128.さよならミラーランド、またきてダブルフレンド


 両手に炎を宿した『ファントム・ファタル』がカーマの懐へ躍り出る。


「速い……!」


 武器を大剣のままにしていたカーマは燃える拳による接近戦に対応しきれない。

 絶え間なく繰り出される殴打に対し広い刀身を盾のように使って凌ごうと試みるも限界がある。ガードをくぐり抜けた炎がカーマのHPを削って行く。


 耐久力に乏しいカーマは受けに回ると簡単に死んでしまう。

 翡翠は素早く双銃のトリガーを引きファントムを狙う――が、突如その瞳が迫る弾丸を捉えた。

 燃える手が目にもとまらぬ速度で動いたかと思うと、飛来した弾丸を一息につかみ取った。


「そんな!?」


 驚異的な反応速度。

 人間にはおよそ不可能な――ミサキ本人ならできるような気もするが――対処法にたじろぐ翡翠へ、弾丸が恐ろしいスピードで投げ返される。

 当然回避はできずまともに喰らい、床に転がる。

 

 しかしその投げ返しによってできたわずかな隙に武器を双剣に切り替え応戦するカーマだったが、それでも手数がわずかに劣っている。まさに炎のごとき苛烈な連撃に少しずつ押され始める。


「ぐっ!」 


 拳にばかり気を取られたカーマの腹部に前蹴りが突き刺さり後方に吹っ飛ぶ。そのまま追撃に移ろうとしたファントムの頭上へ青い壺のようなものが投擲された。


「《点滴穿石の滝壷》――炎には水よ!」


 くるん、と逆さまになった壺から凄まじい量の水流が投下される。

 どしゃぶりの勢いがファントムを襲い、水という名の圧力でもって動きを止める。

 作り出した好機に、フランは水蒸気を噴き出すボスへと走り込む。

 その手には水筒のようなアイテムが握られている。素早く振ると細い水を噴射し始めた。

 

 カーマたちはそれに見覚えがある。水圧によって物体を切断加工する技術――ウォータージェット。


「《カスケードブレード》」


 横薙ぎの斬撃が、滝のごとき水流ごとファントムを切り裂いた。

 ミサキを模した小さな身体が転がり、HPが大きく減少していく。


 様々なアイテムによる対応力がフランの持ち味ではあるが、その実、弱点は多い。

 まず、パーティプレイにおける戦闘への参加しづらさ。爆弾系を始めとして攻撃判定が広いアイテムを多く取り揃えているフランは必然的に味方を巻き込みやすい。よって使えるアイテムが制限される。

 

 そしてもうひとつは通常攻撃の貧弱さ、ひいては接近戦に持ち込まれた際のどうしようもなさ。

 申し訳程度に杖という武器は持っているものの、低いステータスでは大したダメージを出すことはできない。以前ラブリカと戦った際も詰め寄られた途端に防戦一方になってしまった。

 そんな自らの欠点を埋めるためのアイテムを最近は開発している。それが今しがた使った二つだ。

 

「よしっ、いい感じ!」 


 ダメージ的な意味でも、持ってきたアイテムの有用性に関しても手ごたえを感じる。

 だが、大ダメージを喰らえどもファントムは何度でも起き上がる。痛みは感じず、恐怖もない。なぜならゲームのボスとして作られた存在だから。外見は少女でも、その中身は0と1で構成されている。


 ファントムが下ろした右手を軽く広げると周囲の鏡から光が照射され、手の中に光の剣が生成された。


「また剣……だったら!」


 カーマはすかさず双剣を手に接近を試みる。

 もう相手のHPは残り少ない。ならば畳みかけるのみだ。


 それを見たファントムは飛び上がり剣を掲げる。

 すると空中に光の剣が無数に生み出され、その切っ先をカーマたちに向けた。

 

「【スクランブル・ディバイド】!」


 目にもとまらぬ斬撃の嵐を繰り出すスキルを発動させた直後、剣の雨が襲い掛かる。

 走り回りながらそれらのことごとくを切って落とすカーマだったが、上空のファントムが閃いた瞬間その姿が掻き消えた。

 剣の雨と動揺に晒されるカーマのすぐそばに一瞬でファントムが現れる。光と化し、鏡から鏡へと光速で移動した――そのことが理解できたものはいなかった。


「やばっ……」

 

