第7章:エルフ王国 救出編

第204話 『その日、下準備をした』

 エルフの王国に、どこかの軍隊が攻め込んできている。どうか助けて欲しい。


 そんなカープ君の言葉を受け、部屋の人間は静まり返った。

 各々が頭の中で状況を飲み込み、次に打てる最良の一手を模索する中、私は別の事柄に悩まされていた。


 そう。エルフに攻め入った相手の事だ。


 今の時期に、エルフの国への襲撃ですって?

 エルフの国が攻められる事については歴史通りと言えばその通りなんだけど、いくらなんでも時期が早すぎる。あの国が他国から攻撃を受けるのはゲーム中でも、ゲームの過去でも両方で起きていた事だけど、でもそれは今ではなく秋とか冬とかだった筈。

 時期が早まった理由はどう考えてもシラユキちゃんだとは思うけど、要因は何かしら?


 邪竜や毒竜? それとも王国の蛆討伐? もしくは魔人や魔王軍が関わっている可能性も……。ううん、やっぱりエルフの国がどこから攻められているか次第で変わってくるわね。そこの核心たる情報が得られないと、答えは得られそうにないわ。


「シラユキさん……? やっぱり、こんな国の問題にまで貴女の力を頼って、お願いするのは失礼ですよね。ごめんなさい」

「ん? ああ違うのよカープ君。もちろん力を貸すわ。ただどこのどいつが馬鹿な真似をしでかしたのかと考えていただけよ」

「ああっ、ありがとうございます! シラユキさん!」

「「ありがとうございます!!」」


 襲われてる友好的な種族の国に救援するのは当然だけど、あそこは彼らにとっての真の故郷であると同時に、シラユキちゃんオススメスポットの『精霊の森』がある。あそこを穢させはしないわ。

 それに、大事なアリシアの故郷でもあるんだから!


「攻めて来てる連中に心当たりはある?」

「いえ、僕達にとってはあの村が世界の全てでした。ですので祖国の周辺となると、世情には疎くて……」

「……お主、カープと言ったな。些細な情報でも構わん。その村に駆けつけたと言う伝令は、何か言っておらなんだか? 例えばその連中が旗などを掲げていたなど」

「旗、ですか? 伝令の方も慌てた様子だったので詳しくは……。イースさん、伝令の方のお世話を任されていましたね。何か聞いていませんか?」

「そうですね……。あの者は、敵との交戦経験もあるようでした。その時、黒い鎧に赤い国章を見たと申しておりました。これが糸口になれば良いのですが……」


 ザナックさんが巨大な羊皮紙を持ってきて、テーブルに広げる。

 おお、世界地図だー!

 ……と言っても、この大陸の、だけど。


「エルフの国はここであったな。となると周辺国で赤い国章を持つとなれば……」


 陛下の指が、とある国家の上で止まる。


「領土拡大を狙う『新生ヴァルザンド帝国』。ここくらいしか思い浮かばんな」

「陛下、それってどんな国ですか?」

「「「へ、陛下!?」」」


 彼らは皆、この人が誰なのか分かっていなかったみたいで、慌てて膝をつく。まあ、騎士はノックもせずに入るし、私はのんびりしてるしで、謎の威厳あるおじさんにしか見えなかったのね。

 それを見て陛下は「良い」と手を払う。


「お主らはシラユキちゃんの客人だ。その上今は急を要する。礼式は省いて結構」

「そうよー。ある意味この人は私のお義父様でもあるのよ。だから怖がらなくて大丈夫よ」

「お義父様……! うむうむ、そうじゃのそうじゃの!」

「陛下、威厳が崩れてますよ」

「「「……」」」


 なんとも言えない視線が陛下に注がれる。私の前だと素が出ちゃうのよね。


「……うおっほん。さて、何の話じゃったかな」

「帝国の事教えてー」


 まあゲームで知ってるんだけどね。四方八方に喧嘩を売ってはトラブルを起こす問題児国家。そして戦争を吹っかける理由がまた酷くて、領土だったり食糧だったり資源だったり人財だったり。そういった自国にない物を他国が持っているのが気に入らないとかで、相手を攻め滅ぼして奪う事しか考えていない、イカれた国なのだ。

