7.29.あと一歩
水瀬は二振りの日本刀を下段に構え、津之江は薙刀を身に寄せ、刃を下にしてまっすぐに立っている。
二人の基本姿勢だ。
下段は防御のための構えというのが多いが、水瀬の場合はまったく違う。
攻防を一点に集中させることができる。
それは刀が軽いからこそなしえる技なのだろう。
津之江は立ったまま制止している。
相手が動くのを待っているようだ。
その時点で未だに彼女を軽く見ているということが分かる。
それに気付いたのか、水瀬はギッと柄を握り込んで一歩前に出た。
だが津之江はそれを狙っていたのだろう。
同時に刃を下段より振り上げて一撃で仕留めようとした。
「……」
「ん!?」
その攻撃は躱された。
完全に見切られていたようで、危なげもなく水瀬は半歩でそれを避けて肉薄する。
下段に構えられていた刃が弾けるように振り上げられた。
「水面流、泡」
急いで石突の方で防いだ津之江は、一度距離を取ろうと下がるが、長物に距離を取らせてはならないと水瀬も知っているようで、再び肉薄して連撃を繰り出す。
「水面流、飛沫」
ハサミのように斬り込み、それをまた開くようにして斬り込む。
これを何度も何度も繰り返していた。
軽い日本刀なのでその速度は普通ではない。
だが津之江もその速度に完全に対応した。
押されている事には変わりがないが、逆にその立場を楽しんでいるということも分かる。
「永氷流、
薙刀の刃付近を右手で持ち、薙刀を回すことなく防御にだけ特化させる。
手持ちが短くなったっことで刃を振り回す速度が上がり、水瀬の攻撃にも対応できていた。
それに攻撃力自体は軽い。
とは言えこの連撃で下がり続けることしかできていなかった。
ではあえて止まって見せよう。
最後に一撃を受けてから立ち止まり、反撃という形で刃を突き出す。
狙いは完璧で、水瀬も大きく左右に刃を振り抜いている。
これであれば貫くことができるはずだと、津之江は思っていた。
だがそれは、伏せられて躱される。
膝を脱力してカクンッと体を落としたのだ。
そのまま足の筋肉を使って立ち上がり、大きく一歩踏み込んだ。
「水面流、枝入り」
左右に大きく振り抜いた日本刀を、手首で返して二振りを背中に寄せる。
肘を曲げて日本刀をほとんど動かすことなく、振りかぶる動作を作った。
そのままからの力を使ってバネのように刃を叩き落す。
石突を引っ張って何とかそれを防いだ津之江だったが、逃げて行く一本の刃を見て目を見開いた。
それは振り子のようにこちらへと戻ってくる。
あの攻撃は、木幕も驚いた記憶がある。
思いっきり二振りの日本刀を叩きつけられたかと思ったら、一本はそのまま、もう一本は引きずるようにして水瀬の脇へと引っ込んでいき、それがこちらに向かって突き出されるのだ。
水に着水する枝を模した技。
初見で躱すのは難儀なものだった。
ダンッと大きく踏み込んだ。
津之江はそれを躱すことができない。
相手の流れに飲まれてしまった時点で、津之江の負けは決まっていた。
連撃を得意とする者と対峙したのであれば、その流れをいかに止めるかを考えなければならないのだ。
慢心が敗北を呼ぶとはよく言ったものである。
その刃は確実に津之江の腹部へと向かっていった。
フッ……。
「……? ……!!?」
「なぁ!?」
「……ど、どういう……」
その場にいた誰もが、今の光景に目を疑った。
勝負は確実についていたのだが、刃は津之江に届くことはなかったのだ。
水瀬が、その場から掻き消えてしまったのだから。
跡形もない。
間近で戦っていた津之江でさえ、今何が起こったのか理解することができていなかった。
ただ、本当にフッと消えてしまったのだから。
「おいおいぃ……どういうことだぁ……!」
「某にもわからぬ!」
「こんな急に消えるもんなのかぁ……。だったら西形は魂が溶けたっていうわけじゃぁ……なさそうだなぁ……おい……」
槙田はガリガリと頭を掻いた。
これであれば、先ほど説明した話では前者の可能性が濃厚になってくる。
「木幕ぅ……気を付けろぉ……。また何かが始まるぞぉ……」
これは予想ではない。
槙田は確信しているのだ。
これから、何かとんでもないことが始まるのではないかと。
そしてここに居る者たちが全員、それにまた巻き込まれる可能性があるということも。
それに小さく頷いた木幕。
すると体が薄くなっていった。
どうやらそろそろ時間らしい。
丁度帰りたいと思っていたので都合は良いが……刀を作ってもらうまではアテーゲ領を移動できそうにない。
それが終わり次第、すぐにでもなんでもいいから情報を集めてみようと思う。
槙田が頷き返してくれたことを確認した後、木幕の意識は暗転した。
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