5.15.礼として


 気まずい空気が流れている一室。

 緩衝材であった津之江とレミがいなくなったことにより、テトリスの視線は常に木幕へと向けられる。


 スゥはご飯を食べて眠くなってしまったのか、木幕の膝を枕にして眠ってしまった。

 自分の着ていたレッドウルフの毛皮で作った服を脱ぎ、布団代わりにかけてやる。


 やることがなくなった木幕は、こういう時瞑想に入る。

 馬車の中でもよくやっていた事だ。

 肩の力を抜き、指を組んで親指同士をくっつける。

 そして息を吐き……。


「ねぇ」

「…………黙れ」

「はっ!?」


 つい思ったことが口に出てしまった。

 瞑想に入ろうとしている時に声をかけられると、流石にむっとなってしまうのだ。

 大人げなかったなと反省する。


 だがテトリスはカチンと来てしまったようで、こちらに歩み寄ってきた。

 これはマズいなと思いながら目を開け、彼女の方を向き人差し指を口に当てる。


「なによ……あっ」

「スゥが寝ている」


 ここは寝ているスゥを緩衝材に使おうと考え、この場をすり抜ける。

 それは見事成功し、テトリスは口を押えて静かになった。

 一拍おいてから彼女は声を落として話始める。


「ご、ごめんなさい」

「謝る必要はない。敵同士なのだからな」

「……どうして貴方たちは津之江さんを狙うの?」

「それが神の意向であるから、というと大体の者は納得するが……お主は違う様だな」


 木幕は今までの会話の中で違和感を覚えていた。

 津之江が狙われていたのは今に始まったことではない。

 加えてその理由も知っているはずだ。


 神に言われているのであれば、それは仕方がないことだ。

 今まで出会ってきた者たちは全てそう言っていた。

 間違っている事ではあるとは思うのだが、それを信じて止まず、人が死ぬとわかっていても“仕方がない”で済ませている。

 はっきり言って異常だ。


 津之江は四度にわたって命を狙われた。

 テトリスはそれを全て知っている存在である。

 だが、彼女は津之江を守ろうと必死であった。

 神の意向は絶対だという発想が、ないのである。


「当り前じゃない。人が死んでもいいなんて言う神様なんておかしいわ」

「ほぉ」

「だから貴方もおかしいのよ。神様が十二人の人間を殺せって言ってるのよ? 魔物でもない普通の人間を。おかしいでしょう? そんなの神様じゃなくて邪神よ。そんな言葉に従っているあなたはおかしい」

「いいよる。が、然り」


 神よ、聞こえているか?

 そんな風に思いながら、彼女の言葉を肯定した。


 ここまで来て思ってもいない人物と出会えた。

 しかし、これは後が思いやられそうである。


 津之江と戦うのは良いとしよう。

 だがその後が問題だ。

 こちらが勝ってしまった場合、自ずとこのテトリスとも戦わなければならなくなりそうだ。

 それとも、二対一での戦いになるかもしれない。

 それでも負ける気はないが、面倒なことに変わりはないのだ。


「しかし、お主。そんなことを言って誰かに怒られはしないか?」

「めーっちゃ怒られるわ。勇者の弟子がなんてことを言うんだーってね」

「勇者の弟子?」

「ええ。私はここ、ローデン要塞の派遣勇者、ティアーノ・レクトリアさんの愛弟子よ」

「なるほど。だから津之江に振られたのか」

「どういうことよ!」

「しー……」


 テトリスが叫ぶのでもう一度静かにするように伝える。

 スゥが起きてしまわないか心配だが、子供の眠りは深いものだ。

 この程度では起きないだろう。

 しかし耳に響くのでやめて欲しいというのが本音であった。


 しかしここで新しい情報が手に入った。

 ローデン要塞の派遣勇者、ティアーノ・レクトリア。

 この肩書はどういうものなのかよく分からないが、恐らく何処かの国からここに派遣されている勇者なのだろう。


 弟子ということなので、共に生活をしている津之江もティアーノという人物については知っているはずだ。

 剣術なども彼女から教えてもらっているのだろう。

 故に津之江の言っていた条件と合わず、流派を教えてもらえなかった。

 憧れに近づいて弟子になったは良かったものの、継承はさせてもらえなくなってしまったという不運。

 だが彼女が選んだ道だ。

 それを間違っていたなどとは思いはしないだろう。


 しかし……ここで初めてテトリスに攻撃された時、普通に流すことができてしまった。

 まだ弟子だから弱いのか、それともティアーノという人物が教えるのが苦手なのか。

 どれだけの期間武術を学んでいるかは分からないが、それにしてもお粗末なものだったように思える。


「体術は苦手か?」

「……い、痛いのは苦手ね……」

「おいおい……体術は肉体をぶつけ合うのだ。痛みのない技もあるだろうが、防ぐときは基本痛みが走る。それであるのに……」

「う、うるさいわね……」


 武器にばかり頼っていると、そういう経験もなかなか培うことはできないだろう。

 だがしかし、拳は最後の武器である。

 武具が使い物にならなくなり、武器が折れても肉体と言う武器と武具がある。


 最後の武器に籠める一撃は、剣撃よりも重い。

 それの基礎となる体術を疎かにしていては……いざという時動けなくなるのは必然。


「ふむ。では某が稽古をつけてやろう」

「えっ」

「レミにも基本的な体術は心得させている。それくらいであれば教えよう。津之江殿がレミに稽古をしてくれているからな。その礼でもある」

「いや、いいです」

「遠慮するな。お主と某は敵なのだ。思いっきり来ればいい」


 スゥが起きたらあの二人の様子でも見に行くついでに、彼女に体術の稽古を付けてやろうと決めた。

 相手方に拒否権はない。

 してもらってばかりでは良くないと、木幕も思っていたからだ。


 レミも無理矢理連れて行かれたし、これくらいは許されるだろう。


「わ、私は……お店の片付けをー……」

「うむ。スゥが起きた後で呼びに行く」


 そそくさと厨房に行って鍋の片付けをするテトリスなのだった。

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