 そんな国、普通は周辺国が放ってはおかないんだけど、何故かその周辺国ではダンジョンのスタンピード頻度が異常に高かったり、強い魔物が現れたり、盗賊が跋扈したりと、色々と問題が起きたりするのよね。そして度重なる帝国からの侵略で疲弊していて、とてもじゃないが団結して誅伐する余力がないと言う。

 なんとも、誰かが裏で操ってる感じがビンビンに感じられるんだけど、ゲームでは未実装なのかそこまでは追求できなかった。


 そんな連中をぶっ潰したいと思うプレイヤーも沢山いたんだけど、プレイヤーが自発的に国をぶっ潰すような、大掛かりな戦闘行為は出来なかったのよね。

 ……でも、今なら出来ちゃうのよね?


 大義名分とかあるうちに、ある程度主戦力を潰しておいた方がいいかもしれないわね。まあ、まだこの国かどうかは確定していないし、決めつけは良くないけど。

 でも今回の事が無関係だったとしても、いつか潰すわ。


 理由は、気に入らないからよ。


「では彼の国に関する、ワシの耳に届いている情報を伝えよう」


 そして陛下から語られる内容が、やっぱり私の認識と大差は無かった。

 この王国と帝国とでは、複数の国家や山脈を跨ぐほどに距離があるんだけど、その悪逆非道な蛮名は知れ渡ってるみたいね。


「なるほど、よく分かりました。そんな連中は放っておけませんし、世界のためにも成敗します」

「うむ。我が国としても、領土や資源欲しさに他国を攻めるような行為は許し難いものだ。今までは遠い国の出来事であったため何も出来なかったが……。よし、ザナックよ。例の話、伝えても良いな?」

「ええ、陛下。彼女なら問題ないでしょう」


 2人の視線が私に向けられる。


「はぇ?」

「シラユキよ。お主には今より『特命全権大使』の称号を与える。これは『エルフェン王国』で活動する際、『エルドマキア王国』の代表として力を振るう事を許可するものである。お主の行動は全て、我が国が背負うものと心得よ」

「!! ……ありがたく、頂戴します」

「最初の任を告げる。『新生ヴァルザンド帝国』に脅かされている友好国の『エルフェン王国』に赴き、彼らの祖国を救うのだ!」

「お任せください」


 ビシッと答えたところで、フッと陛下が笑った。


「……なに、難しく考える必要はない。お主は今まで通り、望むがままに好きにすると良い。責任はワシがもつ。それだけの話だ」

「はい。感謝します、お義父様」

「うむ」


 私にそんな権限をくれるなんて……。期待されているし頑張らないと!


「それじゃ、お礼に今度、ランク10の武器をプレゼントするね」

「おお! 本当か? ならワシは槍が良いのう!」

「陛下、威厳が……」

「ふふっ」


 さーて、色々と準備しなきゃね!



◇◇◇◇◇◇◇◇



 私とアリシアは準備のために、一度アトリエに戻る事にした。カープ君達は大事な国民、そして友好国の危機を告げてくれたお客様として、疲れを癒すために休んでいてもらっている。

 彼らエルフの集落がある森は、一応エルドマキア王国の領土ではあるのだが、何代も前の王様がエルフェン王国と友好を結んだ事で、国民として住むことを認めたらしい。


 彼らとしては一刻も早く国の救援に回りたいところだと思うけど、そこはシラユキちゃんを信頼して我慢してもらう事となった。

 そして陛下には、各国への根回しの準備をしてもらう。まずシラユキちゃんが『特命全権大使』となったことの周知。それに加えて、『新生ヴァルザンド帝国』の蛮行の事実と、『エルドマキア王国』が『特命全権大使』を名代として制裁に動くことを宣言した。

