終章 楽園の果実

 秋の国から遥か遠く、海を渡った神の実は、

 古く伝わる言葉に違わず、王と王女の目を覚ます。

 

 しかしそのあと不思議なことに、癒しと救いの力といえば、

 あたかも儚い夢の如く、二度とあらわることはなし。

 

 奇跡の果実が放っていた、眩い黄金きんの光は途絶え、

 輝き失せたその色は、たちまち紅葉もみじと同じに変わる。

 

 力を無くした実の種子たねは、土に還され芽を出すと、

 やがて小さな樹に育ち、真っ赤な果実を成したという。


 城に育った神の樹は、天に煌めく星々が、

 紅葉もみじの季節を招くたび、

 繰り返し、また繰り返し、

 秋、訪れりと告げ続けた。


 その実を見上げ、人が伝える物語。

 瑠璃の瞳の彼の姫と、黒鳶の目をした従者の話。






 ✴︎ * ✳︎ * ✳︎









 紅と黄の枝葉が茂る、樹々に守られた女神の楽園くに

 その深い深い林の奥へ、黄金きん色の角を頂いて、

 一頭の白い毛を持つ鹿が、地を彩る葉を踏みしめる。


 迷いなく進む青銅の蹄、黄金きんの大樹の前で止まる。

 葉を透かし降る陽の光を、さも快いと仰ぎ見た。

 そして今度はゆったりと、自らの前へこうべを垂れる。

 白く輝くその毛並みを、女性の指が優しく撫でた。


 己が力宿す愛の実を、

 たずさえ帰った人の子の、

 こころ正しき行いに、

 美しき主人あるじは微笑んだ。




 完

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