115.GRAND MONSTER
走った勢いで扉を押し開き、聖堂内に駆け込む。
現実ならば息を切らしているところだ。精神的な落ち着きを取り戻すため、ミサキたちはひとつ息をつく。すると背後で扉が軋んだような音を立ててひとりでに閉じられた。
「ふうっ。ここまで来ればもう大丈夫でしょ」
「そうね。あとはここにいるはずのボスを倒せばいいはずだけど……」
だだっ広い聖堂だった。
白い柱に、高価なティーカップを思わせる金色の装飾が描かれたぴかぴかの床。
ベンチ型のチャーチチェアがいくつも整列していて、現実ならここでミサなどが行われるのだろうなと感じた。
奥の祭壇には像の台座だけが乗っていて、その上にはあるはずの像がない。奥のステンドグラスからは外の夕陽が差し込み、聖堂全体をぼんやりとオレンジ色に染めていた。
だがその静謐な空間のそこかしこに浸食した紫の肉塊が景観を穢している。しかし外のものと違いモンスターを排出する様子はなかった。
ボスもいない。聖堂全体がしんと静まり返っている。
「場所間違えましたかねー、ミサキ」
「うーん……? でも一本道だったはずなんだけど、――――ッ!」
空間が波打った――そうとしか思えない感覚。
視界が歪んでいく……いや違う。このエリア事態が歪んでいく。
「来たわね」
カーマが指さす先にはばちばちと稲妻の弾けるような音。
像の台座のその上に、黒紫の渦が出現していた。
そこからまず、何かの右腕が飛び出す。次に左腕。現れた両腕は渦のふちをつかんだかと思うと、メリメリと強引にこじ開ける。
「こりゃとんでもないな……」
くまが舌打ちでもしそうに顔をしかめる。
その視線の先で、渦は無理やり引き裂かれ、その存在は顕現する。
悪魔。
としか形容できない外見だった。
人型ではあるが、これを人と表現する者はいないだろう。
全身はさきほどの渦と同じような黒紫。
強靭な四肢。指は銀色で、それ自体が鋭く輝く鉤爪だ。その腕や足の至るところから刃のような突起が飛び出している。
背中からは長い触手が三本飛び出しており、先端にはそれぞれナイフのような刃が備えられている。
二本ある太い尻尾も、あれで打ち払われると無事では済まないと確信できる。
そして頭部からは前方に湾曲した角が二本。目は深紅に吊り上がっており、口には鋭い牙がずらりと並んでいる。
「コアアアアァアァァァ…………」
白い蒸気のような息を吐き出し、悪魔は台座の上に降り立つ。
同時にHPゲージが連続で出現した。その数8本。その脇には『終焉の偶像』とこのボスの名前が表示されている。そこには『PLAYER』でも『MONSTER』でもなく、『GRAND』と書かれたアイコンが付記されていた。いままで戦った敵とは全く違う、特別な敵なのだと示されている。
「慎重に行こう、まず――――」
戦闘が開始し、ミサキが指示を出そうという瞬間。
見えたのは『終焉の偶像』がその右腕を軽く振ったことのみだった。
「あれ?」
気の抜けた疑問符と、ザン! という斬撃SE。
その甘い声色はラブリカだ。
何が起こったのか、と後ろにいたはずの彼女へと振り返ると――――
「……!」
空間が切り裂かれていた。
空間ごとラブリカが真っ二つに切り裂かれていた。
右下から左上に向かって斜めに、ラブリカのいる場所に半透明な爪痕が残り、そして彼女の上半身と下半身が分断され、一瞬滞空したのち、ぽてりと床に落下した。
「フランっ!!」
「わかってるわよ!」
思わず叫びながら駆け出すと食い気味の返答。
それを聞きながら前方の悪魔――『終焉の偶像』へとカーマと共に走るミサキ。
「【アテンション】! ……くそ、遅れた! すまん!」
背後ではくまが敵の攻撃を引き付けるスキルを使用している。
自分を責めているようだが、あんな攻撃に反応できるプレイヤーなどそうはいない。ここで言わずとも盾役の仕事をしようとしてくれているだけでもありがたい。
くまの抱える大盾の後ろでは、フランが倒れたラブリカの傍らにしゃがみ込んでいる。
「もう、世話かけさせて……!」
いきなりの切断だったこともありまだ死には至っていない。
だが身体の欠損は急激なHPの減少を促す。よってあと数秒もあればラブリカは息絶える。
「う……うるさいですよ。あんなの誰だってもがっ!?」
「減らず口! これ食べてなさい」
《薬草パイ》を無理やり口に突っ込み回復させる。
当のラブリカは「あ、おいし……にっが!!?」と悶えているが、すでに下半身が生えて立ち上がれるまでになっていた。
「ゴアアアアッ!」
悪魔が咆哮を上げる。
すると両腕からどす黒い無数のレーザーが発射され、曲がりくねりながらくまへと突き進む。
「受け止める! ……ぐああっ!」
一斉に襲い掛かってきたレーザーを盾で受け止めた瞬間、危うく吹き飛ばされそうになった。
盾を持つ両手がビリビリと痺れている。まともに受ければ高耐久を誇るくまであろうと危うかっただろう。
「隙――――」
「――――あり!」
悪魔の懐に飛び込んだカーマとミサキがそれぞれの武器――双剣と拳による連撃を食らわせる。
だが、
「刃が立たない……!?」
「硬っ! 硬すぎ!」
まるで効いている気がしない。
怯まない、動じもしない。ダメージエフェクトだけは出たが、HPゲージは減っているのかいないのか判別ができない。
ミサキたちが動揺していると、背後から飛来した無数の銃弾が悪魔の胸部に着弾する。が、これも大したダメージにはなっていない。
単に防御力が高いわけではない。
確定クリティカルによって防御を貫通するミサキの攻撃もろくに通らないということは、つまりそれ以外の要素によって阻まれているということになる。
「気が遠くなりますね……」
翡翠が眉間に皺を寄せた瞬間、ミサキとカーマのすぐそばにいた悪魔が一瞬にして眼前に迫りくる。
目の前にいた敵が突如消えたことに驚愕したミサキたちはとっさに振り返る。
「翡翠!」
「ぐっ」
鉤爪のような手で首をつかみ、宙づりにする。
床から離れた足が揺れ、首に鋭利な爪がひやりと食い込む。
圧倒的。
嵐のように激しい攻撃。
こちらの攻撃に動じない耐久力。
これまで戦ってきたボスとは比べ物にならない。
ただ、強い。シンプルに。
その事実が高く厚い壁となってミサキたちの前に立ちはだかっていた。
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