 これにより王国は、正式に帝国と戦争状態になったのだった。


「お嬢様、私は何の準備をすれば良いでしょう」

「うーん、支援物資としての食糧とかは陛下が用意してくれるから、私達用の食事を数日分作ってくれてれば良いわ。軽食も、ゆっくり食べられるのも両方ね」

「承知しました。行くのは……お嬢様と私ですか?」

「ええ、そのつもりよ。いくら強くなったと言ってもあの子達に戦争はまだ早いもの」

「そうですね。相手が人間となれば、必要とする覚悟も別物ですから」

「うん。あ、せっかくだからアリシアには、暗黒魔法スキルの取得方法も伝えておくね」


 相手は、殺しても経験値の入らない人間だ。

 何も得られない戦いほど虚無感を感じる物はないし、せっかくだから何かしらの成果は得られないとやってられないもの。


「あ、はい。……神聖魔法と共存出来るのですか?」

「共存出来なきゃ、私みたいに8属性は操れないわよ?」

「それを言われるとそうなのですが……。あまりに正反対の魔法ですし……」

「まあ名前からくるイメージで言えばそうなるわよね」

「はい。それに、この魔法は存在自体が失われた技術ロストアーツです。不浄な存在として認識されている事が多く、この魔法を正しく理解している者はほとんどいないでしょう」

「そっか。ま、取得条件が条件だから仕方がないわね」

「……思えば、今までお嬢様は7種の属性に関しては必要とあれば誰にでも手解きをしておりましたが、この属性に関しては口を閉ざされておりましたね」

「まあこの属性は特殊だからね。使い勝手も普段使いとしてはそんなに良くないし、使えるものもあるけど限定的過ぎるラインナップだから……」

「お嬢様の信頼に応えられるよう、頑張ります」

「うん」


 アリシアに全力で頬擦りする。アリシアもそれに応じて抱きしめてくれた。

 えへへ。


「それじゃ、説明するね。まずは全身を魔力防御で覆いまーす」

「はい」

「次に生き物を100匹連続で殺しまーす」

「は、はい」

「そしてその最中、相手の返り血を全力で浴びまーす」

「!?」

「100匹分の血を浴び終えたら、魔力防御に張り付いた返り血から、生命に宿る魔力を集めまーす」

「ふむ……?」

「最後にその魔力を自身の魔力溜まりに取り込めば完了。その瞬間から、暗黒魔法スキルが1になるわ」

「イメージだけで扱える魔法ではないのですね」

「暗黒魔法は最初から使える7つとは異なって、職業のように試練があると考えてくれれば良いわ。試練を突破すればレベルが1になるのと同じ考えね」

「なるほど。そう言われると納得出来ますね。そしてその生き物と言うのは、動物でも魔物でも、人間でも……可能と言う事ですね?」

「ええ」

「……」


 アリシアが何か考え込む。

 ああ、アリシア。貴女の考えが手に取るようにわかるわ。貴女は私のためなら、手を汚す事なんてこれっぽっちも苦痛に思う事は無いのを知っているわ。今、貴女が懸念している事は……。


「アリシア。例え貴女の手が血に汚れても、その身が鮮血に染まっても、私は構わず貴女の手を取り、血みどろの唇にキスしてあげるわ。貴女が穢れたとしても、私が全て『浄化』してあげる。だから何も、心配することはないわ」

「……はい、お嬢様!」


 それからちょっと無理をして、スキル限界値ギリギリのレシピで便利アイテムを幾つか作成した。いくつかはマジックバッグへと収納し、その中の1つはそのまま指に、腕輪を2つ装着した。そして最後の1つはアトリエの一角に設置した。

 設置したソレが、正常に機能しているかの確認を済ませると、そのままアトリエを後にした。


「お嬢様、先ほどのは……」

「ふふ、今は内緒」


 そう言って部屋に戻ると、ナンバーズの連絡を受けた家族が部屋で待っていてくれた。


「聞いたわシラユキ。……エルフの国に、行っちゃうのね」

「ええ。しばらく学園を留守にするけど、私が離れても問題なく回せるように、手を出した事業は調整出来てるから、何も心配する必要はないわ」

「バカ、そっちの心配じゃないわよ!」

「うん、分かってる。ごめんね、ちょっとの間お別れだけど、もう二度と会えなくなるわけじゃないから」


 ソフィーと抱き合う。

 まだ王国内の膿は完全に除去し切れたわけでは無いけれど、それでも少なくともソフィーの周囲に関しては完璧だ。そして彼女自身も、もう出会ってすぐの頃とは格段に、腕前も心も、強くなっている。


