第175話 『その日、クラスの仲間入りした』

「魔法書の作成が短縮されるなんて、まさに革命よね」


 学園長室を後にして、人のいない廊下を雑談しながらのんびりと進んで行く。


「お嬢様のもたらす知識は、どのような物であれ誰かの革命となるでしょうね」

「ありがと。私はそれよりも、アリシアの事がすんなり許可されたことが気になり過ぎて仕方がないわ」


 アリスちゃんと合わせて……という訳ではないんだけど、私がこれから教えていく知識はアリシアも知らないことの方が多い。アリシアを後回しにするのは嫌だし、2度も同じ事を説明するのは手間がかかる。

 というか優先順位をつけるなら、正直アリシアを優先したい気持ちの方が強いわ。

 なので、出来れば一緒に教えていきたいと思って、アリシアもクラスへの在籍をお願いしたんだけど……。あっさりと許可が出てしまったのだ。


「それはまあ、色々と理由があるのよ。これも、メイドを持っている貴族家だからこそ知っている話であって、シラユキはそうじゃないから知らないのも無理ないわ」

「それってどういう……」

「シ、シラユキ姉様。私、魔法書の事が気になります! どの様にすれば短縮に繋がるのでしょう?」


 慌てた様にアリスちゃんが、割って入ってきた。

 これって不都合な話題だったりするのかしら? まあそれはともかく。


「そう言えばアリスちゃんは、魔導具系の部活に入る予定なんだっけ」

「はい、覚えていて下さったのですね」

「そりゃ大事な妹だもの。当然よ」


 なら、同じ魔力を使った物作りだし、気になるかー。


「もう知識はある程度開示していくつもりだから、教えてあげても良いんだけど……。今から授業があるし、また今度ね」

「はい! 約束ですよ、シラユキ姉様。……あっ」


 笑顔だったアリスちゃんの表情に、翳りが映る。彼女の視線を追うと、そこはEクラスの教室がある辺りだった。

 自然と足が止まる。


「……アリスちゃんは、彼らをどうしたい?」

「どうしたいか、ですか?」

「ええ。大嫌いなら救わないし、嫌いなら最後の方に回すし、普通や無関心なら特別視せずに他と一緒に扱うわ」

「好きかどうかは聞かれないのですね」

「ええ。好きなら、アリスちゃんの方からもう言ってきてるはずだもの」

「……」


 アリスちゃんは教室のある方をじっと見つめている。きっと、あの場所や、初等部で過ごした日々を思い返しているのだろう。


「……好きかと問われると、分かりません。特別彼らに良くしてもらったわけでも、仲良くして下さった方がいたりもしませんでしたから。ですが、嫌なことをされたこともなければ、嫌いな人も居ませんでした。彼らもまた、私と同じく魔法社会から才能無しと烙印を押され、抗う術を持たない人達ですから……。ですが、そうですね。離れた今、改めて考えると多少の仲間意識はあったと思います。誰かが上級生や先生に無茶を言われても、協力して乗り越えてきましたから……」


 ああ、そう言えばアリスちゃんと初めて会った日。

 庇っていた子は、もしかしたら同じクラスの子だったのかも。そう考えると仲間を庇うために立ち上がったのね。


「ですから、その……。嫌いでは、ありません。少なくとも、彼らは私を王女として丁重に扱って下さっていた。そんな、気がしますから……ひゃっ」


 気恥ずかしそうに言うアリスちゃんを、ぎゅっと抱きしめる。


「アリスちゃんの気持ちはよーっく分かったわ!」


 私の言葉に同意する様に、2人も同じ様に頷いた。


「環境と準備が整ったら、優先的に彼らに魔法を教えることを約束するわ」

「えぇっ? い、良いのですか?」

「勿論良いに決まっているわ。来月の査定に間に合う様に色々と動かないとね!」


 月に1回行われると言うクラス査定まで残り半月ほど。本来であればアリスちゃんはこのルートで進級する予定だったのだ。それが元のクラスの子達も一緒になった。それだけの話ね!


