195.Scraper Sky High


 廃都市に竜の咆哮が鳴り響く。


「もう、また……っ!」


 六枚の花弁が翼になっている、植物のようなドラゴン『スカイブルーム』はその鱗を眼下のラブリカに向けて無数に射出した。


「【ピンクアロー・スターズ】!」


 軍用ヘリが機銃を掃射するかのごとき攻撃に対しラブリカがステッキを振るうと桃色の魔法弾がいくつも撃ちだされ、鱗の内何割かと衝突し直撃は免れる――しかし。

 魔法弾とぶつかった鱗は破裂音を鳴らして弾けると、色とりどりの粉塵を撒き散らした。

 さらに広範囲に降ってくる粉塵を追い越すようにして、落としきれなかった鱗がそこかしこに着弾すると、巨大なイバラの鞭に姿を変えた。


 上からは粉塵。

 周囲にはイバラ。

 あたりを素早く見回すと、ラブリカは【マゼンタ・ブレーデ】を発動させステッキの先端から魔法の刃を出現させた。


「やあっ!」


 粉塵から逃れようとひび割れた道路を必死で駆け抜けつつ、襲い掛かってくるイバラを切り払っていく。

 しかし粉塵の散布範囲はとてつもなく広く、そのうちの紫色の粉に触れてしまう。

 

「毒……! まだマシ、だけど……!」


 スカイブルームの鱗はそのひとつひとつが植物の種になっているらしく、着弾前に破壊すると花粉が散布され、地形やプレイヤーに命中するとイバラの鞭として成長する。

 直撃は論外として、厄介なのは花粉だ。広範囲に散布される粉塵から逃れることは困難で、触れただけで各種状態異常にかかってしまう。


 今回は猛毒。麻痺や睡眠、石化などの行動不能系に比べればいくらか幸運と言えるが、それでも猛烈な勢いでHPが減少していく。

 ラブリカは素早くアイテムストレージから状態異常を治癒する《浄化リキッド》を取り出すと一息に飲み干した。

 紫がかった体色が元に戻り、HPの減少も停止する。


「ずーーーーーーっと飛んでるあいつ……!!」


 恨めしげに上空の竜を見上げるラブリカ。

 悪態をつきたくもなる。スカイブルームは戦闘開始時から飛んだままろくに降りてこず、鱗を射出するくらいしか行動を起こさないのだ。

 しかもその鱗も無尽蔵なようで、出しても出しても減る気配がない。

 ここまでくると何か別の攻略法があるのではないかと勘ぐってしまう。


「【ショッキング・エール】、【ブロッサム・ベール】」


 念のため攻撃バフと防御バフは切らさないようにかけておく。ラブリカのクラス『マジカルマギカ』は味方支援に特化したクラスだが、ソロではその真価を発揮しにくい。フランはそれを込みで依頼したのだろうが。


 もたもたしていてはまた鱗が降ってくる。

 何か打開策はないかとあたりを見回すと、比較的原形を保ったビルを見つけた。


「……よし、入ってみよ」


 階数もかなりありそうだ。

 これに昇ればとりあえずあの竜に近づくことはできるかもしれない。

 そう考えた直後にまた咆哮が響いたので、慌ててビルに駆け込んだ。


 内部は古いオフィスビルといった様相で、あまり広くはない。


「エレベーターは……ないよね、そりゃそうだ」


 諦めて階段を上ることにする。

 やはりあちこちがひび割れていて頼りないが仕方ない。

 踏み抜かないように、しかしできるだけ素早く駆け上がっていく。


 そうして三階にたどり着いた、その時だった。


「勢いで入ったけどここ何階あるんだろ……ん?」


 ゴオオオ、という激しい風の音が聞こえた。

 音の籠り方からしておそらく外からだ。

 なんだろー、とのんきに首を傾げていると――それは到来した。


 突如として目の前の壁が爆砕した。

 驚く暇もなく、砕けた壁から襲い掛かってきた何かの奔流とまともにぶつかったラブリカは階段の脇の壁に思い切り叩きつけられ、無視できないほどのダメージを負った。

 視界の淵が真っ赤に染まる……危険域だ。念のためにさっきかけていた防御バフがなかったら死んでいた。


「げほっ……何が起こって……桜?」


 ずるずると壁を背に座り込むラブリカの周囲には大量の桜の花びらが落ちていた。

 おそらくこの花びら――桜吹雪がビルの壁を突き破り、そのままラブリカへと襲い掛かったのだ。

 ゆっくり立ち上がり、《回復ポーション》を服用しつつ壁の穴から外を見ると、少し高い位置にスカイブルームの姿が見えた。

 あの高度なら屋上まで行けばかなり近づける、と希望を持った瞬間だった。


「――――え」 


 スカイブルームが花のごとき翼を羽ばたかせると先ほどの桜吹雪が放出され、意思を持っているかのようにこちらへ向かってきた。

 背筋が冷たくなる。あんなのをもう一度受けたら完全にお陀仏だ――ラブリカは全力で地面を蹴る。


 直後、再び轟音を響かせて桜吹雪が壁を貫いた。

 何とか逃れたラブリカは振り返る暇もなくひたすらに階段を駆け上がっていく。

 

