10.54.ローデン要塞の殿
スゥが作り出した壁と、その奥へと戦いに行った冒険者たちが敵の足止めをしてくれたおかげで、ほとんどの兵士をローデン要塞へと撤退させることができていた。
撤退準備もすでに整っており、あとは下町まで撤退するだけだ。
しかしローデン要塞の兵士たちはこの場を離れようとしない。
彼らはここで最後の籠城戦を行い、本軍が完全に逃げ切るだけの時間を稼ぐつもりの様だった。
槙田と閻婆が退路を作り、撤退を容易にしてくれている。
指示を聞いた兵士たちは、ローデン要塞を捨てて撤退を開始していた。
「テトリスさん!」
「レミさん! 大丈夫でしたか!」
仲間たちも合流し、現状を報告し合って行く。
最前線部隊がローデン要塞に到着した頃には、もう既にほとんどの兵士がローデン要塞から出て下町へを向かっていた。
この様子を見たテトリスやティアーノは、難しい顔をしている。
それもそうだろう。
彼女たちはこのローデン要塞出身の兵士だ。
軽々しく故郷を捨てることなどできるはずがない。
「……テトリスさんと、ティアーノさんはどうするんですか……?」
「私は残りたい」
「……でもここに居たら、魔王軍を倒せない。死んでしまったら、津之江さんが残してくれた物も失うよ、テトリス」
「……そうだけど……」
テトリスの決意に、ティアーノが口を出す。
生きていれば何とかなる。
だが死んでしまえば、何も残すことはできないし、受け継ぐこともできなくなってしまう。
しかし、津之江が残してくれたあの家は、とても大切なものだ。
作り直すとか、そういう話で片づけられる問題ではなかった。
それに、この撤退指示のは正しい判断だ。
兵士はこのローデン要塞に全員が入れるわけではない。
外に取り残されてしまう兵士は、迫りくる魔物と真正面から戦わなくてはならなくなるだろう。
それは無駄な犠牲だ。
「お主ら、何をしている」
木幕が空気を読まずにその場に入り込む。
テトリスの表情を見て、彼女が何を考えているのかはすぐに分かった。
「木幕さん……」
「はぁ、お主は津之江の技術を守りたいか?」
「そ、それはもちろん……」
「では下がれ。こんなところで死ぬな」
木幕はそれだけ言って、後方へと走っていく。
彼にはまだまだやることがあるのだ。
ここで死んでしまっては、柳を討つことはできない。
レミとティアーノは目を見て頷き、テトリスの手を取って走っていく。
決断しきれなかった彼女は簡単に引っ張られていき、撤退していくことになった。
ローデン要塞から兵士が居なくなっていく。
ここに残っているのは、ローデン要塞の兵士と、一部の冒険者だけだ。
残りの冒険者は撤退している。
しかしそれは彼らが薄情というわけではない。
ローデン要塞屈指の強者がここですべて命を落とせば、今後の作戦に関わってくる。
冒険者は兵士より魔物との戦闘経験が豊富であり、この戦争には大いに役立つ存在だ。
それを間近で見て知っていたドルディンが、彼らを撤退させた。
地形に詳しく、強く、少ない兵力でも前線を守り切った彼らの存在は不可欠なのだ。
そして、残った彼らはローデン要塞の東の門で、防衛準備を開始していた。
既に住民が数多くの準備をしてくれていたので、すぐに防衛設備を使うことはできる。
「急げ急げー! 配置につけ!」
ここに居るのは、ドルディンと兵士。
そして、ローデン要塞の冒険者、リーズ一行だ。
四人パーティーの彼らは、昔木幕に少しだけ稽古をつけてもらったことがある。
あの時は手も足も出なかった。
今もそうかもしれないが、あの時よりは強くなったと自負している。
「ティーナ! 大砲の準備は!」
「できてまーす!」
「ここなら弓も使える! ルー! そっちは!」
「大丈夫!」
多くの物資が集まりつつある。
ドルディンが指揮を執る中、彼らはせっせと準備をして敵が攻めて来るのを待っていた。
遠くの方を見てみれば、既に土の壁は破壊されて大軍がこちらに押し寄せてきている最中である。
あれだけの魔物をここだけで守り切るのは不可能だろう。
だがそれでいい。
目的は撤退の時間を稼ぐこと。
ここでできる限りの魔物を道ずれにすることができれば、彼らはこの戦いに大きく貢献したことになるだろう。
「入り口を固めろ! 絶対に魔物を入れるんじゃないぞ! 大砲とバリスタは大型を優先して狙え! 投石機はとにかく投げまくるんだ! 弓兵部隊! しっかり敵を引きつけてから撃てよ! 魔導兵も同様だ!」
東の大門の中を駆けまわりながら、ドルディンが指示を飛ばす。
それに誰もが頷く。
しかしそこで、肩に手を置かれた。
「なんだティーナ!」
「貴方はここで死んでいい人じゃない」
「は?」
冒険者のティーナは、そこで魔法を唱える。
「風よ。我が前に姿を現し、彼を運び給え。ウィンド」
ドルディンの体がふわりと浮かぶ。
彼は状況に気付いて焦ったようにしていたが、周囲にいた兵士や冒険者四人は満足そうな顔をしていた。
「お、お前ら!!」
「冒険者の指揮を任せられるのは、あんたしかいねぇんだ」
「そうそう。じゃあな!」
「リーズ!! レイダン!! 待て!!」
ロングソードを背に携えたリーズと、短槍と盾を持っているレイダンが、両手をドルディンに向ける。
「「風よ。我が前に姿を現し、彼を押し給え。ウィンド!」」
強烈な爆風が、ドルディンを襲う。
撤退する兵の方へと吹き飛ばされた彼は何もすることができずにただ吹き飛ばされた。
ティーナが調整して落下の衝撃を軽減してくれている。
これであれば、彼にダメージはないし、あそこまで吹き飛ばせば戻ってくる事もできないだろう。
「ドルディンさん。あんたの下で仕事ができて楽しかったぜ」
一仕事終えたという風に、リーズは手を払って咳払いをした。
一度深く深呼吸をしたあと、この場に残ってくれている兵士たちに大きな声で語り掛ける。
「全、ローデン要塞最強の守護者に告ぐ!! 我らの墓場はここである! だが無駄な死が訪れることはない! 我らはここで戦い、魔王軍を倒し、誉ある死を迎える! たとえ不利でも諦めるな! 腕がなくなろうとも、致命傷を負おうとも! 命ある限り負けではない!!」
その場にいた兵士たちの手に、力が入る。
冒険者が似合わないことをしているなと笑うが、それでも彼らには活力が生まれ始めていた。
「我らこそが、ローデン要塞最強の守護者である!! 守り抜き、後続に伝えるのだ!! あとは任せると!! それだけの仕事をしてから死ぬのだ!!」
リーズは背に担いでいたロングソードを握る。
大きく踏み込み、迫りくる魔物に切っ先を向けた。
「一匹でも多く! 敵をあの世に送ってやるのだ!! 我らの底力を、今こそ見せるのだ!!!!」
『『『『ぅおおおおおお!!!!』』』』
「全軍!!!! 攻撃開始!!!!」
ローデン要塞の東大門に備え付けられていた大砲が、火を噴いたのだった。
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