第25話 敵の敵は味方になるか
「なーにをしとったんじゃ! わしを待たせておいて!」
引き戸を開けるなり、トキがキーキーと噛み付いてきた。
あかりの家の前で待ちぼうけを食らっていたトキは、ビヨンビヨンと飛び跳ねてタケルの足に蹴りを入れるのだが、身長二十センチ程の小妖精のちんけな攻撃など全く効き目はなかった。
タケルはフンと鼻で笑う。
「あーそういや、あんた居たんだっけね」
「ふざけるな、馬鹿者! こっちはまだかまだかと待っていたというのに!」
あかりはサッとしゃがんで、プリプリと怒るトキを優しく手の上に乗せて謝った。
「ごめんなさいね。待たせてしまって。……つい話こんじゃったものだから」
「ふむ。目が赤いのう。こやつに無体な真似をされたのかの? それなら、わしがこの腐れ外道を成敗してくれようぞ!」
ギロリとタケルをにらんだ。
あかりの手に乗せてもらって鼻の下を伸ばしていた輩が何を言うと、タケルもガンを飛ばして応戦する。何の話をしてたか問われる前に、注意を逸らしてしまいたかった。
「おい、俺がなんだってぇ。こっちはちゃんと祠を見てきたんだぞ。ドチビ妖精め」
「やかましいわ! それで、見つけたのか!」
「何も見つからねーよ。って言うか、何を見つけろってんだよ!」
「じゃから、怪しいものと言っとるじゃろうが!」
曖昧な言い方をしておいてふんぞり返っているトキに、なんて奴だと憤慨しながらもタケルは話題が移ったことに安堵していた。
それにしても、こっちが怪しいと思うものとトキが怪しいと思うものが同じとは限らないではないかと、チッと舌を打ちため息をつく。
「怪しいものと言われれば、祠全てが怪しいとも言えるけど。そうね、扉が壊れて外れているんだけどそれは怪しい?」
「壊れとるだけじゃな」
「多分銀で封印されてたと思うんだけど、木箱も鎖もボロボロになってるのは?」
「経年劣化じゃな」
トキは長い髭をさすって、何か考えているようだった。しかし何を考えているのかさっぱり分からない。
タケルは、トキの思案の助けになるかとなるかと報告を付け加える。
「銅鏡が綺麗に真っ二つに割れてたぞ」
「どうでもよい」
ニベもない返事に、何なんだコノヤローと歯を剥いて威嚇したが、トキは知らんぷりで腕を組んでいる。
クスリと笑ってあかりが報告を続けた。
「祠の土台になっている大きな岩はどう? 綺麗な四角い形をしてるんだけど、それは怪しい?」
「どんな岩じゃ?」
「ええ、縦横一メートルくらいの平らな岩の上に祠が建てられているのよ。土に埋まってるから高さは分からないけど、見えてる部分は五センチくらいかな?」
「ふむ……それはまあ、土台じゃな」
「だーから、初めから言ってんじゃねーか! 別になんもなかったって!」
こちらの報告を全て否定するようなトキの言動に、ついついイラついてしまう。要するにトキ自身も、祠が怪しいと思いつつも何を見つければいいのかよく分かっていないということなのだろう。
「真四角の岩のぉ……」
あかりはブツブツとつぶやくトキを覗きこんだ。
「何かあるの?」
「いや、解からんな。……奴め、異様に白いじゃろ。なにゆえかと思ってのぉ。祠になにかそれを解き明かすようなものがあるかもと思ったんじゃが……」
タケルとあかりは怪訝な顔で目配せしあった。
ハクは確かに全身が真っ白で、突然変異のアルビノのようだ。その白さが気になるということは、それに結びつくようなものを見つけなければならなかったということだろうか。
しかし、祠を見た限りでは関連のありそうなものは無かったと思う。
これ以上この話は進展しなさそうなので、タケルは気になっていたことを尋ねることにした。
「テン、だっけ? さっき言っていたナイトメア・プレデターのこと、もっと詳しく話てくれよ」
タケルがきくと、トキは露骨にイヤな顔をした。
「わしは、嬢ちゃんとだけ話がしたいわい」
思わず握りこぶしを振り上げたが、あかりがクスリと笑って制した。
トキは憎まれ口を叩くために存在しているんじゃないかと、タケルは半ば呆れた。先程、店で垣間見せた優しさはエセだったのかと思いたくなる。
