8.37.真剣勝負
太陽の位置は高い。
周囲も明るく、とても忍びが戦う様な時間帯ではない。
だが、それでいいとの事。
彼らの考えている事はよく分からない。
だが本人たちがいいと言っているのだから、好きにさせておけばいいだろう。
「準備は良いか西行」
「ケホッ……準備なんて必要ないだろ」
「確かにな」
あの時と同じだ。
日が登っている時に、誰かに見られながら対峙をする。
以前は村長や自分を慕う者たちだけではあったが。
二人は仕事着に着替えている。
これでなければ始まらない。
辻間は鎖鎌を取り出し、分銅を回して構える。
服装はあの時と同じで、ぼさぼさの髪の束を解いて額当てを装着し、三尺ある手拭いを口元にだけ巻きつけ後ろで結ぶ。
残った布は後ろへと放り投げた。
右腕に綿の入った布をつけ、その上に鎖を巻き付ける。
鎌は腰に差して固定し、腰ひもをギュウと結でいた。
一方西行は小太刀を二振り腰から抜いて逆手持ちで構えた。
彼の忍び装束は一般的なものだ。
だがその服の有用性は、辻間のような乱暴なものではない。
その服の下には様々な道具が入っている。
始めの合図などはかからない。
双方が構えた瞬間に、その戦いは始まった。
一気に走り出した西行は低姿勢で肉薄する。
だがその前に辻間の分銅が彼を襲った。
どちらも奇術は使わない。
あの時と同じ条件で戦うと決めていたからだ。
迫りくる分銅を回避して更に接近しようとするが、その振り回しは異常に速い。
一度回避されたら鎖を一回転手に巻いて射程距離を変え、また西行へと振り下ろす。
軽く飛んで回避した後、ようやく間合いに入って二振りの小太刀を辻間に振り下ろした。
ギャンキンッ!!
一つの小太刀を鎌で受け止め、もう一つを分銅で弾き飛ばす。
辻間は接近されても尚、分銅を使って攻撃するのだ。
ばっと一瞬離れた後、すぐに飛び込んで分銅のみで攻撃を畳みかけて行く。
その振り回し方は異常すぎる程に器用だ。
手の甲に巻き付けて射程距離を変え、短く鎖を伸ばしているから攻撃速度も速い。
時折首や足を使って体をひねり、その攻撃に不規則さを与えていく。
本当に一つの分銅だけで相手を圧倒しているのかと思う程に、その攻撃は一切の攻撃を西行にさせはしなかった。
しかし西行もその攻撃をすべて見切って弾き、切り裂き、回避していく。
有り得ない程の動体視力で分銅を見切り、相手の動きを見て次に来る攻撃方向を予測する。
時折わざと鎖に刃を当てて分銅を逆に辻間に当てようと試みるが、そこは鎖鎌使い。
一切当たることなく、むしろその攻撃を利用して不規則な攻撃を連続して行ってくる。
何度も何度も金属音が鳴り響くが、双方引く気配はない。
それを見ていたレミやエリーは、口を開けて驚いていた。
「な、なんですかあの戦い……」
「ええ……」
「凄まじいものだな……」
ほぼ目に見えない分銅。
それを操る辻間に、猛攻を掻い潜り続ける西行。
どうすればそのようなことができるのか疑問でしかない。
木幕からしてみても、あの攻撃を掻い潜り続けるのは不可能に近いだろう。
鎖鎌は弱い。
そんな話がいつしか出回るようになった。
だが冷静に考えてみて欲しい。
分銅は重りだ。
回転させればさせる程、遠心力は乗って威力を増す。
水の入った桶など簡単に貫通するその攻撃を、肉体で受ければどうなるのかは誰でも想像がつくだろう。
確かに戦場では使えない。
それがなぜかというと、鎖鎌は鎧を着ている者に対しては弱るからだ。
それ相応の実力がなければ鎧相手で勝つことはできないだろう。
しかしそれがなければどうだろう。
肉体の何処かに一度でも当てることができれば、相当なダメージを与えることができる。
扱いは確かに難しい。
だがそれを克服し、扱え切れるようになったのであれば、鎖鎌はとても優秀な武器である。
遠くから投げて戦うだけが鎖鎌ではない。
一直線に分銅を投げるという概念を捨てれば、四方八方何処からでも攻撃が可能となる。
「おらおらおらぁ!! 避けるだけかぁおい!!」
「忍びは黙って戦うものだよ」
「知らねぇなぁ!!」
渾身の勢いで、分銅を横に薙いだ。
だがそれを飛んで躱され、距離を取られる。
西行は空中にいる間に一振りの小太刀を仕舞い、懐から手裏剣を取り出して投げた。
それを回避した辻間は、分銅を手の中に仕舞う。
フーと息を吐いた後、今度は鎌を手放した。
「ん? 本気を出すのかい?」
「意外としぶてぇからなぁ……」
辻間は、鎌の方を振り回し始めた。
重さの違うそれは、振り回している手が持っていかれそうなほどだ。
それだけ威力がある。
もはや西行の持つ小太刀だけでは防ぐことができないだろう。
辻間はこれが厄介なのだ。
彼の持っている鎌は普通の物より重い。
何故かというと、刃と柄が全て鉄で作られているからだ。
分銅より速度は劣るが、その威力は分銅の数十倍はある。
それが遠心力を持って遅い掛かってくるのだ。
だが、西行も負ける気はない。
再び小太刀を取り出して、腹のあたりで印を組む。
何度か印を作り直し、その度に息を吐いて腹に力を溜めて行く。
双方、大きく深く息を吐いた。
「「ッ!」」
西行の走る速度が一段と速くなる。
速度の変化についていけなかった辻間は、投げた鎌を地面へと叩きつけることになった。
だがそれでも対処する。
鎖を引っ張って向かってきている西行に当てるのだ。
だが、今の西行は速すぎた。
腕をクロスし、逆手持ちにした小太刀を辻間に向かって振り下ろす。
防ぐ物が無い為に回避するしかないが、それすらできなかった。
ザザスッ!
辻間の鎖骨に、二振りの刃が食い込んだ。
刺したことを認識した瞬間、西行は大きく飛びのく。
激痛が走る中、辻間はまずいと思いながらも次に飛んでくる攻撃を避けることはできなかった。
自分が先ほど引き寄せた鎌が、自分の腹部へと強烈な一撃を与えてくる。
「げぇっは……」
よろよろと後退しながら、何とか体勢を崩さまいと耐える。
鎌は地面に落ち、肩からは血が流れ続けていた。
「ッ! ゲッホゴホゴホ! ゲホゲホ!」
突然、西行は口元を抑えて咳き込みだした。
今までとは違って一層苦しそうだ。
彼の労咳が酷くなってしまったのだろう。
「ええい……くそがぁ……」
「ゲホッ、ケホコホッ……こんな時に……」
西行の手には血が付着していた。
口からも少し血が流れており、鉄の匂いと味が広がっている。
ペッと唾を吐いてからまた構えるが、少し呼吸が荒い。
だがそれでも相手を睨み、また武器を構える。
同じく辻間も、右手から分銅を伸ばしてまた回し始めた。
どれだけタフなのかと言いたくなるが、彼らは痛みを耐えているだけだ。
こんな痛みは戦いの支障には一切ならない。
いつものことだ。
いや、二人にとっては懐かしい痛みなのかもしれない。
「次だな」
「え?」
「次で決まる」
木幕がそう言った。
その瞬間、西行が飛び出し、辻間が振るう分銅の音が高くなった。
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