第179話 『その日、中級ダンジョンに乗り込んだ』

 剥き出しの岩が広がる長い洞窟。そんな場所に、大切な人の腕を抱きながら鼻歌混じりに姿を現したのは、最強カワイイ美少女のシラユキちゃん。そしてその従者のパーフェクトメイド、アリシア。


 現在私は、様々なアイテムを獲得出来る稼ぎ場、中級ダンジョンへと乗り込んでいた。


「ふんふんふ〜ん」

「ふふ。お嬢様、ご機嫌ですね」


 私の手を優しく握り返してくれるアリシア。そんな貴女もとっても嬉しそうね。もしかして、私が幸せそうだからアリシアも幸せな気分になるのかしら。

 もしそうだったら嬉しいな。


「はい、お嬢様のそんな笑顔を見ているだけで心が満たされます」


 やっぱりお見通しなのね。そんなこと言われて、嬉しくないわけないじゃない!


「えへへ。だって、待ちに待った中級ダンジョンに入れるんだもん! 本当なら学園に来た時……ううん、この王都に来た時からずーっと来たかったのよ。楽しみすぎてテンション上がっちゃうよー」

「ここまではしゃがれるとは。そんなに良いダンジョンなのですか?」

「ええ、そりゃもう……はっ!」


 危ない危ない。

 私、一応コレでもこの国に来たのが初めてのじゃなかったっけ? それをさも全部知っていますよと言うふうに振る舞うのは些か……。いえ、かなり不自然じゃないかしら?


「……お嬢様? 何をお悩みかは明確にわかりませんが、どのような事をご存じでも、私は気にしませんよ」

「アリシア……!」


 そっか、そうよね。アリシアを雇うにあたって参考にした給金は、この国の王城でお仕事するメイドさんや娼館だし、師事を乞うた人の別荘もこの国にあるんだもの。それを前提に彼女を雇ったと公然と説明していたし、何もおかしくはなかったわ。

 うーん、この辺の知識設定、割と行き当たりばったりだから、ちょっとガバガバというかなんというか……。ただまあ、私がこの国へ来たことがあるのは明白だったわね。

 ただ、ポルトから通ってきたルートは、全く通ったことがなかったと言うだけの話ね!


「それでお嬢様は、何を楽しみにされているのです?」

「そりゃもう、全部よ!」

「全部……ですか?」

「ええ。ここでしか手に入らない素材がわんさかとあるもの。このダンジョンが一般公開されていれば多少は店頭に並んだでしょうけど、学園生とそのOBしか入れないからね……。アリシアなら、このダンジョンに出没する魔物のリストはもう仕入れているでしょう?」

「全てではありませんが」

「それで十分よ。例えばこの周辺地域の生息種や、冒険者が入れる周辺ダンジョンでは、あまり見聞きしない魔物が存在する事が分かるんじゃないかしら」

「……確かに、遠方の地でしか噂を聞かないような魔物が、多様に現れるようですね。そして一般公開されていない理由ですが、ここに出没する魔物はどれもが物理攻撃に耐性を持ち、魔法の通りが良いとの話を聞きます。それが一般化されていない理由なのではないでしょうか?」


 まあアリシアの言う通り、この中級ダンジョンでは魔法を弱点とする魔物が多く出没する。でも、だからといって物理が通らないわけではなく、最低でもランク3の武器。ダメージを期待するならランク4以上の武器が必須となるだけだ。

 けどこの世界、魔法やレベルだけでなく、武器の性能も非常に低い。公爵令嬢のソフィーでさえ、自前の武器がランク4なのだ。皆が皆ソフィーと同程度の装備を用意出来るはずがなく、その為前衛が手を出せない悪循環に陥っているのだと思う。


