第九章 山のヌシ
9.1.枯れた山
残暑が残る夏の終わり。
草木は未だに生い茂っていなければならない時期なのだが、ここの山はどうも寂しい。
完全に枯れ木ばかりというわけではないのだが、隙間が良く目立つのだ。
それに加え、山の手入れがまったく行われていないのか、倒木や草の生えていない場所が非常に多い。
よく見てみれば木も伐採されているだけで、植林などが行われていない場所も見受けられる。
それはすべて麓にあるのだが、所々森の中に入って必要な木だけを伐採している様だ。
その木がどのようなものなのかは分からないが……恐らく果実を実らせる木なのだろう。
「……松ぼっくりやどんぐり……蛇いちごもない……」
もっと山の奥に入って行けばあるだろうか?
そう思って再び足を動かす。
こんな寂しい山は久しぶりに見た。
明らかに奥の方まで人の手が入っているということは分かるのだが、どうにも彼らは次のことを考えて開拓をしていないらしい。
大自然の中で形成された山は人の手を必要としないが、人の手が一度でも入ってしまった山は彼らの協力を必要とする山となる。
それが開拓しやすい小さな山だったり、平地に広がる森であれば尚更だ。
一体何を考えてそんなことをしているのだろうかと思い、振り返って遠目から村を見る。
この人物は移動のためにあの村を経由したのだが、遠目から見ても山が痩せていることに気が付いてここに入ってみることにしたのだ。
案の定、酷い有様であるが。
「ここは山脈の入り口……って言ってたけど……」
モルト山脈。
そう聞いた。
まだ山脈と呼べるような切り立った山や自然を拝むことはできていない。
今いる場所は緩やかな山であり、旅路には何の支障もない。
顕著な脈状をなす山地を山脈というのだが……。
分かり易く言えば霞のかかっている山の大半はそういった名となる。
勿論例外もあるが。
少し開けた場所に出て、遠くを見てみれば確かに大きく細長い山地を拝むことができた。
この世界の山は大きく、そして切り立っている。
だが傾斜がきついせいか、遠目から見ても木々はあまりないということが伺えた。
あるのは草や山菜程度だろう。
「キュゥイ」
「んっ?」
前方より山鳥が飛んできて、自分の上にある枝に留まった。
こちらをじーっと見ているようだ。
「……あれは……鷹? みたいな鳥かな……。大きな鳥がこんな人里まで降りてくるなんて……」
「キュウイ」
「変な鳴き声」
今目の前にいる鷹は、全長一メートル程の鳥だ。
羽を広げれば五メートル程になるかもしれない。
森に溶け込むような色合いを成しており、特徴的な嘴には牙が生え揃っていた。
なかなか狂暴な生物なのだろう。
「おや?」
近づけないので遠目から見ていたのだが、そこで違和感に気が付いた。
とはいえこの山の状況を見る限り、これは違和感でもなんでもなかったのだが……確信を持ってしまったのだ。
「君、痩せてるね……」
「キュゥイ」
鷹というのは凛々しい生き物だ。
この世界でもそれは同じだろう。
だが、今目の前にいる鷹はその凛々しさを失い、みすぼらしい姿となっていた。
明らかに肉がついていないし、ふっくらとしているはずの胸部は不自然に凹んでいる。
目で見ただけでも分かる程の痩せ具合だ。
よくまだ生きているものだと感心せざるを得ない。
だがまだ生き物はいる。
山が死んでいない証拠ではあるが、このままでは確実に死の道へと歩みを進めることになるだろう。
「探してみようか……」
目を閉じ、腰に差してあった日本刀の鍔に親指を掛ける。
キンッと鯉口を切って奇術を発動させた。
山の声が聞こえている。
『…………帰れ。穢すな、踏み荒らすな、入ってくるな』
「酷いね……」
「
「僕じゃないんだけどね……」
柄頭を手で包み、静かに鯉口を納めた。
ここまで酷い山は今まで見たことがない。
先ほど確認してみたところ、この山はまだ辛うじて死んではいないが生きているとも言えない程に衰退している。
土はまだ生きているだろうが……動物たちが棲めない環境になりつつあるのは間違いがないだろう。
これではここで生活していくのも難しそうだ。
同じく、あの村もこのままでは山からの恩恵を受けることができなくなり、変わってしまうだろう。
どうにも、村民は事の重大さに気が付いてはいないようだが。
それと、ここにはまだ動物がいる。
まだ生きている場所があるらしい。
「お山様がこんなお姿では、黙ってはおらせませんからねぇ……。僕は旅人なんですけども。あの村からの助力は期待できそうにないね。フフ、動物たち。君たちの力で山を再生させようか」
「キュゥイ」
「フフフッ、まぁまぁ。僕は君たちの味方だよ。人間と動物の知識を合わせてお山様を救おうじゃないか」
そう言い、彼女は意気揚々と未だ息のある森へと足を運んだ。
鷹は鬱陶しそうにしながらも彼女についていって監視をすることにした。
生粋の旅人であり、一人の侍であった。
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