8.18.疑い


 孤児院の外が騒がしくなったのを聞きつけ、木幕、スゥ、西行、エリー、ローダンの五人は外へと出た。

 荒事は起こってはいないようではあるが、孤高軍の面々が入り口に立っている誰かと問答を繰り広げているようだ。

 木幕はそれらの人物に見覚えはなかったのだが、他三人はあるようですぐに外へと歩いていく。

 二人もそれに合わせてついていくことにした。


 外に立っていたのは甲冑を身に着けた兵士だ。

 冒険者のようなレザー装備や魔物の素材で作られたようなものではなく、すべてが鉄で作られている装備なので恐らく騎士に属する者たちである。

 ああいうのは放置しておくと面倒くさいことになるので、早急にどの様な要件でここに立ち寄ったかを聞きたかった。


 側まで近づくと、孤高軍の者が「あっ」と声を出して駆け寄ってくる。


「西行さん! ローダンさん!」

「なんの騒ぎだ?」

「兵士が孤児院に納められる資金についての話があるそうです。代表者を呼んで来いというばかりで自分たちでは話になりません」

「ケホッ……分かりました。では他の者たちは下げておいてください」

「はっ!」


 兵士たちと話していた数名が自分たちを入れ替わるようにしてその場を去った。

 マークディナ王国で孤高軍をまとめ上げているローダンが代表して話を聞くそうだ。

 その調査を行っている西行とエリーも同様に。

 木幕とスゥはついでである。


 ローダンが前に出て兵士たち五名を見る。

 彼らは武器をしっかりと携えており、何かの書類も持ってきているようだ。


「孤高軍代表、ローダン・アレマテオです。騎士団の方々をお見受けしますが、どういったご用件でしょうか」

「孤児院の代表は?」

「ケホッ……それなら僕が」

「……スラムの雑兵と貧乏な孤児院か。まぁいい」


 騎士の言葉にローダンは眉を顰めたが、西行が軽く小突いて注意する。

 表情は相手に心情を悟らせる弱点だ。

 できる限り平静でいなければならない。


 ローダンは注意されて背筋を伸ばした。

 それに小さく頷いた後、丁度いいタイミングで騎士が言葉を続ける。


「孤児院への資金が納められていないと聞いて調べたみた。だが、書類にはしっかりと規定額が納められたと記されている」

「では何故ここに資金が送り届けられていないのですか?」

「……お前たちが嘘を言っているのではないか?」

「なっ──」


 一歩前に出たローダンを、再び西行が片手で制す。

 彼の気持ちは重々承知しているつもりだが、こういう場合は止めなければならない。

 嘘をついているのはどっちだと、西行も思っているのだ。

 彼のように動きたい気持ちは同じである。


 騎士は周囲を見回した。

 そこには今も尚炊き出しを行っている様子が広がっている。


「……これだけの数の人間に飯をやるのは確かに金が要るだろう。今まで良くやりくりしてきたというべきか。だが、それで資金がなくなったのに際し、こうして嘘の申告をして金を再びもらい受けようとするとはな」

「その様なことは断じてない!」

「ローダン。落ち着いてください」

「ですが……!」


 ローダンは西行を見て目で抗議しようとした。

 だが、それは彼が放つ圧で完全に抑え込まれてしまう。

 これは騎士に向けられているものではなく、自分に向けられているものだ。

 それが酷く恐ろしく感じ、一歩身を引いてしまった。


 その後、西行は圧を解いて騎士を見る。


「失礼ですが、本当によく調べられましたか? 誰が金を出し、何処を経由してここに運ばれ、誰が持ってきたのか」

「当たり前だ。それに関しても書類にすべて記載されている」

「……書面ばかり見て現場を見ない愚か者は、小さな亀裂に気づくことはないでしょう。その亀裂が徐々に大きくなっていったとしても、見てみぬふりをせざるを得なくなる」

「……脅しているのか?」

「まさか。軽い忠告ですよ」


 西行は数度咳き込む。

 騎士は鼻を鳴らして踵を返した。


「話は終わった。我々はこれで」


 こちらの返答も待たず、彼らはこの場から足早に立ち去って行ってしまった。

 彼らにとって、ここは汚い場所。

 そう長居したくはないだろうということが、表情から見て取れる。

 随分と訓練のされていない兵士だと、西行は心の中で嘲笑った。


 騎士がこの場から完全に見えなくなった後、ローダンが舌打ちをする。

 エリーも抑え込んでいた怒りを何処にぶつければいいか分からないようで、手に力を込めて耐えていた。

 彼女は孤児院の出身だ。

 彼らのここに対する対応を見て、怒りを抑え込めたのはよく我慢したと褒めてあげなければならないだろう。


「よく耐えました、エリー」

「……師匠……! 何故ですか……!」

「ケホッ……。追求しなかったことですか?」

「……」

「フフ、表情で悟られますよ。ケホケホッ……。ま、証拠を探すのが僕たちの役目です。さて、仕事ですよ。エリー」


 その声色は非常に優しい。

 だが、彼の目だけは恐ろしく鋭く、見た者を怖がらせるのには十分だった。


「……ッ……」

「スゥよ。これが忍びだ。よく、見ておくがいい」


 木幕のその言葉に、スゥは何度も頷いた。

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