8.35.衝突
孤児院は意外と綺麗だ。
どうやらどこかの屋敷を手に入れて清掃して使えるようにしたもののようだ。
こうして見てみるとルーエン王国のことを思い出す。
「もしや孤高軍?」
ライルマイン要塞でライアに会ってから随分経っているし、ここにも彼らの手が伸びて来ていてもおかしくはないだろう。
自分たちよりよっぽど立派だなと思いながら、とりあえず敷地内に入る。
入るや否やすぐに止められることになったが。
「待て。お前たちは誰だ……?」
「レミです。木幕さんの弟子ですよ」
「総大将の?」
「んぁ? おいレミちゃんなんだ総大将って。どういうことだ?」
「あ、ちょっと黙っててください」
辻間を軽くあしらって、とりあえず中にいるであろう木幕を呼んできてもらうことにする。
そうすれば無事にこの中へと入れるはずだ。
……できるだけ怪しまれないように、外套は脱いでおくべきだっただろうか?
「ここで待て。確認を取ってくる」
「お願いします」
「後ろの二人は?」
「私の連れです。大丈夫ですよ」
「分かった」
見張りを二人残して、一人だけが中へと入って行く。
この待ち時間がなんとも長い。
だがそれを埋めるようにして、辻間がレミに質問を投げかける。
「おい、総大将ってどういうことだ?」
「あぁー……。説明するとちょっと面倒くさいんですよねぇ……」
さすがにルーエン王国で起こったことから話すのは面倒くさい。
もう少し簡潔にまとめて説明することにする。
「孤高軍っていう兵士たちがいるんですけど、知らず知らずの間に師匠がそのリーダーになったんです」
「リーダー?」
「大将です」
「へぇ、そりゃすげぇ。槙田の兄貴を殺した師匠ってやらに早く会いたいもんだぜ」
「強いですよ?」
「分かってらぁ」
辻間はそう言ってケタケタと笑った。
道中での会話で木幕が槙田を殺したという事実は既に掴んでいる。
なので恨んでいるのかと思ったが……実際はそんなことはなく、ただ純粋に槙田に勝利した者と戦いたいという意図が彼の口調から読み取れた。
どうして彼らはこう戦闘狂が多いのだろうと、レミは嘆息した。
また二人が良く分からない会話をしていることに、ミュラは頬を膨らませて辻間を突く。
「しーしょーうー」
「なんだよ」
「ミーも会話に混ぜてー」
「だったらお前から会話を振れよ」
「じゃあレミちゃん殺していい?」
「「駄目」」
ゴツンとミュラの頭を辻間が殴る。
折角自分たちが死んだことになったのに、ここでまた問題を起こせばその話が広がるに決まっているからだ。
ここは静かに過ごさなければならない時。
ミュラの発言にやれやれと思っていると、遠くから木幕が出てきた。
隣にはスゥもいるようで、他にも二人の男性がその後ろをついてきている様だ。
恐らく彼らが孤児院の経営をしている者たちなのだろう。
だが、なんとなく雰囲気が……おかしかったように感じた。
その予感は当たっていた様で、辻間の殺気が広がった。
向こうからもただならぬ殺意の覇気が押し寄せてくる。
「つぅじまああああ!!」
「さぁいぎょおおう!!」
双方が、自身の得物を取り出して肉薄する。
尋常ではない速度で走り出した辻間は、向こうから走ってきた人物に対して本気で鎌を振るった。
それを一本の短刀で防いだ男は、ギャリリと力を入れて鍔迫り合いに持っていく。
「貴様やはりここに居たかぁ!」
「僕も探していた! のこのこ出てくるとは……探す手間が省けたよ!」
「そりゃあこっちの台詞だぁ! にしても顔が白いなぁ? どうした持病が酷くなったかぁ??」
「耐え忍べば酷くもなんともないさ! というか、この持病自体が手加減みたいなものだね! 君にはこれくらいが丁度いいさ!」
「ああん? なめてんじゃねぇぞ病人がぁ!」
「君こそ傍若無人な振る舞いを止めたらどうだ!」
ギャンッ!
同時に獲物を振るって距離を取る。
彼ら二人の剣幕にほとんどの者が動きを止めて見ているしかなかった。
この二人の間に何があったのかは知らないが、相当仲が悪いということは分かる。
辻間のこのような口調は元からなのであまり気にしないが、西行は違う。
いつも大人しい西行がここまで大きな声を出して叫ぶなど、今までに一度もなかったのだ。
誰もが驚き、口をつぐむ。
だがその中で二人の人物は平然と動いていた。
「待て」
「辻間さんストップ」
木幕は西行の肩を掴み、ぐっと力を入れて膝をつかせる。
その力は恐ろしく強く、戦闘態勢であるのにも拘らず押し負けてしまった。
一方レミはというと、薙刀の石突で辻間の頭を突く。
「ぐぉおおおお!!?」
「……ケホッ」
「何すんだレミちゃんよぉ! いてぇじゃねぇか!!」
「いや、私に気づけないって注意散漫すぎません……? 場所も場所なんですから」
レミにそう言われ、辻間と西行は周囲を見渡す。
辻間はまだ分銅を出していなかったからこそ手配されている武器だと認識されることはなかったが、怪しまれてはいそうだ。
西行は彼らを怯えさせている事に気が付き、一度息を吐いて肩に乗っている木幕の手を下ろす。
「ゲホケホッ……ご無礼」
「時と場所は選ぶべきだ。……レミよ」
「はい!」
「良く戻った。そいつを連れて中に入れ」
「分かりました!」
まずは話を聞きたい。
とは言っても、彼らの関係は知っている。
やろうとしていることを邪魔しようとは思わないが、西行が死んだ時の孤児院の経営を考えておかなければならない。
これはローダンかエリーに任せることになるとは思うが。
とにかく話をしなければ、これ以上の戦闘は認められない。
木幕たちは一度、屋敷の中に戻ったのだった。
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