第22話 七月二十八日十一時五十一分二十三秒の秋葉原ラジ館、その始まりと終わりの時空間:『シュタゲ』1

 二〇二〇年七月二十八日火曜日十一時五十一分二十三秒――

 隠井は、<アトレ秋葉原1>を左斜め後ろに、<秋葉原ゲーマーズ本店>を右斜め後ろに背負って、右手には赤い携帯電話を持ち、左手にはドクターペッパーのペットボトルを握りながら、黄色の電飾を背景にした「世界の ラジオ会館 秋葉原」という看板が掲げられている建物の屋上付近を、その正面から仰ぎ見ていた。ちなみに、同じように屋上を見上げている人は他にも何人もいて、中には、夏の猛暑の中、白衣を着こんでいる者も見止められたのだが、その全員が手には、「選ばれし者の知的飲料」たるドクターペッパーがあった。


 ラジオ会館とは、秋葉原のメルクマールになっている建物の一つで、JR秋葉原駅の西口、別称、電気街口改札を出て、左に曲がってすぐの街路に面している。

 ラジオ会館の前身は西東書房で、明治二十六(一八九三)年にまで遡る事ができる。秋葉原ラジオ会館それ自体は、秋葉原駅の駅前に木造二階建ての建物として、昭和二十五(一九五〇)年に開業された。さらに同じ年には、その隣接地に、同じく木造二階建ての秋葉原ラジオ会館の別館が開業された。

 そして、昭和三十七(一九六二)年には、木造二階建ての二棟の南側に、八階建ての秋葉原ラジオ会館電化ビルが建設された。このビルは、秋葉原電気街で初めての高層ビルであった。その十年後の、昭和四十七(一九七二)年には、木造二階建ての二棟が取り壊され、新たに、秋葉原ラジオ会館の新館が建設され、既存の南側の電化ビルと合体し、秋葉原ラジオ会館の本館が完成したのだった。

 ちなみに、平成十三(二〇〇一)年八月には、まさにラジオ会館の<看板>になっている、「世界の ラジオ会館 秋葉原」というネオン看板が、ビル正面出入り口上部に設置されたのだった。

 

 隠井が、この日のこの時刻、七月二十八日十一時五十一分に、秋葉原のラジオ会館前に来た事には理由がある。

 『STEINS;GATE』(シュタインズ・ゲート、以下、『シュタゲ』と略記)の第一話が、秋葉原のラジオ会館を物語の空間的背景にしているからである。

 『シュタゲ』は、元々は、Xbox360用のゲームとして、二〇〇九年十月に発売され、その二年後の二〇十一年には早くも、四月期と七月期に全二十四話でアニメ化された。

 アニメ版『シュタゲ』の第一話「始まりと終わりのプロローグ」において、物語の開始日時となっているのが、今から十年前の「二〇十〇年七月二十八日」水曜日で、物語において重要な出来事、タイムマシーンがラジオ会館に到着したのが、まさに、この日だからである。そのアニメの第一話の物語は次のような内容である。


 主人公である狂気のマッドサイエンティスト鳳凰院凶真(ほうおういんきょうま)こと、岡部倫太郎は、幼馴染の椎名まゆりと共にラジオ会館(以下、ラジ館)を訪れる。それは、ラジ館の八階ホールで催される「中鉢博士タイムマシン発明成功記念会見」に参加するためであった。

 八階の会場で会見の開始を待っていると、建物に何かが衝突したような音が響き、岡部が、確認のために屋上に向かうと、そこには、不可思議な物体が存在していた。その時、まゆりからのメールが着信し、岡部は屋上に入ってゆく事無く、七階まで戻ってゆく。

 そして場面は移り変わり、十二時から中鉢博士の会見が始まる。会見の最中、再びまゆりからメールが届くのだが、右端が見切れているものの、その時の岡部の携帯の画面に「2010/07/28 12:」とある事から、大体の物語内時刻が分かる。

 会見で大騒ぎをした岡部は、牧瀬栗栖に会場の外に連れ出され、栗栖と会話を交わした後、岡部は再びメールを受信するのだが、携帯の画面には次のように表示されている。


「受信日時:2010/07/28 12:26;差出人:sg-epk@j93.x29.jp;件名;(件名なし);[添付]IMV001」


 この画面は、刹那の一瞬で消え去り、灰色のフリッカーとノイズに変わってしまう。

 その後、岡部は、七階の階段付近で男の阿鼻叫喚を耳にし、好奇心に駆られ、また階段を駆け昇ってゆく。そして、八階に達した岡部が目にしたのは、床一面の血溜まりの中に倒れている牧瀬栗栖の姿であった。