「ところで、先輩連中っていうのは、私が処した中に全部いたかしら?」

「あ、えっと……はい。全員いたかと思います」

「そう? 良かったわ。アリスちゃんに初めて会った日に絡んでたやつ、本気でどうでも良すぎてもう顔がうろ覚えだったのよね。あの中に混ざっていたのなら良かったわ」

「本当に眼中になかったのですね……」

「じゃあさっき言っていた悪い教師連中はどこの誰かしら? これからはそいつらを目の敵にするわ」

「せ、先生をですか?」

「ノンノン。違うわアリスちゃん。学生達を無碍に扱うどころか人としても扱わないクズ連中に、先生という高尚な呼び名を使うのは勿体無いわ。あんなのが人生の先を生きてるなんて、認めてはダメよ。敬う必要すらないんだから、告げ口したって構わないわ。さあ言いなさい、さあさあ!」

「シラユキ、どうどう」


 目の前を水玉が弾け、虚を突かれると同時にソフィーに抱き止められた。


「落ち着きなさいな。気持ちはわかるけど、そんなに迫ったらアリスが落ち着かないでしょ」

「はぅ……」

「あら」


 改めて見ると、茹蛸みたいになったアリスちゃんが、煙を上げていた。キスの時もそうだったけど、アリスちゃん、私が顔を近づけると顔を赤らめちゃうのよね。お膝に抱えてる時はそうでも無いんだけど、顔を覗かれるのが苦手なのか、私の顔がカワイイ過ぎてドキドキしちゃうのか……。

 後者だと良いな!


「しょ、初等部の頃はそこまで扱いに大きな差を感じる事はありませんでした。ただ、初等部と高等部のEクラス両方に……の言葉を下さる方々が居て……」

「あの通称『激励員』の連中ね!? やっぱり励ますなんてのは建前で、変なこと言われてたんでしょ?」

「……」


 今度はソフィーの言葉にアリスちゃんが萎縮してしまう。

 でも、否定の言葉は口から出ないし、本当のことなんだろうな。


「ソフィー、そいつらって誰?」

「1人はあんたも知ってるわ。魔法科の教授であるシェパード先生よ」

「……?」


 誰だっけ?


「誰だっけ?」

「ああ、本当にどうでも良い相手は記憶から消し去られるのね。入学試験の時にフェリス姉様と一緒にいた人よ。あんたの魔法に驚いて逃げ出したっていう」

「ああー」


 いたわねそんなの。


「あの人、貴族至上主義だったから相当ショックだったみたいで、最近になってようやく部屋から出てこられたと思ったら、昨日のアレで今度は自我喪失したらしくて。治療院にいるらしいわ」

「あら大変ね。お見舞いに行ったほうがいいかしら?」

「トドメになるだけだから、やめておきなさい」


 思い出したわ。そういえばまだ、皆に土下座してもらっていないんだけど。でも、そこまでの事態になっているなら許してあげてもいいかな。まあそれは、であって、被害者である生徒達はまた別だけど。


「それにしてもソフィー、私と四六時中一緒にいるのに、どうやってそんなに情報を集めたの?」

「あら、もう忘れたの? これでも私、公爵家の娘なのよ。ナンバーズほどでは無いにしても、それなりの練度を持った部下を扱う術と権限は持ち合わせているわ」

「おおー!」

「今朝もお嬢様には気付かれない様、ツヴァイの影に隠れる様にしてソフィア様にお手紙を渡されていましたね」

「……流石アリシア姉様。気付いていらしたんですね」

「私も、その手の仕事はしてきた身ですから」


 ふわあ、なんかカッコイイ会話してる!

 こっそりと影に隠れて情報伝達。隠密系のお仕事ってカッコイイわよねー。そういう人たちへの憧れとかはやっぱりあるけど、私には向いていないわ。隠密する方も、情報を届けられる側でもね。

