1.12.これから


 木幕が指示を出して、村人たちに薪や燃える物を積み重ねさせ、その上に死体を転がしていく。

 木幕の故郷では火葬という埋葬法法をするのだが、この世界もそれと同じ方法で埋葬するらしい。 


 だが意味は全く違うようだ。

 この世界では屍が動くアンデットとして蘇るため、それを阻止するためだけに燃やすのだそうだ。


 ゾンビやスケルトンというアンデットになるらしいのだが……横文字の分からない木幕は頭にクエスチョンマークを浮かべるしかなかった。


 しかし、燃やしたとしても骨は残る。

 スケルトンという魔物はどうしても生まれてしまう可能性があるらしいのだが、肉のついているゾンビよりは弱い存在らしい。

 なので、もしスケルトンが出てきたとしても村の連中だけでなんとかなるのだという。


 動く屍を見てみたいという好奇心はあったが、流石に口にすることは死者への冒涜、そして無礼に当たると思い、心の中だけに押しとどめておいた。


「木幕さん。終わりました」

「ご苦労。では……里の皆を集めてくれるか」

「はい……」


 なんとも渋そうな表情をしながら、若い男は皆を呼びに走って行った。

 何となくだが理解できる。

 あれは他の皆を呼びに行くのが恐ろしい為に出た表情だろう。


 田畑を燃やせと命じたのは木幕ではあるが、それを許したのは若い村人のごく少数。

 これだけの大事に村の数十人だけで決定をして事を起こしてしまったのだから、怒っている村人は必ずいることだろう。


 説得するのは面倒なことこの上ないが、もうやってしまったことだ。

 なるようにならなる。


「……」

「…………」


 レミはあれから俯いたまま動くことは無かった。

 もう涙は流していないが、今レミの中でどのような感情が渦巻いているのかは分からない。


 こうなってしまった時の人の考えることは本当に分からないのだ。


 怒っているのか。

 それもそうだろう。

 唯一の肉親を殺され、それが敵の大将だったのだから。

 殺した相手にも怒っているだろうが、何より死んでいった相手にも怒っている事だろう。


 では悲しんでいるのか。

 それもある。

 深い悲しみに落ちた者は声もなく、延々と泣き叫び続ける。

 あのような涙を流したのだから、悲しんでいない訳がない。


 はたまた、恨んでいるのか。

 その恨みの行き着く先はあるのだろうか。

 残念ながら木幕ではその問いを解くことはできない。


 レミはどのような感情をもって俯いているのだろうか。

 それとももっと別の感情が動いているのかも知れない。


 これは本人にしか分からないのであるため、木幕は声をかけることすらもせず、ただ顔を上げるのを待っていた。


 そうしている間に、村人たちが全員揃ったようだ。

 しかし、予想通りと言うべきか……。

 皆顔色がよろしくない。


 木幕に着いてきてくれた者たちは申し訳そうな表情で、隅っこに立っている。

 ここまで連れてくるのにも苦労したんだろう。

 後はよそ者の自分が、全てを聞く番である。


「まずは謝罪しよう。其方らの田畑を燃やしてしまい悪かった」

「謝ってもらったって返ってきやしねぇよ!」

「そうよ! これからどうしろっていうのよ!」

「おい待てよ! 木幕さん居なかったら俺たち死んでたかもしれないんだぜ!? その言い方はないだろ!」

「阿呆か! あれでも抵抗しなけりゃ生きては行けたんだよ! 畑がなくなった今それも敵わん!」

「お前こそ何も分かってねぇ! 明日には他の山賊がここに来るんだぞ! 女は全部持ってかれて俺たちは一生畑耕すだけの人形になるんだぞ! 分かってんのか!」

「それでも生きていけるだろうが!」


 生き方は人それぞれではあるが、これには妥協と言う文字が入っている様に思う。

 自分だけが良ければそれでいいといった見え透いた考えが見て取れる。


 田畑を燃やされて怒っている村人は、今のこと、もしくは少し先のことしか見据えていないようだ。


 少し考えれば分かる事なのだが、まず山賊が明日にはここに来ると言うことが決まっているこの状況。

 逃げ出さずこのまま居たのであれば、今度は確実に蹂躙される。


 もし、田畑を燃やされずにいたとした場合、確かに暫くは生きていくことは出来るだろう。

 ただ、過酷な労働と下働きが待っているという条件付きではあるが、問題はその後である。

 多少長らえたとして、ここを拠点に活動をする山賊を野放しにする領主が、何処の世界に居るのだろうか。


 山賊の拠点を発見すれば、すぐにでも手を打って被害を減らす者が出てくるはずである。

 確かにここは良い立地であるし、城としての構えは十分に取れるだろう。

 だが、ただでさえ数の少ない山賊が、数の整っている訓練された兵士に勝てるわけがない。


 もし、領主が兵を出兵させた場合、まずかり出されるのは山賊でも何でも無い村人であることは間違いない。

