6 Black Board
ひゅるりと生ぬるい風が吹く。
空に浮かぶ月を通りすがる雲が何度も隠している。
サングラスをかけた若い男だった。
何も言わずに、ひらすらに歯を食いしばっている。
終始、無言を貫き通していた。
今日は比較的楽そうだ。静かにしているし、彼を叩きのめすだけでいいだろう。
「今だ!」
彼はめいっぱい叫んだ。
その瞬間、処刑屋は真横に吹っ飛ばされていた。
受け身をとって、体を起こす。
視線の先には、コートに中折れ帽子、厚底ブーツをはいている少女がいた。
彼女に蹴飛ばされたのか? 一体どこから現れた?
予想外のできごとに、頭がついて行かない。
「うっわ……マジで怖かった。本当に殺されるんじゃないかと思った」
後からパーカの女が現れ、彼の拘束を解除した。
まさか、ずっと隠れていたのか。
闇に紛れ、タイミングをうかがっていたのだろうか。
胸のあたりを抑えながら、ゆっくりと立ち上がる。
「何はともあれ、作戦成功ね。結界もちゃんと作動しているみたいだし」
女は柔らかい笑みを浮かべる。
「お前ら、何者だ」
「狩人」
少女は手錠を構えながら、そう短く答えた。
「アンタを捕まえに来た」
「狩人……退魔師か!」
噂で聞いたことがある。
退魔師たちが自分を捕らえるために、何やら対策を練っている。
まさか、襲撃されるとは思いもしなかった。
「本当に魔法が使えないんだね。
アタシにはあんまり影響ないけど」
武器商人に与えられた兵器とは、魔法が使えなくなる結界だった。
結界内にいるすべての人物の魔力を奪う能力がある。
魔力を補うアイテムを制作している最中に生まれたらしい。
目的とは真逆の物であるものの、コンセプトはおもしろいということで倉庫に保管されていたようだ。
どうりで開発期間が短くすんだはずだ。
途中で放り出された物を引っ張り出して、本格的に研究すればいいだけだった。
「さて、最強の魔法を封じ込んだわけだし。
覚悟はいい、処刑屋さん?」
少女は手錠を投げ、男の腕を拘束する。
鍵のかかる音がした途端、釘バットを放り投げた。
両腕を拘束され、使い物にならないと判断したらしい。
「俺を殺せ」
男はぽつりと、つぶやいた。
「俺を生かしたところで、何もならないぞ」
そのまま膝をついて、頭を下げた。
何もせずに、彼は投降した。
「アンタ、どういうつもり?」
「どうもしない。
これ以上は、どうにもならないだろう?」
彼の言っていることがよく分からない。
「ちょい待って。君みたいな大罪人を俺は何人も見てきたよ。
ウチらに抵抗して、死んでいった奴も当然いた」
ステラが男の前に出て、語り始める。
戦意喪失したと見せかけてるだけで、何か仕掛けているかもしれないのに。
警戒しつつ、二人の動向をうかがう。
「結界の影響もあるかもしれないけど、君はまるで抵抗しないじゃない。
それってさ、罪の意識は多少あるってことなんじゃないの?」
彼は武器を放り投げ、早々に無抵抗の意思を見せた。
最初から罰を受けるつもりでいたのだろうか。
あるいは、抵抗するだけ無駄だと悟っただけか。
「人を殺したことに対する後悔、悪いことをしたことさえ自覚できていれば、人はかなり変われるんじゃないかなって、俺は思うんだ」
「俺みたいな奴を、救えると思っているのか」
「馬鹿を言いなさんな、俺らは神様じゃないよ。
自分自身をどうしたいかは、君が考えるべきことだろ?
ま、時間はたっぷりあるんだから、これから向き合っていけばいいさ」
グラウンドで待機していた狩人たちが現れ、彼を拘束する。
一緒に行動していたと思われる人々も捕縛された。
彼について、調べなければならないことがたくさんある。
残業覚悟で徹底して捜査しなければならない。
「ステラにしては、いいこと言うじゃん」
「至って真面目なんだけどなあ、俺」
「普段からそれくらい、真面目だったらいいのに」
「いや、毎回こんなテンションだと、俺がやってられないよ」
「あら、意外と悪くないと思ったけど」
「そういう問題じゃないんですよ」
彼はため息をつく。シリアスな話は本当に慣れない。
話が進みそうになかったから、今回は助け舟を出しただけに過ぎないのだ。
「俺は裏方なんだしさ、表舞台に立つ連中より派手でどうすんのさ」
「言ってることとやってることが違うんだけど」
そんなことを誇らしげに言わないでほしい。
まずは裏方の意味を辞書で引いてこい。
ツッコミが追いつかず、思わず黙ってしまった。
普段は謎の言葉が書かれているTシャツを着ている。
そのスタイルはある意味、モモたちより目立っている。
言葉が毎度違っているので、何着持っているのか未だに謎だ。
「変なTシャツを着てるグラサン野郎、それが俺なんだよ」
彼は満足げにそう言い切った。
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