 こっそりと情報を渡してハイさよならなんて、私には耐えられない。どうせならその人とお喋りしたほうが楽しいもの。


「さ、シラユキ。この話題はここまでして、教室に入りましょ」

「あら、もうついちゃったのね。お喋りしてたらあっという間ね」

「本当ならお喋りせずに急いで向かう必要があるんだけどね……」

「学園長先生が許して下さってるんだからイイじゃ無い」


 そう言って教室へと入っていく。

 そう言えば、他の『激励員』の話は聞きそびれちゃったな。また別の機会に聞いてみようかな。



◇◇◇◇◇◇◇◇



 教室に入って早々、引き攣った笑顔を浮かべたモリスン先生が待ち構えていた。


「重役出勤だな。おはようシラユキ、ソフィアリンデ」

「おはようございます、先生。学園長からは遅くなる許可は貰ってると聞きましたが」

「はぁ、外での会話が丸聞こえだったぞ。お喋りしている余裕があるならもっと早く来れたのでは無いかね?」

「あら」

「あら。ではないぞ、まったく……」


 先生は盛大にため息を吐いた。


「まあ一限目は自習のつもりだったからな、良いとしよう。さて……」


 モリスン先生がアリスちゃんとアリシアを見る。


「やはり、今期で最初にメイドを教室にのは、お前が最初か」

「あれ、咎められないんですね」

「む? ……その様子だと、知らずに連れてきたのか?」

「と言うと?」

「……ソフィアリンデは何も伝えなかったのか」

「ええ、私からは何も」

「えー、なにー?」

「それは後で説明するわ。それよりもほら、今はこの子の紹介でしょ」


 そう言ってソフィーはアリスちゃんの背中を押した。何が何だかわからないけれど、確かにそうね。今は、アリスちゃんの自己紹介が先だわ!


「そうね! 皆、知っていると思うけど今日から新しい仲間がやって来たわ!」

「……ご紹介に預かりました、アリスティアです。シラユキ姉様が協力して下さった結果、今日から皆様と勉学を共にさせて頂く事となりました。皆様とは今後とも仲良くして行きたいと思っております。どうか、よろしくお願いします」


 アリスちゃんは普段浮かべない王女スマイルでにっこりと微笑んだ。若干緊張していたのかぎこちない部分はあったけど、それでもクラスの一部男子はあっさりと陥落し、女子達も見惚れていた。

 ああっ、王女スマイルのアリスちゃんもカワイイ……!

 カメラ、カメラさえあれば……! くぅ、手元にないのが悔やまれるわ。早く彼女達のカワイイ姿を写真に収めたい!!

 その為にも、早く中級ダンジョンに潜って素材を回収しなきゃ……!!


 そうして私が妄想に耽っている間に、ソフィーは私を連れて着座し、アリスちゃんはクラスメイト1人1人に握手をしながら挨拶をして回っていた。先生にも。律儀な子ね。

 ……あっ、グレン達には色々と感情のこもった目をしながら挨拶してる。あそこはまだ確執がありそうね。


 クラスメイト達の感触も良さそうだし、上手くやっていけそう。心配はなさそうね。

 そうしてアリスちゃんの挨拶回りが終わったところで、授業中だったことを思い出したのかモリスン先生は咳払いを入れた。


「おほん。さて、アリスティアの席だが……」

「はいはい! ここが空いてます!」


 シラユキちゃんの柔らかい脚をペチペチと叩くが、即座にアリスちゃんが首を振った。


「シラユキ姉様、授業は席に着いて受けるものです。そこには座りません」

「がーん」

「アリスティア、こちらにいらっしゃい」

「はい、ソフィア姉様」


 そして、まるで最初からそう取り決めていたかの様に、アリスちゃんは私とソフィーの間へとすっぽりと収まった。


「むぅ……」

「なんでもワガママが通ると思ったら大間違いよ。これで我慢しなさい」

「……はぁい」

「さて、お前達は自習の続きをする様に。分からないところがあれば、イシュミール先生に聞く様に。あとは……シラユキや彼女のメイドに聞けば答えてくれるだろう。さて、アリスティア。クラス変更の手続きがまだ追いついていなくてな。Eクラスの進捗状況の擦り合わせをしたいのだが、教えてもらえるか?」

「はい、勿論です先生」


 一応私も生徒なんだけど、しれっと副担任のような役割を押し付けられちゃった。まあ、面倒を見るのは好きだから良いけどさ。

 それに他人のメイドであるアリシアにしれっと仕事を振るなんて、普通やんないわよね。……もしかして、モリスン先生もアリシアのことを知っているのかしら? アリシアの活動、本当に手広くやっていたみたいだし、知っていてもおかしくない。

 ……というか直接教えられた生徒という可能性すら否定出来ないわね。


 アリシアは、その美貌と強さ、種族の補正も相まって、メイドという立場でありながら生徒達からの人気は非常に高いみたい。今も、いろんな子達から質問を受けて、丁寧に答えている。

 もしかしてあれが、アリシアがこの場所にいることを許可された理由……? でも、それ以外にもありそうな気もするのよね。


 あと、アリシアの人気はこのクラスだけじゃ無い様で、その知名度は私に次ぐほどの物らしく、昨日の決闘直後のアレもあり、私との相乗効果で人気が爆発した様だ。

 昨日、リリちゃん達からSOOの事を聞いた時にも、アリシア人気が凄すぎて、ファンクラブがいくつか発足されるかもしれないって話を聞いたんだもん。


 まあ、アリシアのカワイさを思えば当然の流れよね!