 とりあえずその内容は必要だと判断し、アリシアに教えておく事にした。


「なるほど、そのような理由が……。それであれば私のこの短剣も、お役に立てそうですね」


 アリシアが感触を確かめるように、太ももに装着した『霊鉄のバゼラード』をメイド服の上から撫でた。

 元々のエッチな方のメイド服だとスリット全開だったから出し入れも簡単だっただろうけど、私の作ったメイド服は、あのように目立つスリットは無い。

 その代わり、隠しポケットを搭載しており、そこへ手を突っ込むと直接内側まで続く穴が空いているのだ。装備を取り出すことに使えるけど、その他にも用途がある。

 それは私が手を突っ込んで、アリシアにイタズラする時にも使えるWin -Winな機能なのだ! ふふん。


 ……ちなみに言ってないけど、ママの服にもその機能はある。多分使用してる本人も気付いていないかもしれない。

 ふふ、使う機会が来ると良いなぁ。


「ええ、頼りにしているわ。職業も『ローグ』のままでお願いね」

「承知致しました。『神官』のレベルは上げなくても大丈夫ですか?」

「ええ。今回はアリシアが中心となって暴れて貰おうと思ってるの。ここの連中相手なら『ローグ』も成長出来ると思うしね。そろそろアリシアも成長を実感したいでしょうし」

「感謝します、お嬢様」


 さて、私はどうしようかな。

 採取を主体に動くとしても、ついでに何らかの戦闘スキルを上げてしまいたい。主要な魔法スキルはレベル上限に到達しているから、武器スキルを何かしら成長させたいところよね。

 今カンストさせているのは格闘スキルと刀、それから片手剣ね。ママに倣って弓スキルが割と好きな方だし、上げたくもなるけれど……。今日は前に出てたい気分なのだ。となると。


「『風の魔法剣作成、モード:ランス』」


 周囲から風の力が集まり、緑の輝きと共に槍が生成される。

 多少加減したとは言え、魔法スキルから加味したところ、これの武器ランクは6から7といったところだろうか。まあ遊ぶにはちょうど良いわね。


「お嬢様の槍捌き、拝見させて頂きます」

「知ってるでしょうけど、まだスキルレベルが0なの。でも、すぐに見られる程度にはなるはずよ」

「ご謙遜を。お嬢様のお力と戦闘センスがあれば、スキルの数値など指標にすらなりません」


 んもう、アリシアったらベタ褒めするんだから。嬉しくてキスしちゃう!


「んっ。それじゃ、行きましょ!」

「はい、お嬢様」



◇◇◇◇◇◇◇◇



 ここ中級ダンジョンは、初心者ダンジョンのような一方通行&モンスター固定のようなシステムでは無い。

 まずマップは前半3種、中盤5種、後半10種類からなる複数のステージがランダムで選出され、魔物もステージに沿った種類の中からいくつもの組み合わせが用意されており、そのテーブルからランダムに選出される。

 例えばスライム、ゴブリン、ウルフからなるテーブルを『小型パターンA』とすると、運によっては序盤中盤終盤全て『小型パターンA』の『一本道マップ』が選ばれ、雑魚ばかりの中級とは思えない簡単ダンジョンに成り下がる事もあるし、運が悪ければ『大型パターンZ』と呼ばれるワイバーン、トレント、ゴーレムという上級に出てくる連中が顔を出し、マップも『大型迷路』タイプが選ばれることがある。


 また、マップと魔物には組み合わせ次第で出てこないパターンも存在するため、マップを見る事で出てくる魔物もある程度予測が出来るようになっている。

 例えば小型の洞窟タイプのマップだと特定の大型系は姿を現さないだとか。特定の魔力で満ちた空間なら、その属性の魔物が出やすいだとか。


 ちなみにこのランダム制度は中級だけじゃなく上級にも搭載されているが、あちらではそのパターンと組み合わせが桁違いに増す。中級ダンジョンは初心者ダンジョンと同じく壁は明るいが、上級となると薄暗いマップも存在して居るのだ。

 そして特徴的なこのシステムは、学園外の通常ダンジョンではまずあり得ない物だ。外のダンジョンではマップは不動だし、出現する魔物も多少のイレギュラーであったり、魔物の階層移動はあれど基本固定出現だ。

