8.11.意外なところで


 案内された屋敷の中は想像以上に広く、そして綺麗だった。

 皆で掃除して綺麗にしたのだろう。

 あの時のことを思い出す。


 スゥも周囲を見渡している。

 物珍しくしているというよりは、懐かしいと言った風に見ているようだ。

 考えていることは意外と同じなのかもしれない。

 その隣ではエリーがスゥを見ていた。

 どうしたのだろうかと思ったが、声をかけるのはなんとなくやめておく。


 しばらく歩いていると、一つの扉の前でローダンは止まった。

 そして木幕に話しかける。


「お会いして欲しいお方がいるのです。それと、ここの経営について少しばかりご相談がありまして」

「……某でよいのか? 何の知識もないぞ」

「んー、というかちょっと問題を抱えておりまして……。その解決策を考えてくださればと思います」

「ふむ、どれだけ力になれるか分からぬが、良いだろう」


 木幕の返事に満足したローダンは、一つ頷いて扉を開ける。

 四人が中に入って行くと、そこは客間であるようだ。

 そしてその中に、一人の若い男性が立っていた。


 木幕は彼を見る。

 彼もまた、木幕を見て目を見開いた。


「「ッ!」」


 双方が構えを取る。

 それに驚いたローダンとエリーは、咄嗟に止めに入った。


「ど、どうされました!?」

「し、師匠ストップ! なになに!? 知り合いですか!?」


 二人に制止されて、とりあえず構えを解く。

 少し驚いて構えを取ってしまった。

 ここで騒ぎを起こしても、どちらもいいことはないだろう。


 だが、今目の前に同郷の者がいるのだ。

 構えてしまうのも無理はない。


「ご無礼、突然のことに驚いてしまいました。まさかこんな所で会うとは思っていませんでしたので」

「某もである。すまなかった」


 二人は軽く頭を下げて謝った。

 だが両者とも、目だけは絶対に離すことはなかった。

 どちらもまだ警戒しているのだ。


 なにせ、双方それ相応の実力者。

 その佇まいから分かる強さは、油断してはならないと警告を発するほどだ。


 今目の前にいる男は、優しげな表情をしていた。

 髪は短く切られており、肌の色は白い。

 ゆったりとした服装は木幕の着ているものとよく似ている。

 だが様々な装備を服の下に隠しているようで、裾は少し引っ張られていた。


 エリーは先ほど、この男性のことを師と仰いだ。

 となればこの男性は……忍ということになる。


 冷や汗をかいてその場を見守っていた二人は、ほっと胸をなでおろす。

 一体何がトリガーだったのか分からないので、不安は残る。

 だがとりあえずは大丈夫らしい。


「ケホッ……改めまして、僕は西行桜さいぎょうさくら。もう分かっているとは思いますが……忍びです」

「木幕善八だ。忍びであることを自ら名乗るとはな」

「ここじゃそもそも理解してくれませんからね。やってることがバレなければ、どうでもいいものですよ」


 笑顔でそう言った彼は、小さく肩を竦めた。

 なんだかそれが寂しく感じられる。


「……お前が最近噂の暗殺者だな?」

「ええ。その見解で間違いはないかと思います。まぁ、貴方の目的は分かっていますが……少し気になることがありまして。それからでもいいですかね?」

「構わん。某も急いでいるわけではないのでな」

「それなら良かった。ケホケホッ……」

「……何か患っているのか?」


 西行は咳が時々出ている。

 ただの風邪というわけではないだろう。

 もしそうであれば、寝込んでいるはずだからだ。


 聞いてみると、隣にいるエリーが少し寂しそうに顔を俯いた。

 隠すことでもないと、西行は自分の患っている病を木幕に告げる。


労咳ろうがい(※結核)です」

「……そうか」


 不治の病。

 こういう病気はこの世界の医学でも治すことはできないらしい。

 だがその病は人にうつるという。

 若干怪訝な顔をしたのを見て取ったのか、西行は笑って布を口元に巻いた。


「この病気、どうやらうつりはしないらしいですけどね。ここでは病の見方も違うらしいです」

「そうなのか」

「そうでなければ、弟子など取れはしませんよ」

「ま、かかるのも稀か」


 二人は客間に会った席に向かい合うようにして座る。

 短い会話だったというのに、その内容は非常に濃いように思われた。

 なんだったんだ今の会話は、とエリーとローダンは困惑する。


 スゥだけが平常のまま、木幕の隣に座った。


「で……ローダン。問題というのは?」

「え、あ! はい! えーっとですね……。ここは孤児院の子供たちが住んでいます。彼らが国から貰っていた資金なのですが……実は誰かが横領したらしくてですね。先月から資金が入らなくなってしまっているんです」

「それを報告は?」

「勿論しています。ですが解決しないということは、何処かでもみ消されている可能性があるんです」

「……ああ、そういうことか。それで悪党をお主が斬りまわっているのだな?」

「フフッ、まぁそんなところですね」


 こういうのは彼の得意分野だ。

 しかしハズレばかりを引いているらしい。


 何人もの貴族たちが殺されているのに、それでも彼の存在がバレないのはさすがと言ったところだろうか。

 こうして多くの人に紛れて生活しているのも、存在をできる限り隠すためなのだろう。


「して、その成果は?」

「一人協力者を得ました。調べてもらった情報を明後日にでも聞きに行こうと思っているところです。さすがにここでの情報収集は骨が折れました……。誰が上層部なのか分かったものではないですからね」

「この世の人間は、色が目まぐるしいからな」

「そうそう、まさにそれですよ。ケホケホッ」


 少し楽し気に笑った西行だったが、軽く咳き込んで眉を顰める。

 症状自体はまだ軽い様ではあるのだが、やはり辛そうだ。

 エリーが背中をさすっている。


 そこで木幕は窓の外を見る。

 この屋敷にいる人間は、体も整ってきているので働くことができる。

 なので金自体には困ってはいないと思うのだが、実はそうでもないらしい。


「すいません……それに頼って冒険者になった人たちの装備を整えてあげたんです。それでちょっとすっからかんでして……」

「ふむぅ。冒険者の稼ぎ何とか凌げるか?」

「ギリギリですね……」

「ではその辺は工面してやろう」

「「ぅえ!?」」


 エリーとローダンは驚いた様子で木幕を見た。

 おやと言った様子で、西行は首を傾げる。


「いいのですか?」

「うむ。持て余している金があるのだ。それを少しここに入れよう」

「はは、さすがは孤高軍の総大将ですね。ケホッ。準備は万全ですか」

「ルーエン王国と同じことをしようと方々を回ったが、スラム街がないか孤高軍が先手を打っているかで結局あれ以来何も出来ていないからな」

「それは宝の持ち腐れもいいところですね」


 まったくだと、木幕は頷いた。

 とりあえず今月の目途が付いたところで、少し気になっていることを聞いてみることにした。


「して、お主の気になるということは、それではあるまい?」

「その通りです」


 一つ息をついてから、西行はこちらを見た。


「片割れを、探しています」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る