7.40.持ち主を選ぶ


「全部短略詠唱できるとか卑怯でしょ!」

「鍛錬が足りないだけでーすよっ! 炎よ! 爆ぜろ!」

「土よ……っぐぅ!」


 炎が地面の中を走り、黒外套を纏った魔法使いの足元で爆発する。

 だが彼女も実力者だ。

 詠唱が間に合わないと悟った途端、すぐに地面を蹴ってその場から転げるように逃げる。


 一度回転して腕を使って立ち上がり、相手を睨む。

 テディアンはまだまだ余裕だが、生憎今回は遊んでいられる時間はない。

 すぐにでも向こうに加勢しなければならなかったからだ。

 早期決着を目指して、また杖を構える。


「土よ、開け!」

「開けぇ!? きゃあ!?」


 足元の地面が大きく口を開き、女性はその中へと落ちる。

 だが何とか端に掴まって落下を凌ぐ。

 だがこのままではまた新たな魔法を使われてやられるのがおちだ。


「風よ! 巻け!」

「土よ! 閉じろ!」


 寸でのところで脱出。

 口を開けた地面はテディアンの指示によって閉ざされる。


 風魔法は脱出にも使うことのできるものだ。

 汎用性が高い為によく使用してきたので、風魔法だけは短略詠唱もできた。

 だが今対峙している相手は使うことのできるすべての魔法を短略詠唱で発動させることができている。

 詠唱時間の短縮は魔法使いにとっては高度な領域。

 戦闘の幅も広がり、隙がほとんどなくなってしまう。


 接近戦を得意とするものにだって後れを取らなくなるのだ。

 それが今自分の目の前にいる。

 少しでも間違えれば死が待っていた。


「最悪っ! 逃げていいかしら!?」

「逃がすと思う?」

「ぃっ!?」


 いつの間にか眼前に迫っていた。

 反応する事などできるはずもなく、簡単に彼女の攻撃を喰らってしまう。


「水よ! 溢れろ!」

「っ!!」


 ドンッと腹を殴られた。

 魔法使い程度の攻撃であれば、さして強力なものではない。

 だが、明らかな違和感が腹の底から湧き上がってくる。


「が、ごぼごぼぼ、がばごご……」

「地味だけど、怖いよね~。水って」


 水が腹の中から湧きだしている。

 それを吐き出してしまうが、それでも尚湧き続ける水。

 吐けども吐けどもそれは止まる事を知らず、息ができなくなって段々と力を失っていく。

 死しても尚止まらない水は、周囲の地面を濡らしていった。


 戦いにしては三分も経っていない。

 だがその時間は接近戦では長期間にも及ぶ攻防が繰り広げられていたはずだ。

 すぐに増援に駆け付けなければと思い、彼女たちの方を見る。

 今どちらが一番危ないか、瞬時に理解して魔法を撃ち込まなければならなかった。


 レミを見てみると、二振りの片刃のかなたを持った男性と戦っている。

 彼女の持っている武器は長物であるため防御には多少なりとも特化しているようだったが、どうにも先ほどの傷が痛むのか、歯を食いしばって下がりながら攻撃を受け続けていた。