 これも、このダンジョンが一般公開されない要因の1つなのかも。攻略パターンや稼ぎが明確に確立出来ないダンジョンで生計を立てるなんて、難しいことこの上ないものね。


 そう考えながら、いつの間にか変化していたを進んでいると、アリシアが何か見つけたようで声を上げる。


「お嬢様、あちらの壁をご覧下さい。あそこに見えているのは、鉄鉱石……でしょうか?」


 アリシアが指し示した先。そこには拳大の大きさの鉄鉱石が露出していた。周囲の壁の色に紛れて見つけ辛いが、これでもアリシアは私と一緒に数十キロ単位の鉄鉱石を掘り出した経験がある。普通の人なら見逃すかもしれないそれも、アリシアにかかればマップ機能を利用せずとも見つけられるのだろう。


「ええ、そうよ。よく見つけたわね。流石アリシア」

「はい、ありがとうございますお嬢様。それにお嬢様が、学園ダンジョンにも鉱石があると仰っていましたので、その事前知識が無ければ見落としていたかもしれません」

「あー、確かに言ったような?」

「はい。リリもそれを楽しみにしていたようですし」

「あっ……。しまったなぁ、初心者ダンジョンには薬草類しかなくて鉱石は生成されないのよね。伝えておくべきだったかも」


 シラユキちゃん反省。


「問題ないでしょう。リリは確かに楽しみにはしていましたが、それよりもダンジョンで戦う事で得られる経験によって、自分が成長出来る事の方が比重が大きいはずですから」

「そうね、あの子は強くなる事に貪欲だものね」


 リリちゃん達、今頃頑張ってるかな。後衛職3人に中衛1人のアンバランスパーティ。盾役なしで戦うのは大変だし、ウルフは一歩間違えば怪我をしてしまう可能性もある。

 けど、ママが見守っていてくれさえすれば大きな問題にはならないと確信している。あの程度の敵なら、ママ1人で無双出来る程度には実力があるんだもの。

 それを改めて認識し直して、ママも少しは自信をつけてくれると嬉しいんだけど。


「お母様なら大丈夫かと」

「そうね。彼女達を信じて私達は出来る事をしましょうか」

「はい。それで鉱石は如何なさいますか?」

「今日はパス。急ぎ欲しい物でもないからね、まだまだ精錬した鉄の素材はあるし、また今度にしましょ。それとは逆に、薬草類やキノコ類は調合に必要だから、見かけたら軒並み回収する方向で」

「承知致しました。キノコ類の採取で注意点はございますか?」

「外なら菌糸には手出し出来ないけど、ダンジョンは無限に湧いて出るからその辺は気にしなくて良いのよね。菌糸も特殊な素材になるから、根こそぎ回収するわ」

「はいっ」


 そうしてお話ししながら進んでいると、マップに反応があった。しかし位置は、真っ直ぐ前に続く空洞ではなく……下方。

 地面の下から反応がある。

 中級になると出現モンスターの種類だけじゃなくて、こう言ったイヤらしい位置からの急襲を仕掛けてくる敵も出てくるのよね。まあでも、『探査』機能がないと気付けないわけではなく、ちゃんと他にも見つける方法はあるんだけど。


「お嬢様」

「アリシアは何だと思う?」

「はい。アント種か、モール種かと」

「そうね。足場が砂利道の時で、複数まとまって出現するのは、一般的にそいつらになるわね」


 そして正解はアント種の最下級『ロウエストアント』だろう。

 『紡ぎ手』のスキル『魔力視』は、魔法のお勉強だけに使えるものではない。世界を彩る魔力の流れを見ることが出来るのだ。であれば、ダンジョンという魔力で構成される世界の中で、意志を持って構築されている物体、魔物なんかのフォルムも地面越しに見えたりするのだ。