 間に合わない。

 斜め上へと振りぬいた光の剣がカーマを深く切り裂いた。


 直後、剣の雨から何とか逃れた翡翠が銃口を向ける。


「【スパイダー・バレットストライク】!」


 左右四つずつの弾丸が、旋回し挟みこむように放たれる。

 しかしその軌道が仇となる。だんっ! と力強く床を蹴り加速したファントムは弾丸の軌道の空白をまっすぐ一直線に突き進み翡翠へ肉薄する。

 カーマの二の舞か。近くにいたフランが歯噛みするが、翡翠の口元に笑みが浮かぶ。


「ガンナーなら近接戦闘は不得手……そう思いましたか?」


 くるりと身体を翻し、剣閃をかいくぐる。

 そのまま遠心力を利用して銃床を振り上げファントムの顎を強烈に殴打した。 

 ここで無機質な人形が初めて動揺を見せた。作り物じみた瞳孔がガクガクと震える。


「はっ!」


 そこから畳みかけるように繰り出された回し蹴りが側頭部に直撃。吹っ飛ばされたファントムは床で一度バウンドし、倒れる。

 追い詰められ、軋む身体を起き上がらせようと蠢く幻影に影が差す。


 その頭上。

 飛び上がったフランが握った氷の結晶から冷気が溢れ出し、その右手に巨大な氷塊を纏わせる。


「《拳雪こぶしゆき》!!」


 渾身の力で振り下ろされた氷の拳が振り下ろされる。

 冷気が爆発的に広がり周囲に霜が降りた。

 位置エネルギーを乗せた一撃によってファントムの身体は一瞬にして凍り付き、粉々に砕け散った。


「倒した…………」


 安堵のため息をつく。

 だが苛烈なダメージからなんとか起き上がったカーマが血相を変えて叫ぶ。


「後ろ!」


「――――え」 


 びゅう、と不自然な風が吹いたかと思うと空中に漂っていた無数の氷の粒がフランの背後で集まり人の形を作っていく。変わりない無表情のファントムが顕現する。決まった形を持たない幻影だからこそ少しの衝撃でシルエットを崩し、何度でも元に戻る。

 その手に握られた新たな武器、太陽のごとき輝きを放つ槍がフランの背中を無慈悲に貫いた。


「フラン!」


「フランさん!」


「ぐ……っ」


 乱暴に槍が引き抜かれ、支えを失った身体が仰向けに倒れる。致命的な一撃によってHPが急激な減少を始めた。

 真っ赤に染まる視界で必死に回復アイテムを取り出そうとするがばらばらに取り落とした。その手に残ったのは《崖っぷチップス》。その名の通りポテトチップスのようなアイテムを動きの鈍い手で口に運ぶとHPが1でストップした。

 

