6.21.話にならない
二人は怒っていた。
木幕は弟子である二人を人質として捕らえられた。
そんな横暴、どんな理由があれど許されるはずがない。
葉の刃が周囲の建造物を斬りつける。
くっきりと跡が残ってり、石や木材は地面に落ちた。
葛篭は他人を巻き込むなと怒鳴った。
用があるのが自分なのであれば、正々堂々前にきて文句を言えばいい。
その道理に反しているのであれば、逆に始末をつけてやる。
大太刀、獣ノ尾太刀が振り回される。
地面が隆起しその剣撃が周囲に飛び散った。
剛という音を立てながら風圧が草木を揺らし、地面を揺るがす。
後の事など、二人は既に考えていなかった。
貴族を相手にしたのであればそれ相応の報いを受けることになるかもしれないが、そんな事はどうだっていい。
今はただ、囚われた仲間を助けるために動いていた。
その後の事など、生きてさえいればどうにでもなる。
先手を打ったのは相手側。
これは既に戦争だ。
卑怯だのなんだのと言っている間は、彼らは真の勝利を掴むことなどはできないだろう。
身の程を知れと言いたいくらいだ。
二人は何処から湧いてくるのか分からない兵士を切り伏せていた。
手加減などこの怒りの前ではできるはずもなく、葛篭は一撃で絶命させ、木幕は細切れにしていく。
さながら、二人で城落としをしている気分だった。
懐かしい感覚に、木幕は高揚する。
昔の血が滾って来たかのようだ。
忘れていたあの戦場を、この場で思い出せる日が来るとは思っていなかった。
今までの戦いは何と陳腐なものだったのだろうと思ってしまう。
自然と刃を握る力が強くなる。
葛篭は戦人ではない。
戦場の経験はないと言っても過言ではないのだが、それでも葛篭は戦場の立ち振る舞いを心得ているように思える。
その会心の一撃は見る者を恐怖させた。
大太刀を片手で持っている姿は相手が恐れるには十分すぎる程の迫力がある。
威圧も並みの剣士ではない。
鋭く練られたこの圧は、彼の生業に起因するものなのだろう。
ギョロッと目を向ける度、見られたものは委縮する。
遠くから狙いを定めていた者も、見ているぞと言わんばかりのその圧に気圧され、ペタンと地面に座ってしまう。
ここまで人を斬ったのは始めてだ。
だが、悪い気はしない。
職人の手は大切な宝物だ。
その手で人を殺したとあっては、これからの作品作りに支障をきたす。
そもそも人を殺めた手で作られたものを、受け取り手は歓迎しないだろう。
だがそれでも、葛篭は刀を振るった。
その手がどれ程の血にまみれていようと、彼は大切なものを絶対に失いたくはなかったのだ。
その価値は、職人の宝である両手にも勝るものである。
恩義。
報いるべき義理がある、あたたかい恩。
全ての行動に、恩義は存在する。
今まで弟子になってくれた者は多い。
それが剣術であろうと細工師であろうと、それは変わらない。
自分の腕に惚れたと言ってくれたのだ。
それを嬉しいと思うのは至極当然のことである。
だが、弟子たちは葛篭が許可して弟子にしたのではない。
彼らが葛篭の“弟子になってくれた”のだ。
それだけで恩義となる。
だから彼らには精一杯自分の技術を教えてやりたかった。
彼らのために、そして自分のために。
レミは葛篭の技術を凄いと褒めてくれた。
それがどれだけ嬉しかったことか。
嬉しいことを言ってくれた彼女に、何かしてやりたいと思うのは当然のことだ。
それを葛篭は“恩義”といった形で返す。
これが守れない様であれば、細工師としても失格だし、職人としても師としても失格である。
だから、葛篭は怒鳴ったりする者や、自分を棚に上げている者が大嫌いだった。
仲間がいなければ貴様の技術なんぞないに等しい、失われるものだ。
ついてきてくれる者にこそ、感謝しなければならないのだ。
詰まらないと思えば笑えばいい。
だがそれを信念に生きる葛篭は、己を信じて刃を振るう。
「はっはっはっはぁ! 手前らに恩義はなかぁ! 雑兵共がわてん信念
ズダンッと大きく足を鳴らす。
「奇術! 大地さぁ隆起せよぉー!」
掛け声と共に、地面が盛り上がってクレマ・ヴォルバー家が崩壊していく。
勿論人質がいる場所には被害を与えてはいない。
しかしその揺れはそこまで到達してしまうことだろう。
流石の木幕も地面の揺れには耐えられない。
葛篭が奇術を発動したタイミングを見計らって伏せる。
後は揺れが収まってからまた行動を開始した。
「ふむ、よい機会だ。某も槍を使って慣らそう」
木幕は葉隠丸を納刀し、魔法袋から槍を取り出す。
まだ名がないのでなんだかしっくりはこないが、今はこれでいい。
槍を中段に構え、目の前でおろおろしている兵士へと突っ込んでいく。
「葉我流槍術、参の型……
穂先を持ち上げ、槍のしなりを利用して強烈な一撃を叩き込む。
斬るではなく叩くことに特化させたこの技は、槍をしならせることにより更に強力な一撃を繰り出すことができる。
兵士の鎧は硬いが、関節部は脆い。
狙いを定めた攻撃は見事首筋に当たり、兵士は昏倒して倒れる。
ババッと槍を引き戻して構え、また走る。
そろそろ立っている兵士がいなくなってきたところだ。
屋敷の中に入っても問題はないだろう。
「葛篭!」
「おう! 蹴破っ
ダンッと踏み込んだ葛篭は、そのまま屋敷の扉を蹴飛ばした。
奇術を使っての跳躍だったので、扉は全壊して粉々に吹き飛んでしまう。
まさかこうなるとは思っていなかった葛篭も、流石に口笛を吹いて誤魔化した。
「外は良い。案内せよ」
「こっちだ」
二人は屋敷の中に侵入した。
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