「早く屋上いかないとやられちゃうー!!」


 掛け値なしに防戦一方。

 何とかして攻めに転じる機会を掴まなければ、敗北は必至だ。



 高いビルだというのは外観からわかっていたが、追われながらだと無限に続くような気がしてくる。


「うあっ!」


 何度目かの急襲。

 壁を貫いてきた桜吹雪は避けられたものの、余波で踊り場に叩きつけられる。

 今は何階くらいなのだろうか。立ち上がりながら壁の穴を確認すると、結構な高度まで来ていることが分かる。


「【コーラル・ミスト】」


 速度バフをかけつつ階段の先を見上げると、ひしゃげたドアを見つけた。

 きっとあそこが屋上へと続いている。後ろでは再び例の轟音が聞こえ始める。

 もたもたしている暇はない。


 ラブリカは一気に駆け上がると、その勢いのまま屋上への道を蹴り開いた。

 けたたましい音を立てて転がるドアを横目にあたりを見渡す。

 いつの間にか落ちかけていた夕日が空を焼いている。


 屋上は思ったよりは広い。学校の体育館より一回り小さいくらいだろうか。

 周囲を囲む申し訳程度の手すりは折れたり曲がったりして意味を成していない。あれでは簡単に落ちてしまいそうだ。


「……やっとついた」


 ため息交じりの言葉がこぼれた瞬間、音も無く”それ”は顔を出した。

 緑色の鱗に身を包んだ竜、『スカイブルーム』。どういう原理なのか、その花弁の翼は羽ばたくことなく巨体を宙に浮かせている。


 予想は当たっていた。

 いまだ空は飛んだままだが、地上にいた時よりはずっと近い。こちらの攻撃も充分命中する距離だ。

 こうして建物に昇って戦うことを想定されたボスなのだろう。


 ラブリカの姿を認めたスカイブルームが身を反らし壮絶な咆哮を上げる。

 また鱗を射出する気だ。

 

「さっきまでみたいにはいかないよ! 【ピーチバスター・スナイプ】!」


 竜へ向けたステッキの先端から凄まじい速度の魔法弾が放たれ、その胸部へと直撃する。

 うめき声を上げて悶えるスカイブルーム。ダメージによって攻撃が中断されたようだ。 

 やはりあの理不尽極まりない攻撃は止めることを前提としたものだ。 


 しかしすぐに体勢を立て直した竜はその口を大きく開くと、毒々しい色のブレスを放った。

 慌てて飛び退るラブリカだったが、空中から吐き下ろされるブレスがゆっくりと追ってくる。

 さらにブレスが当たった地面が腐食している。好きにさせていては床が抜けるだろう。


「……っ、【ピンクアロー・スターズ】!」


 攻撃の軌道から逃れるように横に跳びつつ放った魔法弾幕がスカイブルームの顔面に命中すると、ブレスが反応して爆発を起こした。

 よしっ、とガッツポーズをするラブリカだったが、それもつかの間、広がった煙幕を突き破ってスカイブルームの鱗から植物の蔓が何本も伸びてくる。


 とっさに【マゼンタ・ブレーデ】を発動しステッキから伸びる魔力の刃で切り払う――だが。


「追い付かない……うあっ!?」


 逃した一本がラブリカの腕に巻き付く。

 力づくで引きちぎろうとするも、強靭な蔓はびくともしない。

 

 ぐんっ、と引き上げられる身体。

 まるで吊り上げられる魚のように宙へ舞い上げられる。

 しばしの浮遊感――直後、目に映る景色が下に向かって高速でスクロールした。


 ガゴン!! という鈍い音。同時に脳天に響く衝撃。

 頭から地面に叩きつけられたのだと理解し、同時にこの状況が絶体絶命であることを悟る。


(やば――――これ、死――――)


 竜は蔓を鞭のように使いラブリカを振り回しては叩きつける。

 ゴン! ゴン! ガン! と嫌な音が空に響き渡り、ラブリカの視界が夕焼け空と同じように赤く染まっていく。

 どうにもならない。抵抗する暇もない。なすすべがない。

 【マゼンタ・ブレーデ】を発動すれば巻き付いた蔓を切り離すこともできるだろうが、発動する前に叩きつけられて起動コードを口にすることも許されない。


 負ける。

 その事実が現実感を伴って這い寄って来る。

 無理なのだろうか。やはり自分では、あの人の助けにもなれないのだろうか。

 

「やだ…………」


 か細い声が漏れた瞬間、再び蔓が唸る。

 身体が振り回され、また叩きつけられるのを覚悟する。

 次は耐えられない。


 しかしその想像を裏切るように、蔓は横に向かって振るわれる。

 叩きつけるのではなく、放り投げられた。

 片腕が蔓から解放され、しかし。


 上下左右に何もない。

 ラブリカの身体はビルの屋上から完全に投げ出された。


「――――あ」


 放物線の頂点で、少しばかり滞空するアバターにもたらされる無重力感。

 しかしラブリカは知っている。このゲームの世界にも重力は存在し、まもなくこの身体が落下を始めるであろうことも。


 視界には燃えるような空。

 そしてあざ笑うようにこちらを見ている植物の竜。

 

 落ちれば間違いなく死ぬ。

 そして当然誰も助けには来ない。

 燃えるような空の中、ラブリカの身体がゆっくりと落下を開始した。

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