 一方、スゥの方は……。


「!! マズいじゃないの!!」


 すばしっこいため、逃げていれば時間を稼げると思っていた。

 だが、やはり熟練の暗殺者は子供だからといって容赦はしない。

 テディアンがスゥを見た時、彼女は蹴とばされて地面を転がり、痛みに耐えていた。

 すぐに魔法を発動しようとしたが、射程範囲外。

 風魔法を使用して急行する。


 だが短剣を持った黒い梟は、すでにスゥの足元まで来ていた。

 到底間に合わない。

 男は短剣を振り上げる。


「まず、一匹……」

「……っ」


 痛みを我慢して、スゥは横に転がってそれを避ける。

 だが男の足に腹がぶつかった。

 これ以上は逃げることができない。


 刀も手放してしまった為、今は何も持っていない状況だ。

 テディアンも後数秒で追いつくが、残念ながら男が短剣を振り下ろす方が速い。

 スゥはぎゅっと目を瞑る。

 もう逃げることもできず、今短剣が振り下ろされるのが見えた。

 怖くなって身を強張らせる。


 だが、その短剣はスゥには届かなかった。


「がっ……」

「……?」


 男は倒れまいと、よろよろと後ずさる。

 どうやら顎を思いっきり殴られたようだ。

 顎を抑えて痛そうにしている。


 スゥは何が起こったのか理解できなかった。

 だが、目を開けてみると男がいた場所には、何かが立っていることに気が付く。

 それは、一見すればただの日本刀だ。

 だが、その大きさは普通のものよりも大きい。

 赤い装飾が施されている柄。

 鞘には獣の毛皮が巻かれており、何かの尻尾のようにも見える。


 獣ノ尾太刀。

 これが地面から飛び出し、その柄頭が男の顎を突いたのだ。


「は!? 何あれ!?」

「っ!」


 スゥは咄嗟にその柄を手に取った。

 今回は逃げることなく、すんなりとその手に柄が握られる。

 だが持ち上がるわけがない。

 そう思ったが持っていた刀は吹き飛ばさており、取りに向かっている最中には男に襲われるだろう。


「っ?」


 スゥが獣ノ尾太刀の柄を持った時、不思議な感覚が手に伝わった。

 ぐっと力を入れて抜いてみる。

 すると鞘は地面の中に沈んで行き、刃だけが抜き放たれた。


 軽い。

 木の枝のように軽い刀身。

 だがしっかりとした重みは伝わってきた。


 龍と虎が彫刻されている刀身が、刃を敵へ向けろと吠えている。

 そんな感覚が手から伝わってきた。

 軽いので振り回せる。

 これはどうやら自分の体の力が増しているらしい。


 だが自分が使っていいのだろうか。

 これは葛篭の刀であり、自分のものではない。

 彼はすでに死んでいるが……やはり使うのには抵抗がある。

 だが鞘は消えていた。

 地面の中に潜ってしまった為、刀身は納めることができない。

 まぁ使えということだろうと勝手に解釈して、スゥは獣ノ尾太刀を再度握る。


 そういえば、葛篭は自分の力が制御できない時があると言っていた。

 あれは刀の能力だったのだろうかと、スゥはブンブンを獣ノ尾太刀を振って確かめる。


「ッ、ガァ……。くそ……」

「スゥちゃん気を付けて!」

「っ!」

「チッ……ティールは死んだか……役に立たん……」


 完全に体勢を立て直した男が、また走り出す。

 次はテディアンに向かってである。


「ま、妥当な判断だよね! 雷よ、走れ!」

「フンッ」


 バチチッという音を立てて地面を雷が滑る。

 だがそれを予知していたかのように、男は危なげなく避けてテディアンの元へと迫った。

 一番速い魔法攻撃が簡単に躱されたことに驚いて、若干の隙が生じる。

 そこを短剣が突き刺そうとしたが、それは突然現れた壁にぶつかって止められた。

 男は急に現れた土に顔面をしたたかに打ち付けて、ぐぅと我慢して後方を見る。


 すると、スゥがおどおどとした様子で獣ノ尾太刀を操っていた。


「っ!? っ!!?」

「──」

「……っ」


 スゥがコンッと鍔を拳で小突くと、地面が隆起した。

 どうやら今のは獣ノ尾太刀の能力だったらしい。


 獣ノ尾太刀には、二つの能力がある。

 土魔法を自在に操るものと、持ち手の身体能力を向上させるものだ。

 持ち手を選ぶ日本刀。

 認めた者でなければ、身体能力の向上まではしてくれない。


「ガキが……!」

「っ!」


 軽い地鳴が足元から聞こえてくる。

 何故だか励まされている気がすると、スゥは感じ取った。

 こんな大きな刀では、木幕に教わった葉我流剣術はあまり使えないだろう。


 そこで、獣ノ尾太刀から、何かが流れ込んでくるのを感じた。

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