7.5.直せない刀


 刀鍛冶である石動は、折れた葉隠丸を見て頭を悩ませていた。

 できれば同じ鉄を使ってやりたい。

 だが、それは不可能なのだ。


 刀は折れた物をもう一度溶かし、打ち直すということができない。

 折れたのであればそれを小太刀にして使うか、もしくは包丁などに変えてしまうことも多かった。

 使い捨ての日本刀はよくそうやって用いられる。

 この刀も例外ではない。


「すまん、木幕殿……。小太刀と短刀にはしてやれるだが……これを直すことはできんだ……」

「そう、か。分かった」


 木幕としても、それはやはりショックだった。

 長年共に過ごしてきた相棒と一緒に戦い抜くことが、できなくなってしまったのだから。

 普段は凛としている木幕だが、この時だけは誰が見ても分かる程に落ち込んでいた。

 スゥでも分かる程に。


 こんなにあからさまに落ち込む師匠は見たことがない。

 余程愛着を持っていたのだろうということが分かると、レミは心の中で思った。


「銘を、見ても良いか?」

「うむ」


 石動は手慣れた手つきで刀を解体する。

 刀身には絶対に素手では触れず、触れるときは布で掴み上げた。

 茎の名を見る。

 そこには確かに葉隠丸と書かれていた。

 しかし、刀匠の名がない。


「これは、誰が打っただ?」

「山奥に住んでいた刀匠の死にぞこないに打ってもらった刀だ」

「し、死にぞこないって……。仲が随分悪かっただか?」

「そうであったら、刀は打ってくれなかっただろうな」

「それもそうかぁ」


 石動は、この刀が彼の最高傑作であり、尚且つ最後の作品だということが分かった。

 名を広めたければ、茎に絶対に自分の名を彫る。

 死して尚、刀が生きている限り名は継承されていくからだ。


 だがこれには刀の名前しかない。

 と言うより、自身の名前の代わりに刀の名前を彫ったという印象が見て取れる。

 素晴らしい作品だ。

 折れた断面図を見てみても、とても精巧な技で練られているということが分かった。


 さぞ名の知れた人物だったのだろう。

 木幕もその爺さんの名前を言うつもりはないのか、口を閉じている。

 であれば聞くのは野暮だろう。

 彼のことを尊重しているのだと、石動は勝手にそう思った。


 そのまま刀を布にくるみ、解体した柄や鍔も一緒に抱え込む。

 丁寧に一つずつ机の上に置き、大切そうに布をかぶせた。


 次に石動は、木幕から預かった折れた刀身を広げる。

 本当によく手入れがされている。

 日本刀は芸術品と言うが、道具である。

 道具は使えば使う程良く、芸術品は使わない程良い。

 だがこの葉隠丸はそのどちらも有しているように思われた。


 この人であれば、安心して子供を預けることができるだろう。

 腕が鳴る。

 久しぶりにそんな感情を抱けた気がした。


 折れた刀身は、小太刀にするだけの長さを有している。

 切っ先の方は茎を作らなければならないので更に短くなってしまうが、短刀としては十分に使えるだろう。

 解体用にでも使ってもらえれば幸いだ。


 問題は鞘だが……ここはこの世界で知り合った細工師に頼むことにする。

 彼女であれば引き受けてくれることだろう。

 まずは作ってしまわないといけないが。


 しかしここで、大きな問題に直面する。


「木幕殿……」

「なんだ?」

「実は材料がないだ。集めるところから始めにゃならん……」

「当てはあるのか?」

「あるにはあるんだが……」


 そう言って、石動はまた考えこむ。

 刀に必要な鉄、玉鋼。

 たたら製鉄によって作り出される純度の高い白鋼しらはがねでなければ、刀を作り出すことはできない。


 しかし、その素材がこの世界にもあるとは考えられなかった。

 何か別の物を探さなければ。


 この鍛冶場には、製鉄もできる作業場がある。

 作りこそ違うがやり方は同じだ。

 時間はかかるが、素材さえあれば刀を作り出すだけの道具は揃っていた。


「では、まずはそれを探さねばな!」

「んだ!」

「まーた忙しくなりそうですねぇ……」

「っ」


 作戦会議だ。

 三人は石動の鍛冶場の奥へと招かれたのだった。

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