第10話 『トワノクオン』に織り込まれた面影橋の伝説

 東京都新宿区の西早稲田三丁目、そして豊島区高田一丁目に隣接している面影橋、この神田川に架かる小さな橋とその周辺を舞台にした『トワノクオン』というアニメーション作品がある。

 『トワノクオン』は、二〇十一年六月十八日から全六章を六ヶ月かけて、各章約四十五分で上映されたオリジナル映画作品である。その第一章「泡沫(うたかた)の花弁(かべん)」は、面影橋が物語も舞台になっており、この地は合計四つのシーンの背景になっている。

 二〇五〇年、近未来の東京を物語の背景にしたこの物語は、特殊能力を持つ集団「ベスティア」と、世界の平和は秩序によって維持され、その秩序を乱す者は悪と考え、それ故に、異能力者達を密かに鎮圧しようとする秘密結社「オールド」、その実働部隊であるサイボーグ達「クーストース」との間の闘争が、物語の主筋になっている。

 第一章は、力を暴走させたベスティアの少年と、彼を処理しようとするクーストースとの戦いが導入部になっている。

 その冒頭の戦闘シーンの後、場面は、桜舞い散る雨の下の夜の都電荒川線の駅に移り変わる。そこでは、一人の少女がとある家の軒下で雨宿りをしている。

 この都電荒川線の駅は面影橋駅で、少女が雨宿りをしているのは、面影橋駅のすぐ近くの小さな橋、この駅名の元になった面影橋を渡った所、その左側に位置している薬屋で、少女はそこにあるベンチに座ると、雨が弱まるのを待っている間、巾着袋から黄金色の箱を取り出し、その花模様が描かれている箱の蓋を開ける。それはオルゴールで、その箱の中には山吹色の四つ葉の装飾物があり、それが回転し出すと同時に音色が奏でられ始まる。

 山吹色のオルゴールを手に雨宿りをしている少女の側には一つ石碑が見えている。現実の面影橋を参照すると、その石碑はアニメのように道の左側ではなく、右側に位置している。こうした現実とアニメの位置の相違はあるものの、この石碑は実在している「山吹の里」の石碑であるには確かだ。

 そして少女がオルゴールの調べに耳を傾けていたいた時、大きな衝突音がする。驚いた少女が橋の方に目を向ける。

 雨が上がり、雲間から注がれた月明かりが照らし出したのは、人間とは異なる外皮に身を包んだ異形の存在であった。

 ここまでが面影橋を背景とした最初のシーンである。

 この少女とその異形の存在の橋上での出会い場面には、実は、面影橋に関連する伝説が織り込まれている。その伝説こそが、本作品の「第九話」、前のエピソードで確認した、太田道灌の「山吹の里」の伝説である。

 再確認すると、鷹狩に出た太田道灌はにわか雨に見舞われ、その時、道灌は「紅皿」という名の少女から山吹の花を手渡される。

 通り雨という天候状況、黄金色の山吹の花と同じ色の花模様のオルゴール、そして男女の出会いなど、山吹の里の伝説と『トワノクオン』のこの場面には、このような共通性や類似性が認められるのだ。


 その後、もう一度、面影橋が『トワノクオン』の背景になる。

 物語の中で、後日、少女は、夜中に目撃したことを確認しようとするかのように、昼間に同じ場所を訪れる。

 夜、異形の者が存在した場所では、鉄製の橋の欄干がひしゃげており、少女は夜に目撃した出来事が夢ではなかった事を確認する。この時、少女は、水面を眺めながら山吹色のオルゴールを手にしているのだが、少女は、橋の逆側の欄干にいた一人の少年に、突如声を掛けられ、彼に請われてオルゴールの音色を聞かせる。

 この少年こそが、夜に目撃した異形の者の正体であり、超能力者である彼は、オルゴールの音色と共に少女が口ずさんだのを聴いた時、彼女から発せられた微弱な「力」の波動を感じるのだ。

