172.祭りの足音


「タッグトーナメント?」 


「そう」


 首を傾げるミサキ。

 フランの話では、一週間後にペアでエントリーするトーナメント大会が開催されるらしい。

 そういえば運営の白瀬が匂わせるようなことを言っていた。


「これにあたしとあなたで出ましょう」


「……でも」


 トーナメントということは誰かと戦うということだ。

 それは……避けたい。少なくとも今は。

 

「フランだって対戦嫌だって言ってたじゃん……」


「必要に駆られればやぶさかじゃないわ」


「必要って……この大会、そこまで報酬おいしくないよ」


 フランは金銭を稼ぐのが好きだ。

 その金を使うか使わないかは関係なく、ゲームのスコアのように積み立てていくのを目標にしているようだった。

 素材やアイテムもそうだ。商売につながるものだから精力的に集めている。

 

 このタッグトーナメントの報酬は、ミサキの言う通り特筆するほどではない。

 二人でエントリーしなければならない手間や、報酬を二人で分配するのを考慮すると、お世辞にもそこまでの価値があるとは思えない。


「報酬なんてどうだっていいわよ」


「え?」


「いいから。とにかくやりましょう」


 目指すは優勝よ! と腕を突き上げるフランに困惑するばかりだった。

 




 夕飯の洗い物をしながら神谷は考えにふけっていた。

 ここ最近は余裕が無くてゲームの情報をチェックできなかった。

 トーナメントのことを知らなかったのもそうだが、それに付随してアップデートで追加される特殊なスキルというのも気になる。

 詳細は一切不明で、習得してのお楽しみとのこと。

 少し好奇心に心を浮つかせ――そんな自分を自覚して首を振る。


「だめだよ」


 流水に晒した手が無意識にコップや皿をすすぎ、水切りかごに乗せていく。

 

 昔から競うのは好きだった。

 公平なルールの上で力を比べるのが楽しかった。

 中学の時、バスケにハマったのだってそういう性格に因るものだった。


 お互いの強さをぶつけ合う極限のやり取り。

 戦いの中で成長する感覚。

 そしてその果てに訪れる勝利が何よりも嬉しかった。


 しかしそれが相手を傷つける結果になるなら、もう手放しに喜ぶことは難しい。

 フランはああ言っていたが、それですぐに何かが変わるわけでもない。

 どうして彼女は誘ったのだろうか……。


「フランってもしかしてわたしのこと好きなのかな」


「なに言ってるんですか?」


「おわあああ!」


 驚いた拍子に手に持っていた泡まみれの皿がすっぽ抜ける。

 宙を舞う皿をなんとか器用にキャッチし、胸をなで下ろす。


「み、みどり……びっくりした」


「私もびっくりしました……」


 ふざけたことを言うものじゃない。

 皿を水に晒していったんシンクに置く。


「どうしたの?」 


「んー、なにということもありませんけど」


 そう言って近づいてきた園田は神谷の顔をすっと覗き込む。

 綺麗な顔とエメラルドのような瞳が間近に来てしまうと、見慣れているとはいえどぎまぎする。


「ちょっと元気出ましたね」


「そう……かな」


「ええ。HPが真っ赤だったのが、黄色くらいにはなってますよ」


 にっこり笑った園田は冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを取り出し、台所を後にする。

 「ではおやすみなさい」と言い残して。


「……そっか。わたしってそんなふうに見えるんだ」


 フランと会って話すだけでそれくらいには元気を取り戻すのだ。 

 ひとりが苦手な癖に、ひとりになろうとするものじゃないな、と神谷は学んだのだった。





 タッグで戦うとは言ったものの。

 フランと一緒に連携を考えたり練習したり――といった展開にはならなかった。

 なんでも試合に向けた調合が忙しいそうだ。


『誘っておいてごめんなさい。でもこれだけはやらせて』


 そう言って一心不乱に釜をかきまぜる彼女を止めることはできなかった。


 今までのことを思い返すと、彼女と共闘した機会は数えるほどしかない。片手の指で足りる程度だ。

 息は大して合っていなかった。そもそもミサキは誰かと一緒に戦うというのがあまり得意ではない。

 よっぽど分かり合った相手なら話は違ってくるが、少なくともフランはその域に達してはいない。

 これはフランとの信頼関係が欠けているというわけではなく、”よっぽど”に求められるハードルが高すぎるのだ。


 それにフランも広範囲の攻撃を得意とする上に使うアイテムが更新され続ける関係上、合わせる難易度が高すぎる。大会ルールを確認した限り、味方にも攻撃が当たってしまうからだ。

 よって下手に連携を狙うより個人で力を発揮し敵のペアを各個撃破する、疑似タイマン戦法が望ましいと思われる。

 むしろお互いの邪魔にならないように戦うやり方を模索する方が建設的だ――と言うのがミサキの考えだ。


「いち、に、さん、しっ」


 雑草の一本も生えない荒野エリアでミサキは意味もなく準備体操をする。

 見渡す限りだだっ広く、人も少ない。

 

 悩みが解消されたわけではないが、とにかくやるとなったら全力だ。

 今は個人の技量を上げるとき。というわけで練習である。


 ここ一帯に多く生息しているモンスター『ロックボール』。一頭身のゴーレムのような姿をした敵だ。

 そんな彼らめがけて爆発的なスタートダッシュを切る。

 

「…………っ!」


 最短距離かつ最高速でロックボールへ接近し、最低限の攻撃で撃破。すぐさま次に向かい、同じことを繰り返す。

 アバターの操作制度を上げるための練習だ。初期のころは似たようなことをひたすらに繰り返していた。

 

 打撃音と共にロックボールが舞い上がり、青い破片になって消滅していく。

 この練習のいいところは無心でできるところだ。余計なことを考えずに済む。


 しかし、実際のところ。

 本当に上手くなりたいなら対人戦を繰り返すのが一番だ。特に大会に向けた練習の場合は。

 つい最近クルエドロップも言っていたことだ。実力の近い者と繰り返し戦うのが上達の近道だと。


 つまり、ミサキはこの期に及んでも戦うことから逃げていたのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る