「また、会えるよね」

「もちろん」

「約束よ」

「うん」

「……シラユキ姉様」


 次はアリスちゃんと抱き合う。

 彼女の周辺はまだ一部きな臭いけれど、彼女が表に出て活動を始めた事で、第二騎士団を始め多数の人を味方につける事に成功した。

 今すぐ彼女が害される心配は無くなったし、公爵家の配下とナンバーズの力添えもあって、安全度は徐々に上がりつつある。

 出会ったばかりの頃の彼女はもやしっ子というか、貧弱よわよわな子だったけれど、今はたくさん食べてたくさん学び、ダンジョンを駆け回るほど健康的になった。


「ご無事で」

「アリスちゃんもね」

「シラユキさん……」


 お次はココナちゃん。

 彼女も大きく成長した。最初はあがり症だった彼女も、今では成長したスキルと技を見事に使いこなして、魔法実技テストでは万年一位のシラユキちゃんに次ぐ3万点を叩き出した。次点のアリスちゃんでさえ1万8千点であることを鑑みても、その強さは本当に破格だ。

 彼女を獣人だからと言って蔑む輩は、もう現れないだろう。

 はぁー。しばらくこの尻尾ともお別れとなると寂しいわ。


「遠く離れても、ココナはシラユキさんの無事をお祈りしてるのです」

「ありがとう、ココナちゃん」

「……お姉ちゃん、いってらっしゃいなの」


 次はリリちゃん。

 正直言って、この子のことはまるで心配していない。

 しっかりしてるし、頭も良い。さらには初等部とは言え、Sクラスの子達を完全に支配している。実力的にも人柄的にもね。

 何なら1年生だけじゃなく、2年生も3年生も、リリちゃんが学園トップまである。この子の場合増長する心配もないし、本当に手の掛からない良い子だわ。

 そんな気持ちも込めてめいいっぱい撫で回す。


「えへへ、お姉ちゃんくすぐったいよぉ」

「ふふ、リリちゃんも研鑽がんばってね」

「うん! まずは『魔術士』は50を目指せば良いんだよね」

「ええ。でもレベルだけじゃなくて、スキルもちゃんと上げるのよ」

「うん!」


 そしてママを、何も言わずに抱きしめる。

 しばらくの間とは言え、ママに甘えられないのは辛い。アリシアがいるからまだマシだけど、今のうちに出来るだけ甘えておこう。

 それを思えば、先日の休養日は本当に助かったわね。アレがなかったら、栄養補給にもっと時間がかかっていたはずよ。多分1日ぐらい出発が遅れたんじゃないかしら。


「ママ……」

「いってらっしゃい、シラユキちゃん。辛くなってきたら、いつでも帰ってきて良いからね」

「うん。もう数日で帰ってきちゃうかもね!」

「……え? もうシラユキちゃんったら、こんな時まで冗談は……。え? 冗談、よね?」

「むん?」

「そうよね、エルフの国は幾つかの国や山脈、大森林を超えた先にあるって話なのよね。数日で行って戻ってくるなんて」

「何言ってるのママ。私は本気よ。やろうと思えば数日で戻って来れるわ」

「「「「「「ええっ!?」」」」」」


 家族全員の驚きの声が見事にハモる。もう、皆仲良しね。


「ちょっとシラユキ、それが本当かはさておき……私達は数ヶ月は戻らないものだと覚悟して見送るつもりだったのよ。なのにアンタは、数日で戻るつもりであんな表情をしていたの!?」

「当たり前じゃない。私が数ヶ月間もの間、皆から離れられるわけないでしょ。何言ってるの?」

「……それを言われると確かにその通りなんだけど、その表情はなんかムカつくわね」


 ソフィーがプクッと頬を膨らませる。拗ねてるソフィーカワイイ。ツンツン。


「むぅー」

「ふふふっ」

「確かに。寂しがり屋のお嬢様が、そんなに長い期間耐えられるとは思えません。私1人で支えられるか不安でしたが、数日となれば納得です」

「で、でもエルフの王国はとっても遠いのよ? シラユキちゃんはどうやって行き来するの?」

「んーとそうね、まずは帰りの手段を見せようかしら。皆ついて来て」


 そう言って私は、結局一度も使われることの無かった従者部屋の扉を開けた。


『皆、まだまだね。は、寂しさを埋めるためなら何だってするのよ』

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これからまた、隔日間隔で投稿予定です。7章もよろしくお願いします!

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