 実は、少女は声を失ってしまっている。

 というのも、少女は幼き日に、爆発事故のせいで両親を失っていた。その時の精神的ショックがトラウマになって、彼女、城ヶ崎キリは声を出すことができなくなっていたのだ。

 しかし、両親に買ってもらった思い出の品であるオルゴールの音色と共に口ずさむ時、少女からは力が漏れ出、身体は黄金色、山吹色のオーラに包まれるのだ。

 二度目の橋の上の場面で、少年、異能力集団のリーダーであるクオンは、その小さな橋が架かっている辺りでは、昔、染物が盛んで、川一面に広がった反物が綺麗だったことを少女に語っている。

 事実、神田川では昭和三十年代までは染物が盛んで、三百軒を越す染物関連業者が集まり、京都や金沢と並ぶ染物の三大産地だったという。そして今現在、面影橋駅傍の神田川沿いに「東京染めものがたり博物館」があり、こういった現実を参照することによって、アニメの中の染物の言及も相まって、クオンとキリが出会った川が神田川である事が強化されていよう。


 さて、物語の中で、少女キリは、危篤状態に陥った祖母を救うために、その「天使の声」「魔法の声」を取り戻し、自分の特殊能力を完全に目覚めさせる。山吹色のオーラが象徴している少女の力とは、歌声によって発揮される癒しの力である、

 しかし、力が完全に覚醒してしまった結果、キリは、特殊能力を排除する組織オールドにその存在を知られてしまい、彼等の襲撃を受けてしまう。

 ここにおいて三度、面影橋が物語の舞台背景になる、

 帰宅途中のキリが襲われたのが、この面影橋に周辺で、現実においては少し前まで、オリジン電気の本社とその本社工場が存在していたのだが、工場は二〇十五年に移転し、その跡地は、二〇二〇年三月現在、マンションが建築中である。しかし物語の中では、ここには「大久保タイルズ」というの工場があるという設定になっていて、その工場裏の狭い小道で、キリは、サイボーグ部隊に小道の両側を塞がれ、挟撃されてしまう。

 この危機的状況にあったキリは、クオンの仲間の一人によって救われるのだが、二人が逃げたのはこの工場の中で、ここでサイボーグ達と戦闘になるという展開になっている。

 城ヶ崎キリは、『トワノクオン』の中で、幼い時に両親を事故で失うという不幸に見舞われ、力に目覚めた後にサイボーグ実働舞台の襲撃を受ける。このような物語展開は、面影橋の名の由来となった「於斗姫」の物語、自分の美貌故に幾度も不幸を呼び寄せてしまう悲恋と重なり合っているように思われる。


 この工場での戦闘それ自体は、サイボーグ部隊が引いたことによって、異能力側は逃げ果せることができたのだが、その後、場面は最後にもう一度面影橋の上へと移り変わる。

 夜闇の空の端は茜色に染まり始まっており、暁時の夜明けの面影橋の上で、戦いに参加した「アトラクター」側が一同に会するのだ。

 アトラクターとは、異能力者達の自称で、自分の思いを力にできる、そのような力に目覚めた者達のことで、クオン達は、その力を仲間達を救うために使いたいと考えている。

 そして、クオンは、これからどうしたよいのか不安げなキリに、キリもまた仲間で、自分達と一緒にくるように誘う。ここで第一章の物語は終わり、アニメはエンディング・ソングへと移行する。

 面影橋の名の由来になった「於斗姫」伝説では、度重なる不幸を憂いた姫は、自分の髪を切り、その変わり果てた姿を川面に映し出し、その後入水し、別世界へと旅立つのだ。

 於斗姫と、ある意味、二重写しになっているキリは、橋の上でクオンに誘われ、今までの日常から、異能力者のアトラクターの世界へと入ってゆくのだ。


 このように作品を読んでゆくと、『トワノクオン』の面影橋とキリには、面影橋にまつわる「紅皿」と「於斗姫」の二つの伝説が織り込まれているように思われるのである。


<参考資料>

<WEB>

『トワノクオン』第一章,,アニメーショ制作:ボンズ,ネット配信;バンダイチャンネル,2011年8月26日発売,初回限定盤(BCXA-0328);通常盤(BCXA-0361),2020年3月28日視聴.

『トワノクオン 公式サイト』,2020年3月29日閲覧.

「東京染ものがたり博物館」,『新宿観光振興協会』,2020年3月29日閲覧.

『オリジン電気株式會社』』,2020年3月29日閲覧.

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