*
夢喰う魔物を狩る、ナイトメア・プレデター。
トキ達妖精がテンと呼ぶその存在は、彼らよりも高次元の霊的な存在だと言う。
妖精や夢魔は、人間と同じようにこの地上で生まれる生命であるが、テンは違う。別の次元からやって来るらしい。気まぐれに次元の壁を越えてきては、妖精を狩り喰らうらしい。
プランクトンとイワシと漁師の例のように、摂理に
テンという呼び名にしても、妖精達が勝手にそう呼んでいるだけで、本当のところは誰にもわからない。謎の多い存在だった。
トキにしても伝え聞いた話が殆どで、実際にテンを目撃したことはないのだ。
敵の敵が、味方であるかは解らないが、このプレデターの出現が転機となるのは確かだろう。
祠捜索は収穫のないままお開きとなり、明日あかりとまた会う約束をして、タケルは落ち行かない気分で帰途についた。
ハクの行方が気になっていた。そして塚本のことも。ハクを捕まえる、もしくは逃げ切るにはどうすればいいのか、あかりの寿命を取り戻すにはどうすればいいのか、と考えれば考える程に気は重くなる。
タケルは先をあるくトキを眺めながら歩いていた。
片側二車線の大通りの歩道。トキは通行人に踏まれないように、器用にピョコピョコと飛び跳ねながら進んでいく。
自分にはこんなにもハッキリと見えるのに、周りの人は誰も気づかないということに、改めて驚きを感じる。
――ナイトメア・プレデターか。なんとか、味方につけることはできないんだろうか。丁重にもてなして、頼んでみるとか。
「ムリじゃな。あんな恐ろしいモノと話なぞできるものか」
トキがいきなり振り返って言い放つ。
「いくら人間は食わんといっても、餌の餌を守護するつもりも興味も無いじゃろう。ぬしはプランクトンの一匹が助けてくれと話しかけてきたとして、まともに相手にできるのか? 普段なら眼中にもない相手を、わざわざ守ってやろうなどと思うまい」
ぐうの音も出ない。
眉間に皺をよせてムスッと歩き続ける。トキの言うことは理解できるが、そんなに突き放さなくてもいいじゃないかと恨みがましく思った。
それに自分なら、しゃべるプランクトンにはちょっと興味があるし、イワシを食べるだけでいいなら、守ってやってもいいと思うくらいの心の広さはある。
だいたい、さっきトキは朗報だと言ったのだ。そのプレデターが人間寄りだと思ってしまうのは当然だと思う。あれはどういう意味だったのだ。
とっとと先を行くトキを見ながら、ハアっと息を吐く。
タケルの思考を読み取るのは朝飯前のはずなのに、返事をしない。と言うことは、答えたくないということかと、また大きなため息がでた。
一人と一匹は、歩道をゆっくりと歩いていった。
しばらくすると、多くの人が行き交う中、前方から見慣れた顔が歩いてきた。猫背で陰気な少年。同じクラスの武田だった。
タケルが立ち止まると、向こうも気づいたようだ。条件反射のように武田の体が怖ばわる。
「あ……武……」
タケルの言葉が終わらないうちに、武田は聞かれてもいないことを話し出した。
「ぼ、僕は用事……あ、あっちで家族が待っているんだ! じ、じゃ」
タケルの手が届かないように、不自然なほど大きく回りこんで武田は通り過ぎていった。青ざめた顔だ。
呆気にとられて見送っていると、トキがニヤリと笑ってビョンビョンと跳びはねる。
「これはまた嫌われたもんだのぉ」
「なんだよ。オレはバケモノかよ……」
タケルは肩をすくめてひとりごちた。
まあ仕方ないか、と思う。今、武田をどうこうしようなんて、これっぽっちも考えなかったが、普段の行いを思えば彼の反応は当然だろう。自分は、武田にとって最も会いたくない相手だろうから。
タケルは、ポリポリと頭も掻き苦笑する。この嫌われっぷりは自業自得なのだから。
と、ふいに後ろから肩を掴まれた。
振り返ると、それは大沢だった。
タケルの体が固まった。さっきの武田と同じ反応をしていることに、すぐには気づくことも出来なかった。
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