 敵の数が多ければ足止めとして利用し、逃げるだけの時間を稼ぐ。

 言ってしまえば、山賊に捕らえられた男の村人など、ただの駒でしかないのだ。


 それを理解していない事に驚きこそしたが、今は口を挟むべきではない。

 静かにやりとりを見守ることにした。


「そもそもな! あいつが来なけりゃこんなことにはなってない!」

「でも木幕さんは助けてくれただろ!」

「ちげぇよ! あのババアだよ!」


 今日一番に大きい声が響き渡った。

 それを聞いて全員が押し黙る。


 なにせその通りなのだから。

 数年前から計画としてこの土地を狙っていたレナ。

 完全に助けて貰った恩を仇で返す形となっているのは、誰から見ても明らかだった。


 あいつがこの村に来なければ。

 移民の受け入れをしなければ。

 そうは考えるが、それはもう変える事の出来ないものだ。


「ごめんなさい……ごめん……なさい……」


 静かになった暗闇に、小さくはあるがしっかりと聞こえる声があった。

 レミの声だ。


 レミが謝る必要などない。

 それどころか感謝される立場にいなければならないはずだ。

 レミは一人で行動を決意して、自分の意志で木幕についてきた。

 そして、捕らわれていた村人たちを数人ではあるが解放した勇気ある者。


 レミが居なければ、もっと被害は出ていただろうし、レミが行動して戦える村人たちを集めれなければ、この様に山賊を一掃することは出来なかっただろう。


 だがそれでも、レミは自分の肉親の代わりに謝っていた。


 人は先代の行いを随分と引っ張る傾向にある。

 あの親がああだったから、子供も同じだろう。

 今、他の村人たちはレミをそんな目で見ているに違いない。

 だがそれは明らかな偏見ではある。

 しかし子供に罪はない。


「……レミ殿よ。お主はよい子であるな」

「……! ぅ……ぅう……うああああ!」


 誰かにすがりたくて溜まらなかったのだろう。

 レミは木幕にすがりつき、腕の中でわんわんと泣いていた。


 泣けば去るものがある。

 泣けば何故か心が軽くなる物だ。

 その悲しさを、辛さを忘れるなとは言わないが、泣いて前を向けるのなら、思いっきり泣けば良い。


「お主は強い子だ。分別もつく。人のために謝れる。人を助けれる。最後まで諦めぬ強さがある。だが強き者でも涙するものだ。今は泣くが良い」


 もっと気の利いた言葉をかけれれば良いと思いはするが、凝り固まった性分ではこれが限界であった。


 泣きついたまま離れないレミをそのまま優しく抱き、顔だけを村人たちへと向ける。

 状況が状況なだけに、これ以上時間を潰すわけにはいかない。

 空気を読んでいないのは重々承知しているが、それよりもしなければならない事があった。


「皆の者、聞け。田畑は燃えたが、土は生きて居る。一年後、この地に戻ると良い。そして村を整備せよ。だが忘れるな。焼畑は三年から五年の歳月をかけて土を蘇らせる。故に一年後はまだ使えぬと思え」

「じゃあどうすれば?」

「新しく田畑を作るのだ。人集めは一年の猶予がある。それくらい容易かろう?」


 本当であれば五年は放置したいところだ。

 だが、家もある以上、長いことここを留守にしてしまう訳にもいかない。

 なので木幕は一年という短い時間を設けた。

 一年であればなんとかやりくりが出来るはずである。


 その時間でここに移住してくる者を探し、一年後にまた新しく開拓する。

 それが木幕の考えた策だった。


「それなら……多分大丈夫です! まだ開拓してない土地もあります。苗も持ってくるでしょうから、すぐにでも仕事が出来るでしょう!」

「合わせて二年間はこの地より畑の恩恵が受けれん。問題ないか?」


 ここの地を離れて一年。

 そして、種を植えて収穫する約一年間は、この土地で出来た農作物の収穫は見込めないと思って良いだろう。

 木幕が唯一気にしていたのはそこである。

 だが村人たちの反応は非常に軽いものだった。


「問題ありません! 無くなったら街に買いに行けば良いですし、森にも食べ物はありますので!」

「左様か。であれば、すぐにでも出立の用意をせよ! 明日には山賊がこの地へ来る! その前に出来るだけ遠くまで逃げるのだ! 一年後のこの約束を忘れるでないぞ!」

『おおおおー!!』


 木幕の後ろを着いてきていた者たちは非常に元気よく声を上げたが、未だに納得のいかない村人たちはやはり渋い顔をしたままであった。

 どうせもうどうにもならないのだから、素直になれば良い物だというのに。


「……ありがとう……ございいます……!」

「気にするな」


 今夜の幕締めは非常に長かったと感じながら、夜空に浮かぶ星を見るのだった。

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