 来栖が死んだと思い込み、ラジ館から飛び出してしまった岡部は、この事実を、仲間のダルにメールしようとし、送信ボダンを押したその瞬間、岡部は眩暈を覚え、その後、意識を取り戻すと、周りに全く人気がなく、岡部が急いでラジ館前にまで戻ると、そこには、ドクターペッパーを差し出すまゆりがいて、その時、岡部の頭上から、瓦礫が降ってくる。岡部が見上げると、ラジ館の上部には、人工衛星のような物体が突き刺さっていた。それが十二時頃の出来事である。


 ここまでの第一話前半とそれ以降の物語の間に幾つもの齟齬が生じているのだ。

 前半の出来事を、<β(ベータ)>、後半を<α(アルファ)>と呼ぶことにしよう。

 ベータでは、中鉢博士の会見が行われたはずなのに、アルファでは会見は中止されている。

 ベータでは、岡部は、会見に参加するためにラジ館に赴いたはずなのに、アルファでは、ラジ館に行くのは突っ込んだ人工衛星の見物のためである。

 ベータでは、会見の開始を待つために八階ホールに居た時に、屋上にタイムマシーンは着陸している。アルファでは、タイムマシーンはラジ館上部に突っ込んでいる。

 ベータでは、牧瀬栗栖刺殺に関するメールを「一通」送ったのが「7/28」なのに、アルファでは、そのメールは「三通」に分割して送信され、その受信日時は、五日前の「7/23;12:56」になっており、岡部は、送ったはずのメールの送信履歴が存在せず、メールが過去に送られている事実を知る。

 そして、ベータでは、牧瀬来栖は、七月二十八日の十二時半過ぎに血だまりの中に倒れ伏して死んでいたはずなのだが、アルファにおいては、来栖は大学の特別講義の講師として招聘されており、七月二十八日の十六時頃に、その来栖と岡部とダルは大学で出会うのだ。

 実は、岡部がダルに携帯電話でメールを送ってしまったことによって、時間の流れ、すなわち「世界線」が、ベータからアルファに移動してしまったのだ。

 この後者のアルファの時間の流れの中では、岡部の幼馴染である椎名まゆりの死という不可避の未来が待っている。そのため、岡部は、まゆりの死を回避するために、ベータという時間の流れに戻るために奮闘するというのが、物語の第二十二話までの内容で、その第二十二話において、岡部は「ベータ世界線」という時間の流れに戻る事に成功する。

 しかし、その結果、「ベータ世界線」という時間の流れの中では、今度は牧瀬来栖の死と第三次世界大戦の勃発という未来が待っているのだ。

 そして、第二十三話「境界面上のシュタインズゲート」と、第二十四話「終わりと始まりのプロローグ」において、岡部は、まゆりも来栖も失わない世界線、「シュタインズ・ゲート」に到達すべく、タイムマシンに乗って、「七月二十八日」に赴くのだ。その時間遡行の際に、「ベータ世界線」のラジ館屋上にタイムマシーンが到着するのが、「十一時五十一分二十三秒」なのである。


 これが、隠井が、この日この時刻にラジ館屋上付近を見上げていた理由であった。 

 しかしながら、一点残念な事実がある。

 というのも、平成二十三(二〇十一)年八月四日に、建物の老朽化を理由に、ラジオ会館本館は閉館し、建て替えられ、それから三年後の平成二十六(二〇十四)年七月二〇日に、新館がオープンしたからだ。 

 旧ラジ館と新ラジ館には大きな違いが幾つもある。

 旧館が八階建てなのに対して、新館は十階建てになっている。

 そして、『シュタゲ』の中でも描かれている、正面から見える「K-BOOKS」の看板は、旧館では、黄色の看板上のすぐ上にあったのだが、新館では、黄色の看板とK-BOOKSの看板の間には一階分の窓が横たわっている。

 『シュタゲ』の中では、中鉢博士の会見は八階で催されたのだが、新館においてイヴェントスペースが位置しているのは十階である。

 さらに、『シュタゲ』の中で、岡部が昇降し、来栖と出会う階段は、旧ラジ館では屋内に位置しているのだが、現実の新館では屋外階段になっている。そして、現在の新館では、階段から屋上に達する事はできない。

 などなど様々な相違点が認められるのだ。

 再確認だが、『シュタゲ』の時間的背景になっているのは旧館で、二〇十〇年に旧ラジ館は二〇十一年に閉館され、今、我々が訪れる事ができるのは、二〇十三年にリニユーアルされた新ラジ館なのだ。

 つまり、だ。

 今、我々が存在する時間の流れ、この<世界線>では、『シュタゲ』の舞台になっているラジオ会館に入る事が不可能なのである。


参考資料

<WEB>

「ラジオ会館の歴史」;「フロワガイド」,『秋葉原ラジオ会館』,(二〇二〇年七月二十八日閲覧).

<アニメ>

『STEINS;GATE』(シュタインズ・ゲート)』第一話,第二十三話,第二十四話,二〇十一年,四月・七月期放映,全二十四話,(二〇二〇年七月複数回鑑賞).

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