 だがそんな悪あがきをファントムは看過しない。

 槍を振り上げたかと思うと無防備な背中へ再び振り下ろし――――


「二度目はないわよ!」


 火花が散る。

 太陽の槍を二振りの剣が押しとどめる。


「ごめんカーマ……あたし……」


「そういうの無し! あんたは充分こいつの体力削ってくれた! 見た目からじゃわかりにくいけど――このボスもフランと同じ、死にかけよ」


「そうですよ、依頼したのは私たちなんですから後は任せてください! 【ファルコン・バレットストライク】!」


 撃ちだされた風の弾丸が槍に着弾すると爆風が巻き起こりファントムの小さな身体を後方へと押し下げる。

 その拍子に吹っ飛ばされた槍を見送ったかと思うと、次は二本の槍を生み出し両手に携えた。


「いい加減しつこいっての!」


 力強く大地を蹴り、接近を試みるカーマを迎え撃とうと二本の槍を構えるファントム。

 防勢に回った。つまり足が止まっている。カーマはにやりと笑うと双剣をまっすぐに投擲した。

 飛来する刃を反射的に――いや機械的に弾き飛ばしたファントム。だが大ぶりな動きは隙を生む。


 カーマが腰だめに構えているのは刀。

 静かに、正確に、流麗に。その刀身が刹那の弧を描く。


「――――【ミカヅキ・ディバイド】」


 無音の斬撃。一瞬遅れてダメージエフェクトが炸裂する。

 膝をつくファントムへ、続けて翡翠が弾丸を放つ。


「【サイシスアント・バレットストライク】!」


 腹部に着弾した純白の弾丸は何度も破裂し、ファントムを空中へと舞い上げる。

 しかしそれは悪手だったかもしれない。爆風の勢いを利用しさらに上昇したファントムは弾丸すらも届かない高度へ到達したかと思うと、両手の槍を融合させ、さらに周囲の鏡から照射された光線を収束し、巨大な槍へと変貌させた。


「……っ!」


「あんなの落とされたら……!」


 びりびりと空間が振動する。

 あれが窮地に陥ったボスの放つ最大の一撃。

 まぶしいほどの輝きが、今にも破滅をもたらそうとしている。


 これまでか、とカーマが歯噛みした瞬間、何かをかじるような音が聞こえた。

 途端、体勢を崩したファントムがすさまじい勢いで落下し始める。


「……【ニュートンの林檎】。対象の重さを数秒間急激に増加させる……生き残ったんだからこれくらいはやらないとね」


「いい根性してるわ!」


「……ええ!」


 倒れたフランの持っている林檎のようなアイテムの効力で真っ逆さまに落ちるファントム。

 その落下地点で斬撃と弾丸が交差し――今度こそラストアタックを飾った。







「勝ったー!」 


 達成感と疲労感で床に寝ころぶカーマ。

 その様子を翡翠が笑顔で見守っている。 

 彼女たちの頭上には『帰還まであと88秒』という表示が出ていた。こういった特殊エリアはゲートが出ず、自動的に送還されることになっていた。


「ていうかあんた、あんな林檎あるならさっさと使ってればもっと楽に勝てたんじゃないの?」


 ジト目で睨むカーマの視線を気まずそうに避け、フランはぶつぶつと言い訳を始める。


「だってレア素材ないと作れないし……もったいないし……」


「あんた聞いてた通りほんとケチね……」


「まあまあ。でもこれで装備作ってもらえますよね?」 


「ええ。素材も……うん、落ちてる。腕によりをかけるわ」


 無言が落ちる。

 まだたいして仲良くはなく、話が弾むわけでもない。

 しかしフランは思い出す。こうして三人でボスを倒しに来たのはカーマと翡翠のことを知るためだった。


「ねえ、あなたたちはどうしてこの世界に来たの?」


 その質問に、二人は面食らったように顔を見合わせたかと思うと、揃って笑顔になった。

 

「ここに来るときにも言いましたけど、ミサキさんはすごく寂しがりやで……」


「実はあたし、マリスのことについてはちょっと聞いてたのよ。あいつがそんな戦いをしなきゃダメならひとりにさせちゃいけない、あたしたちがそばにいてやらなきゃって思ってね」


 今も寝込んでいるはずのミサキのことを想う。

 彼女はマリスによって傷つき倒れた。もしかすると、これからこれ以上の悪意が待ち受けているのかもしれない。


「でもフラン、あんたがいてくれた」


「そうですね。本当は私たちが来る必要はなかったのかもしれないです」


「ううん、そんなことないわ。だってミサキ、二人が来てすごくうれしそうだったもの」


 最初は驚いていた彼女は飛び跳ねるほどに喜んでいた。

 二人と一緒に遊べるんだと、屈託なく笑って。

 その笑顔に刺すような焦燥を覚えていたフランだからこそ、よく目に焼き付いている。


 それを聞いたカーマたちは安堵したように微笑んだ。


「……そっか。あの子がこの世界で出会ったのがフラン、あんたでよかった」


「これからも私たちともどもよろしくお願いします」


 強敵を退け、笑顔を交わす。

 翡翠とカーマ。二人はフランにとって外から来た不安の種だった。

 だが。


「それにしても聞いてたよりまともでびっくりしたわ。今度ミサキあいつの悪口大会でもしない?」


「いいわね!」


「許すと思います?」


「「すみません…………」」


 真っ白な部屋に三人の笑い声が響く。


 今に至って不安はない。

 今日、フランには二人の友達ができた。

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