3.29.対峙、西形正和
カツッ、カツッ、カツッ。
ゆらゆらと歩く西形は、持っている片鎌槍の石突を強く地面に突きながら歩いていた。
これは別に腹が減ったから弱っているのではない。
ではどうしてか。
先程のことが頭から離れなかったのだ。
今に思えば、初めて殺そうとした相手が拒絶という言葉を向け放った気がする。
いつもであれば、何の変化もなく叫び声と共に首を刎ねるだけの作業。
だが、今回は違った。
あれだけの殺意を向けられたのにも拘らず、少女は叫んだ。
その叫び声は、西形の頭の中に深く突き刺さっていた。
「……ふぅ……」
落ち着こう。
どの道やること自体は間違ってはいないし、若い芽から摘んでおくという風に考えれば、あれも必要な事である。
いつまでも成人を殺すわけにもいかない。
若い芽がいるからこそ、この世界が成り立ち、自分たちの様な迷い人が紛れ込んでしまうのだ。
暫く自分の考えを、それに塗り替える作業をする為に目を閉じる。
深く考えてはいけない。
そうしていると、次第に罪悪感が消えていった。
人の命など、斬って捨てればそれまでのもの。
その間にどのような人生を駆けようが、終いは終い。
この世界の命など、吐いて捨てるほどにどうでもいい。
目を開けてみると、時刻は既に夕刻。
どうやら随分とぶらぶら歩いていたらしい。
今日は飯を探す気にもなれず、とりあえず雨風を凌げる程度の場所を探し始める。
逢魔時。
いつも見ている風景ではあるのだが、今日は何処か胸が騒がしい。
先程のことをまだ無意識のうちに引きずっているのだろうか。
ザッ、ザッ、ザッ、ザッ。
「……」
二人分の足音。
この音は久しく聞いていなかった美しい音だ。
ただ地面を踏みしめているだけだというのに、無駄がない。
西形はその音を聞いた時、ついに来てしまったかと溜息をつく。
後ろを振り向き、仁王立ちとなる。
そして、鋭い目つきで歩いてきた人物を見た。
「姉上」
「……」
「と、隣のお方はお初にお目にかかります」
「どんな下手人かと思ったが、礼儀はしっかりしておるな」
「お褒めに預かり光栄です」
水瀬と木幕は、西形と対峙した。
二人は静かに抜刀し、下段に構える。
鞘を必要としないあの槍では、いつ襲い掛かられても不思議ではないし、何より西形は速い。
あの体勢からでも攻撃を仕掛けることができるだろう。
西形の佇まいを見た木幕が、口を開く。
「西形正和、であったな」
「ええ。では名乗る必要はありませんね。えーと、貴方のお名前をお聞きしてもよろしいですか?」
「某の名は木幕善八」
「木幕さんですか。良いお名前ですね」
「下手人にそのような言葉は言われたくないな」
「これは失敬」
西形は手を軽くぶらぶらとさせながら、適当に流す。
だがその動きが止まると、水瀬の方を凝視した。
「姉上。僕はこの世界が嫌いです。どうですか? 今からでも僕と一緒に──」
「お断りします」
「……そう言うと思っていました。では木幕さん」
声を掛けられたが、無言で返す。
それに気を悪くした様子もなく、西形は続けた。
「貴方は、僕たちを殺す理由を持っていますか?」
「無論」
「その理由は恐らく僕も同じです。ですが僕は根元を折るのではなく、小枝から燃やしていっています。じわじわと。ゆっくりと。あの神が何をしでかしたのか死んでも後悔するほどに痛めつけようと思っているのです。このやり方は、間違っていますか?」
「根本が違う。お前は全てを悪としているだけだろう。否、したいだけだろう」
「違うんですか?」
本当に分からない、と言った風に首を傾げる。
そこまで思考が狂っていたかと、木幕は苦い顔をした。
西形の最終的な目標は、今の水瀬と木幕と同じであることは間違いないだろう。
ただ、彼のやり方はその犠牲になる人物が多すぎる。
「この世の全ての人間が、悪ではない」
「でも僕が出会って来た者たちは、全てが悪でした」
「それはお前が勝手に解釈したに過ぎん。脅したか? もしくは理不尽を申し付けたか? 悪が悪を語るのは、片腹痛い」
「! 僕が悪だというのか!」
それを聞いた瞬間、ざっと構えを取って狙いを定める。
二人はそれに反応することなく、ただ哀れな目を向けた。
鋭い目つきで睨んでくる西形をよそに、水瀬は小さく震える声で木幕に話しかける。
「木幕さん」
「うむ」
「もう、いいです。有難う御座いました」
「どうしようもない。だが、目的を同じくしているという点では、共感できたな」
「左様ですか。では……」
水瀬は笠を外して首にかける。
右足を前に、体を左に向けて二振りの日本刀を脇構えに落とす。
大きく息を吐いた後、キッと目を西形に向けた。
「宜しくお願い致します」
「うむ」
直後、ドン! という音が鳴った。
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