44.ROCK YOU!
神谷たちの通う高校は、毎年冬になるとマラソン大会を開催する。全校生徒が参加し、ほぼ一日かけて行われるこの行事は、学校の敷地の外周を延々と走るというものだ。
当たり前だが評判は悪い。すこぶる悪い。うら若き青少年たちが、何が悲しくて真冬の空の下走らなければいけないのか、という話だ。
ただこの日は違った。
目の前がろくに見えないほどの大雪が降ったのだ。一寸先は闇というか、一寸先は白という様相であった。
そんな状態ではマラソンなどできるはずがなく、急遽予定を変更し開催されたのが――――
「体育館さむっ! なんで球技大会なんてするの、休みでよかったじゃんかあ……!」
「まあまあ神谷さん、いいじゃないですかたまには。さあ、寒いならもっとこっちにくっついて……」
「…………かちかちかちかち」
三人の少女は、スケートリンクかと思うほどに冷え切った床に座り込んでいる。
一人は神谷沙月。黒髪黒目の少女は室内の寒さに身を縮め、控えめに身を震わせている。
その右隣は園田みどり。神谷のクラスメイト兼寮生仲間の彼女は、寒そうな神谷にぐいぐいと身を寄せる。
左隣は光空陽菜。神谷の幼馴染であるこの少女は寒いのが苦手なのか、無言で歯を鳴らしている。
「ちょっとみどり狭い、あんまり近寄らないで。ていうかこれ暖房効いてなくない?」
「押しのけないで下さいよ……暖房はついてるみたいです。この体育館が広すぎるのと、そもそもが寒すぎて焼け石に水って感じです」
「かちかちかちかち」
無駄に広い体育館で開催されているのは、球技大会というよりバスケットボール大会だった。弾力のあるボールがそこかしこで床を叩きまくっているので非常に騒がしい。そうでなくても全校生徒が集まっているのだ、今この世界でここ以上に姦しい場所は存在しないのではないかと思える。
四つのコートを使って全チームのトーナメントを回しているのでかなり時間がかかる。この分だと夕方までかかりそうだった。
「寮に帰りたい……温かい部屋で積みゲーやりたい……」
「わわわ、私帰っちゃおうかな……も、もも、もうほんと寒くて」
「お、陽菜がやっと人語を喋った」
「かちかちかちかち」
「歯鳴らして威嚇するのやめて……ごめんて。手握ってあげるから許して……うわつめた!」
触れたばかりの手を急いで引き戻す。神谷の手も冷たいが、それ以上に光空の手は凍り付きそうなくらいに冷え切っていた。
「あっためてよお~ねえ~幼馴染でしょ~」
「うぎゃーーーーっ!」
ぴと、と冷たい感覚。
神谷の右手に、光空の左手が絡められている。指の間に氷を差し込まれたのかと思った。
そんなことをしていると神谷の方まで寒くなってきたので、慌てて手を振りほどいた。
「ひとでなし!」
「あはは、ナイスジョーク」
「なにやってるんですか……」
そんなふうにじゃれていると、目の前のコートで行われている試合が終わったようだった。
この寒さでも動き回っていると暑いのか、コートから出てくる生徒たちは汗を拭っている。
「次、四回戦! 二年Cチーム対三年Aチーム!」
審判を務める体育教師が呼びかける。
声を張り上げてはいるが、表情に疲れがにじみ出ていた。昼過ぎにもなると試合数も重なるので仕方のないことではある。
「わたしの番だ」
「頑張ってくださいね、沙月さん!」
「……まあほどほどに」
重い腰を上げ、神谷は園田に緩く手を振りコートの中に入る。
すでにチームメイトは集まっていて何事か談笑していたが、神谷の姿を認めた途端声を潜めた。どう扱ったらいいのかわからない、といった空気が言葉にせずとも伝わってくる。
このクラスになってからしばらく経つが、神谷はいまだにクラスに馴染めないでいた。
冷えて固まった身体を少しでもほぐそうと手足を動かしていると、審判がブザーを鳴らし、試合が始まった。
高く真上に上がったボールを、双方のチームで背の高いものが競り合う。
勝ったのはこちらだ。目の前に落ちてきたボールをかすめ取り、神谷は素早くドリブルで敵陣へと切り込んでいく。
小柄だが恵まれた身体能力を活かして縦横無尽に駆け回る神谷を見て、コートの外の園田はため息をついた。
「……神谷さんってバスケするとき、最初はめんどくさそうなのにいざ始めるとすごく楽しそうにしますよね」
「うん。春頃だったかな? 体育でやってた時もそんな感じだったね」
視線の先では、神谷はチームメイトに送ったパスからシュートが決まり、二点が加算されるところだった。
そんなこんなで球技大会が終わって、更衣室。
「あー終わった終わった。はやくかえりたーい」
「惜しかったですね、沙月さんのチーム」
「勝ちあがると試合数が増えるの、早めに気付いてれば良かった……そしたらすぐ負けたのに」
「嘘だあ負けず嫌い。それ結構最初に気付いてたのに、沙月ってばかなり本気だったでしょ」
「……まあ」
幼馴染には隠し事が通用しないようだった。
直前までどれだけ億劫でも、勝負ごとになると手を抜くという考えが頭から抜けてしまうのが神谷だ。それはゲームでも同じことで、だから『アストラル・アリーナ』の対人戦において彼女は強かった。
はやくメンテ終わらないかなあ、とぼんやり考えながら三人で連れ立って更衣室を出る。すると目の前にセーラー服の胸元が現れた。
「わっ」
「あの、先輩!」
そこにいたのは見覚えのないツインテールの少女だった。
先輩、と呼ばれたのが自分とは思えず横にいる園田と光空に視線で聞くと、首を横に振る。二人も知らないようだった。
「ええと、わたし?」
「ですです! 先輩バスケ上手いですね!」
「うん、まあ、はい」
「経験者ですか?」
「……中学の時に」
「やっぱりですか!」
にこにこと笑顔で距離を詰めてくる少女に思わずたじろぐ。この積極性、なんだか既視感があるなあと苦笑する。
さっきまでやっていた試合を見ていたのだろう。自分を先輩と呼ぶからにはおそらく下級生だ。そんな子がどうしてわざわざ――と考え、すぐに思い至る。同時に嫌な予感が足元から這い上ってくる。
「バスケ部に入る気はありませんか? 私たちと全国目指しましょう!」
「…………」
やっぱりかとうなだれる神谷。
なんとなく、平穏な日常が遠ざかっていくような予感がした。
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