 まあ、ダンジョンは壁も地面も全て魔力で構成されているから、視界全部が発光していて非常に見えづらい。慣れていないと眩し過ぎて何も見えなかったりするのよね。


「最初の3匹は貰うわ」


 そう伝えると同時に前方へと飛び込み、砂利道から飛び出して来た最初の1体へと槍を突き刺す。突如脳天を貫かれたアントは、自身の最期を悟るとゆっくりと塵に変わっていくが、それを見届ける事なく横から襲いかかって来たアントを横薙ぎに斬り払う。


『ギィィィィ!』


 腹から真っ二つに割かれたアントは、青い液体をばら撒きながら断末魔の叫びを上げた。本来は耳を覆いたくなる絶叫に顔を顰めるところだが、これはアントが死に際に放ついやらしい常套テクの1つだ。

 耳を塞ぎ行動不能に陥った人間を、仲間が背後から襲い掛かるというものだが、来ると分かっていた私には効果がない。

 続けて背後に向けて石突をお見舞いする。

 すると予想通り、石突は背後に隠れていたアントの胴体を貫いていた。アントはしぶとく踠いていたが、忘れてはいけない。この槍はただの槍ではなく、風の力を圧縮したものなのだ。


「『解放』」


 そう唱えると、石突部分に秘められた風の力が溢れ出し、アントの体を内部から引き裂いた。


 こんな派手な戦い、ダンジョンでないと出来ないから楽しくて仕方がないわね。外でやると、素材ごとダメにしちゃうもの。あと体液まみれになる。


「お嬢様の戦い、お見事でした。スキルが0だとは到底思えません……!」


 風の力を収束し直し、槍の形状へと戻していると感極まったような表情で、アリシアがうっとりとした声を上げた。そんなアリシアの足元では、丁度アントが塵に変わって行っていた。


「まあ、今の戦いで5に上がっちゃったけどね。練度の高い戦いは、スキルを急成長させるから」

「魔法と同じと言う事ですね」

「そう言う事。さて、素材は何が出たかなっと」


**********

名前:アントの甲殻

説明:アント種が持つ甲殻。

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**********

名前:蟻酸(低品質)

説明:アント種が持つ酸性の体液。品質は低い。

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「まあ最下級だし、こんなものね」

「何かに使えますか?」

「無い事もないけど、これだけじゃお粗末な物しか作れないわね」

「そうですか……」

「気を落とさないで。さ、どんどん行きましょ!」

「はいっ!」


 そうして砂利道マップを進んで行くと、アント種の他にモール種、スコーピオンと出くわした。

 ドロップとしては以下。


**********

名前:スモールの鉤爪

説明:小型モグラの鉤爪。

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**********

名前:グラベルスコーピオンの甲殻

説明:黄色い砂利蠍の甲殻。テカテカしている。

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名前:グラベルスコーピオンの毒針

説明:砂利蠍の毒針。微弱ながらも毒を有しており、刺さると軽い麻痺状態に陥る。

**********


「うんまあ、ガラクタね。作れたとしてランク4の槍といったところかしら」

「それでも十分、このダンジョンでならば活躍できると思いますが……」

「それもそうね。それが一般的に作れるよう鍛治技術の普及もしなきゃだわ。やることが目白押しね」

「力不足ではありますが、このアリシア。お嬢様のためなら何だってお手伝いします」

「じゃあ、ギュッてハグしてー」

「はい」


 アリシアからハグしてくれる。えへ、幸せー。


「……あ、お嬢様。砂利地帯はここで終わりのようです。次は……草地の様ですね」


 アリシアが指差す先を見ると、そこには草地が広がっていた。そして壁も、幅5メートルから10メートルへと拡張されていた。


「砂地だと壁に鉱石はあっても、キノコや薬草とか、地面に生えてる物は何も無かったから、本番は次からの様ね」


 そしてこのフィールドを見る限り、次に待ち受けるのはどうやら、小型から大型まで、なんでも出てくるエリアの様だった。ふふ、楽しみね!


『変化のあるダンジョンって楽しいわね!』

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