5.17.ローデン要塞の派遣勇者


 足捌きの練習をしている津之江とレミの場所まで歩いていく。

 後ろからトトトッとスゥも着いてきた。

 木幕とスゥが近づいてきていることに気が付いた二人は、一度構えを解いて楽な姿勢になる。


 津之江の持っている武器はとても美しい薙刀だ。

 柄には黒漆が塗られており、わずかな光であってもそれを受け取って光沢を見せる。

 適度に反りのついた刀身は長く、刃としては細く、そして均一だ。

 鍔には無駄に凝った鍔彫刻が施されており、そこには雪の紋様が彫られている。

 豪華な鍔に比べて控え目に誂えられた刀身ではあったが、それこそが美。

 そのままの在り方が一番良い、と言っている風にも見て取ることができるだろう。


 全長は七尺と七寸……約二百三十一センチ程度の長さがある。

 刃を抜いたとしても津之江の背よりも大きいそれは、彼女が扱うには少々大きすぎるような気もした。


 こんなもので魔物が斬れるのかと侮る者も多いかもしれない。

 だが侮ることなかれ。

 かの武器は重宝されるにまで至る武の化身。

 神の姿絵にまで登場する薙刀を、木幕たちのいた元の世界で笑う者は一人としていないだろう。


 それに比べてレミの持っている武器と言えば、薙刀の形をしただけの鉄の塊。

 美しさも何もあった物ではない。

 初めて見た時は感嘆の息を漏らしたものだが、こうして並べて見てみるとやはり見劣りしてしまう。


 この世界の武器の価値観は、斬るではなく叩き斬る。

 考え方はこれだけしか変わらないというのに、ここまで変わるものなのだろうか。


「師匠、スゥちゃん!」

「励んでいるな」

「なかなか筋がいいですよ~。一週間もあれば基礎は教えることができそうです」


 嬉しそうにそういう津之江は、レミに可能性を感じているようであった。

 優秀な弟子を持つのは、師としては嬉しくなるものだ。

 教えている津之江も同じことを思っているに違いない。


 実際、津之江は教えることに力を入れ始めている。

 簡単なすり足は修得していたので、今は腕と足との連動を意識させている。

 明日にでも次の動きを教えるつもりだろう。

 今は体に動きを馴染ませている、と言ったところだろうか。


「しかし、本当に物好きな奴だ。これから死ぬかもしれんというのに」

「だからですよ。それに死ぬつもりはありませんからね」

「対した自身だ。だが慢心はするなよ」

「自惚れするのは自分の料理の腕だけで十分です」


 そう言いながら、薙刀を自分の体に引きつけてふふっと笑う。

 不思議な動きをするものだと、木幕は彼女の動きを見て思った。

 非常に綺麗な足捌きと身のこなしだ。


 それについて聞こうとした時、この稽古場が少しばかり騒がしくなる。

 なんだと思って見てみると、どうやら入り口から誰かが入って来た様だ。


 黒い甲冑を着ている若い女であり、腰には身の丈に似合う剣が携えられている。

 青い目と短くまとめられた白色の髪が彼女の可愛らしさを強調させているようだ。

 凛とした佇まいではあるが、その動きは何処となく軽やかで落ち着きがない。


 彼女はこちらの方を見るとパッと笑顔になり、すぐに駆けよってくる。

 木幕たちのことは完全に無視して、津之江の前で立ち止まった。


「津之江さん! 今日はやってないの?」

「ティア。貴方はもう少し落ち着いた行動を取りなさい。今日は稽古のため店仕舞いです。明日のお昼は開きますよ」

「稽古? この子の?」


 そう言って、彼女はレミの方を指さした。

 誰なのだろうと思って見ていたレミに気が付いたのか、津之江が彼女について説明をしてくれる。


「ああ、ごめんなさいね。この子はティアーノっていうの」

「ティアーノ・レクトリア! 勇者です!」

「勇者ぁ!?」


 その挨拶に、木幕はほうと呟いて顎をさする。

 勇者と呼ばれる存在に出会ったのはこれで二回目だ。

 しかし女性が勇者とは、全く想像していなかったので驚いてしまった。


 この世界では勇気ある者が勇者と呼ばれる。

 それは男でも女でも全く関係のないことなのだろう。


