第5話 身体が変われば気持ちも変わる。

 ところで、高校に入った当時、出会った当初は彼女はイキのことが好きだった。

 周りのムードに流されるのは基本的には嫌いだが、その時は確かに流されてしまっていたと言えよう。

 友達以上を望む「好き」。

 だから高校入って最初に配属されたクラスで、唐突にロックの話で気が合って、一緒にバンドやることが決まって嬉しくないといったら嘘になる。

 そしてその容姿故に、他の女の子が安心半分、冷笑半分で見ていたことも彼女は知っていた。

 きっかけはそういうことだった。


 そしてある日突然、嵐のように頭の中で「何とかしなくちゃ」という言葉がぐるぐると回り始め、止まらなくなった。もともと思い詰めたら、走りだしたら止まらない性質なのである。


 「まっとうな」ダイエットを研究して、成功して、―――何かを失くした。


 ほっぺたにまとわりついていた肉が落ちたら、くぼんでいたような目が張り出して、大きくぱっちりとしてきた。一重だと思っていたのだけど、実は二重だったらしい。胸や腰についていたのは全部脂肪だったらしい。

 一気に取れたとき、起伏という奴が無くなっていた。身体が軽い。跳び箱も飛べるし、さかあがりもできる。肩こりも減った。


 そして、生理が止まった。


 さすがの彼女も驚いた。毎月のお客が全く御無沙汰になってしまったのだ。

 はじめは、変だなと思いはしたが、すぐ元に戻るだろう、とたかをくくっていたら、そうではなかった。

 一年も何もなかったので、とうとう業を煮やして医者へ行って、最近SEXはしましたか、とかなかなかシビアな質問のあと、診察台に乗せられて、結局出た結論は、痩せたせいだ、と言われた。

 身体についていた脂肪の何十パーセントを一気に落とすと、一種の飢餓状態になるらしい。つまり身体がSOSを発する。何処かのエネルギー供給を止めないと、生命維持に危険がある、という訳だ。

 生殖機能という奴は、本人が生きていくだけには、別に必要な本能ではない。


「だからね、長沢さん、もしもあなたいずれ結婚して、ちゃんと赤ちゃん作りたいと思ったら、もう少し戻さないと駄目よ」


 婦人科の女医はそう言って、ホルモン注射をしてくれた。

 注射は何度か受けて、お客様は戻ってきたけれど、そのお客様はもうタマゴを持ってこない。だけど、太っているときには何にもなかった痛みという奴は連れてくるようになった。

 また体型を戻せばタマゴを持ってくるようになるのかもしれない。痛くもないのかもしれない。だけど、それだけは嫌だった。自分に関しては。

 それからは体質自体が変化してしまったようで、結構呑み食いしても、太ることはなくなった。と、いうより、好みがいろいろ変わってしまったらしい。彼女自身は気付かないが、前後を知っているイキはそう言っていた。

 だから、ダイエットしたいーっ、と軽々しく言っている女の子には、FAVは何も言わない。本当に思い詰めている子には、リスクを考えた上でそれでもやりたければやればいい、と考えている。

 絶対にリスクはあるのだ。それが未来にどういう影を落とすかも知れたものではない。


 そして、もう一つ。

 スリムになる目的の一つだったはずの彼に対して、友達以上の「好き」を感じなくなってしまったのだ。

 冷めた、とかいうのじゃないと思う。相変わらず音楽に対しては、執着に近い感情がむしろ、以前に増して強くなっていた。

 誰かのためでなく、自分のために、自分の音を出したくなっていたのだ。

 そしてその音を見つけたときの感覚は、何にも替えられない。

 誰かに動かされるのでもなく、自分の頭で肌で感じとって、自分の手で作り出す音。

 もちろんいつもいつも満足のいくものじゃない。

 何度も繰り返した挙げ句、そうじゃなくても、何かの拍子で思いがけなく「素敵」な音が見つかった時には、世界が光に満ちているように見えた。


 こんなことは、昔はなかった。


 子供の頃から体育以外は優等生で、難が無い様に過ごしてきたから、ひどく辛いこともなかったけれど、息が詰まるほど感動することもなかった。それはそれで良かったのかもしれない。

 ところがある日、何の気なしに流れてきた「音」が、肩をわしづかみにして彼女を揺さぶった。そしてわずかに向いてた方向を変えた。

 少しの向きのずれは、年を経るごとに大きくなり、もう全く違う物になっている。

 だから、別に楽な生き方をしたい、という人には文句はつけない。それはそれでその人の自由。

 ただ、いくら楽な生き方でも、自分は絶対に戻りたくはない。FAVはそう思う。


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