【百合・大人の恋愛】文通相手と喫茶店
小説投稿サイト「ノベルアッププラス」百合フェア2020応募作品の転載です。
https://novelup.plus/story/905573403
【作品タイトル】
文通相手と喫茶店
【エピソードタイトル】
写真に言葉を添えて
【あらすじ】
二年間文通を続けてきた相手は、男性ではなく女性だった。
相手から想いを告げられて、私は――。
――――――――――――――――――
喫茶店の鳩時計が、せわしなく二時を告げた。
一仕事を終え、鳩はそそくさと巣穴へ戻ってゆく。
それと同時に声をかけられた。
「カッコー、カッコー、って鳴くのに、どうして鳩時計っていうんだろうね」
明るくて楽しそうな声。
まるで昔ながらの親友であるかのような口ぶりだが、私は相手の顔に見覚えがなかった。
少年っぽい爽やかなショートカット。でも、よく見ると顔は美しく整っている。最低限の化粧しかしていないのに、キラキラと輝く瞳が綺麗だ。
「はじめまして。フミカさん、ですよね」
そう言って相手は手を差し出した。
「そうですが……」
訝し気にその手を見つめると、彼女はいたずらっぽく笑った。
「会えてよかった。ソラです」
「えっ!?」
静かな店内に私の声が響き渡る。
時計の奥で鳩が「うるさいなあ」と呟いた気がした。
喫茶店の店員さんがやってきて、席に異常がないことを素早く確認し、何事もなかったかのような顔で注文を尋ねた。
ソラさんもまた何事もなかったかのようにホットコーヒーを注文し、私も二杯目を追加注文する。
「は、はじめまして、あの……」
なんと声をかけようか迷っていると、ソラさんは困ったように笑った。
「ごめん、驚かせちゃったよね。かっこいい男の人が来ると思ってたんでしょ?」
「……あ、う、うん。そうだと思ってた」
だって、ソラという名前だけじゃ男の人か女の人かわからなかったし。
前に私が「ソラさんって女の子にもてそう」って冗談で言ったとき、否定しなかったし。
いつもくれる手紙の文字や文面、それと風景写真から、なんとなく男性かなって思っていたのに。
「ごめんね。言い出せなくて」
「……ううん」
「フミカさんは私のことを男だと思っているみたいだったから。違うよって言ったら、もう文通をしてくれなくなるかもって不安だったんだ」
「そんなこと、ないよ」
どうにかそう答えるが、私の頭はひどく混乱していた。
二年間も文通を続けた相手が男性ではなく女性だったなんて。
私が知っているソラさんは、手紙を書くことと写真を撮ることが好きで、几帳面な字を書く人で、穏やかで優しくて、食べ物の好き嫌いはあまりなくて、運動が好きで、私と年が近くて、一人暮らしで。
「お待たせしました」
店員さんの声に、はっと顔を上げる。
ホットコーヒーがふたつ運ばれてきて、良い香りを立てている。
私はそこに角砂糖をふたつ、ミルクを少し入れる。
ソラさんはミルクを多めに入れて、砂糖はなし。
午後の光がテーブルに優しく落ちて、コーヒーにも光と影を作っている。
「……よかった」
ソラさんがぽつりと呟く。
「えっ?」
「ずっと不安だったんだ。もう文通をやめるって言われるんじゃないかって」
「そんな……私、ソラさんの写真が好きよ。文章も好きだし、字も好き」
「嬉しいなあ」
ソラさんはにこにこと優しく私を見つめた。
彼女はこの世にあるすべてのものをこんなふうに優しく見つめるのだろうか、などという考えがふと浮かぶ。
「せっかく会えたんだし、よかったら話したいことがあるんだ。聞いてくれる?」
「うん」
私が頷くと、彼女は自分の話をした。
結婚していたこと。
子供がいたこと。
幸せだったこと。
ある日突然、交通事故で家族を一気に失ってしまったこと。
家族で行った思い出の場所をインターネットで見ているうちに、ふと文通相手募集の広告をみつけたこと。
今時こんな時代遅れのことなんて、と思ったが、気がついたら相手を探していたこと。
何人とも文通を続けるうちに、一人減り、二人減り、最後に私だけが残ったこと。
「フミカさんは返事をくれるのも比較的早かったし、待っているあいだのワクワクする感じも嫌いじゃなかった。それで気づいたら好きになってた」
「ん?」
最後の一言が引っかかり、思わず彼女を見る。
「フミカさんのことが好きなんだ。私と交際してください」
突然のことに唖然とし、言葉につまった。
「……か、考えさせてください」
どうにかそれだけを伝え、私は伝票をつかんで店を出る。
ソラさんは追いかけてこなかった。
それから数日が経った。
私はぼんやりと彼女のことばかりを考えていた。
彼女は単に寂しいだけ。
寄り添ってくれる誰かが必要で、たまたま私が近くにいたというだけだ。
男でも女でも関係ない、はずだ。
あの喫茶店も、彼女のことを思い出してしまうからしばらく行っていない。
あの鳩は今でもカッコーと鳴いているのだろうか。
自宅でホットコーヒーをいれ、立ち上る湯気を見ながら思い出す。
彼女はとても美しい人だった。
でも、どこかはかなくて。
まるでコーヒーの湯気のように、消えてしまいそうな人だった。
私は彼女の電話番号もメールアドレスもSNSのアカウントも知らない。
会いに行くか手紙を書くしかない。
机に向かってみるが、言葉が出てこない。
そうこうしているうちにまた数日が過ぎていった。
彼女は嫌われたと思っているかもしれない。
でも、私は彼女のことを嫌ってはいない。
交際をするにしろ、断るにしろ、関係を切りたいとは思わない。
私は思い切って外に出た。
そして目についたものにカメラを向ける。
花や、服や、街並みや、公園の遊具や、空。
彼女の写真と比べると、ずいぶんつたないものだけど。
それらをプリントアウトして、封筒に入れて、言葉を添える。
「今度、写真の撮り方を教えてください」
そしてふと気づく。
ああ、また彼女に会いたい、と。
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