 ふと周囲を見てみれば、彼女に視線が集まっていることに気が付いた。

 どうやら有名というどころの話ではなさそうだ。

 彼女のことを知っていているのは普通であり、そんな人物を見れたのは幸運なのだろう。

 ここからではよく聞こえないが、誰もが小さな声で彼女について話しているように感じ取れる。


「ど、どうして勇者さんが!?」

「どうしてって……なんとなく? 津之江さんを探しに来ただけだから……」

「何か用があったんでしょう? 何かしら」

「ああ、そうそう! レッドウルフの毛皮で服が作れたっていう報告を!」

「そうだったの。ありがとう。取りに行った方がいいかしら?」

「うん。着てみてもらって大丈夫かどうか確認したいって」

「じゃあ明日にでも行くわね」


 随分と懐かれている様だ。

 勇者がまるで仔犬である。

 こんな性格の勇者もいるのかと、これにもまた少し驚いてしまう。


 リーズレナ王国で出会ったガリオルはもっと勇者らしい振舞をしていた。

 それこそ勇者と呼ばれるにふさわしい体格、性格であったように思える。

 比べてこの勇者はどことなくまだ子供らしさが残っている。

 このような者が勇者で大丈夫なのだろうかと、少しばかり心配になった。


 しかし、この津之江以外の人物にまるで興味が無いような立ち振る舞い。

 レミに挨拶はしたが、それだけだ。

 もう興味がないといった風に、今は津之江の話だけを聞いているように見える。


 これにはどこか見覚えがあった。

 若い者によくある傾向で、自らを強者と名乗り弱い者には全くの興味を示さない。

 自らの力を過信しているようにも捉えられるが、そういった者は戦場では何の役にも立たないことがある。

 勇者と呼ばれ名乗っているのだから、それ相応の実力はあるのだろう。

 だが、それだけでは勇者と名乗ることは許されまい。


「お主、勇気ある者とはなんと心得る」

「え?」

「あ、も、木幕さんそれは……」


 木幕の問いに、津之江が焦る。

 だがもう聞いてしまったことであり、ティアーノも答えるつもりでようやくこちらに目を合わせた。


「勇者、でしょ?」

「違う。その意味である」

「意味? 強いからその称号かな?」

「……」


 木幕は周囲を見る。

 丁度槍の稽古をしていた人物を見つけた。

 練習用のただの木の棒ではあるが、それなりの強度はある硬い木だ。

 その方へ近づいて、彼の持っていた槍を軽く掴む。


「借りても良いか?」

「え、あ……はい」


 身の丈より少しだけ長い木の棒。

 それを持ちながら、もう一度ティアーノの前に立つ。


「構えよ」

「え? えーと、誰か木剣かしてくれるー?」

「不要だ。お主はその腰に携えている武器で来い」

「……えぇ? 津之江さん、この人私舐めすぎじゃない?」

「はぁーー……。ティア、いい経験になるから修行してらっしゃい。あの人の言う通りにしてあげて」

「?」


 スゥはただならぬ気配を感じ取ってレミの方へと避難する。

 これはまた、いつぞやの説教が始まったとレミは呆れて後退した。

 しかし、剣ではなく棒術で対抗するのは珍しい。

 これは自分のためにもなるかもしれないと、レミは食い入るようにその動きを見ることにした。


 急に始まった模擬戦。

 稽古に来ていた周囲の人々は勇者に立ち向かう木幕に興味が湧いたらしく、誰もがその模擬戦を見ることにした様だ。


「私が審判をしてもよろしいかしら?」

「津之江さんなら問題ないわ!」

「頼めるか」

「勿論。では戦闘不能、もしくは参ったと言うまでこの模擬戦は続きます。周囲におられる皆様はその見届け人です。いいですか?」


 津之江の言葉に全員が頷く。

 木幕がなぜこのようなことをしだしたのかは、恐らく津之江しか分からないだろう。

 何故なら、ティアーノが言った言葉が普通だと誰もが思っているからだ。


 二人は数歩の間合いを取り、己の持っている武器を構える。

 そして津之江の合図を待った。


「では、始め」

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