場はないわよぉ」
「どんだけ追ってくるんだよ!」
「だって、忘れ物だって言ってるのに全然止まってくれないんだもん。それとも往来で名前を叫ばれたかったの?」
受け取れといわんばかりに、相手はマフラーを差し出す。
ラメ入りの毛糸が、ちっぽけな街灯の光を受けてきらきらと光る。まるで流星雨のようだ。
そうだ、流星雨。
もし空に星が流れたら、俺は願い事をするんだ。
彼女と別れられますようにって。
でも、どうやらその場面は思っていたよりも早く来てしまったらしい。
意を決して俺は告げる。
「それはっ……わざと置いてったんだ」
「なんで?」
相手は心底不思議そうに首を傾げた。
くそっ、人の気も知らないで。
「もういいんだ。もういらない」
「嘘。あんなに大切にしてたじゃない。電車の中でも、丁寧に折りたたんで、座席じゃなくてわざわざ人の手の届かない網棚に置いて。電車を降りるときだって、あんなに未練たっぷりの顔でマフラーを見つめてた。そんな顔するくらいなら、捨てないでよ」
「俺には似合わないんだよ。そんなきらきらしたマフラーは。側に置いたって辛くなる」
そのマフラーをくれた相手――俺の恋人は、いつだってきらきらと輝いていて。
俺にとっては手の届かない星みたいな存在で。そんな彼女に対して、俺はとことん不釣り合いで。
いつも不安だった。彼女は俺なんかで満足してくれているのだろうか。いつか他の男のところへ行ってしまうのではないか。
そんな不安を抱える日々に、すっかり疲れてしまった。
「もう終わりにしたい」
涙でぐしょぐしょになりながら、俺は訴える。
終わり方まで惨めだ。彼女の顔が見れない。
カツカツとパンプスの音が近寄ってきた。
「馬鹿ね」
首にふわりとマフラーがかけられる。
やっと手放せたのに。あれだけ固く決心したのに。
「……なんで追いかけてくるんだよ。なんで俺なんだよ。お前はすごく可愛いんだからさ、他の男だって放っておくわけがないんだ。そしたら俺なんかさっさと捨てられるに決まってるんだ」
「たしかに、男なんて星の数ほどいるわね」
彼女は悠然と笑う。
いつだって自信満々で、堂々としていて。
ああ、どこまでも俺とは正反対だ。
それなのに、彼女は言う。
「でもね。私を幸せにできるのは、あなただけだもの」
「…………」
そのとき、空に流星雨が降り始めた。
次から次へと光の尾を引いて。
街
流星雨が降ったら、願うつもりだった。彼女と別れられますようにと。
だけど、いざ願い事をしようとしたとき、浮かんできたのは真逆のことだった。
そのことに愕然とした。
これだけ逃げ回ったあげく見つけたその答えは、間違いなく俺の本当の気持ちなのだとわかった。
「……ずっと一緒にいたい」
「もちろんよ。あなたのことなら宇宙の果てまで追いかける」
彼女の指がするりと絡んでくる。
やはり、これ以上逃げることはできない。
夜に包まれながら、俺たちはいつまでも流星雨を眺めていた。
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