「シラユキさん、シラユキさん。ココナ、回復薬の作り方で教えて欲しい所があるのです」

「良いわよー。何が聞きたいのかしら」


 隣にいるココナちゃんがカワイらしく挙手をしておねだりをしてきた。私はそれに応える為に、全力で抱きしめてカワイがりながら、手取り足取り教えてあげるのだった。


「あう、シラユキさん、前が見えないのです」


 カワイイなぁ。なでなで。



◇◇◇◇◇◇◇◇



「それで、結局理由はなんだったの?」


 2時限目後の休憩時間。私はココナちゃんとアリスちゃんを

両手でカワイがりながら、気になっていたことをソフィーに聞いた。

 本当は自習の直後にでも聞きたかったんだけど、昨日の決闘の話だとか、決闘直後のキスの話だとか、皆からの質問攻めで聞く暇がなかったのよね。


「え、何の話? さっきから色んな話が飛び交ってて、どれの事を言ってるのか直ぐに浮かばないわ」

「ああ、ごめんね。アリシアの件よ。なんですぐ許可されたのかなって」

「! ……あ、あの、シラユキ姉様……」


 撫でられていたアリスちゃんが、様子を伺う様に頭を上げた。そんな彼女を安心させる様に優しく頭を撫でる。


「はうぅ……」

「ソフィー、教えて?」

「……シラユキはそういうの気にしなさそうだし、まあ良いでしょ。まず初等部の話になるけど、あっちではメイドや執事は歳が離れていても同じクラスで授業を受けているのは知っているわよね」

「ええ、ママやリリちゃんからもそう聞いているわ」

「……まるで生徒の様にみえるけど、本来はリーリエさんもその対象なんだけどね」

「ママはカワイイからセーフよ」

「……そ。とにかく、初等部では一緒に授業を受けるけど、高等部では教室を別にしているわ。中には、高等部からは連れてこない子もいるわね」

「ソフィーみたいに?」

「そうね。ここまでは良いわね?」

「うん」


 貴族の為の特別制度として、メイドや執事などの従者同伴が認められる初等部。同伴は許されるけど、教室は別々の高等部。


「なぜ分けているかは分かるかしら?」

「えっと……。アリシアがそうだった様に、従者の実力を見せて侮られない様にする為?」


 アリシアは従者クラスのトップで入試試験に合格した。なんなら座学なら私やアリスちゃんよりも上だったのだ。貴族連中が凄い従者を連れていると、力を見せびらかすにはちょうど良い媒体だと思う。


「それも無くはないけれど、それを理由としているのはごく少数ね。本当に自分の従者が一番だと思っていないと恥をかくだけだし、ましてや従者は自分と長年一緒にいた者を選ぶ事になるわ。自分の従者の実力は本人が一番知っているでしょうからね。それに、親から有能な従者を借りるわけにもいかないわ。親が持つ年長の従者は、親の仕事をサポートする必要があるんだもの」

「なるほどー」

「一番大きな理由は、まあ簡単よ」

「ふむ?」

「従者の主な仕事は主人の御世話よ。それを別部屋に分けてしまう理由は何か。それを思えば分かってくるわ」

「ふむー?」


 何だろ。


 ……恥ずかしい、とか?

 良い大人になってまで年がら年中お世話されっぱなしと言うのは情け無いとか思われるから、わざわざ分けてるとか……。いや、無いかな? でも、他にないしなー。


「……お嬢様、そのお考えであっていますよ」

「ほんと?」

「はい」

「そっかー」

「……ほんとに毎回思うけど、どうして2人はそんなに通じ合っているのか、一緒に生活を始めても本当に理解出来ないわね」

「羨ましい?」

「……ちょっとね。んんっ! それはともかく、シラユキも分かったようね。要はいつまでもお世話されっぱなしじゃ恥ずかしいから、わざと分けているのよ。でも、アリシア姉様も説明は受けたでしょうけど、従者達はそのクラスで授業を受ける必要はないの」

「はい。受けるも受けないも自由と聞きました」

「高等部まで付き添える従者は、それだけ優秀だからね。改めて授業を受ける必要はないわけ。それでアリシア姉様がこの教室に入る事を止められなかった話に戻るんだけど……」

「……邪魔しなければ、特に問題はないという事?」

「それもあるけど、どちらかと言えば主人側の体裁が問題ね。高等部に入れる年になってまで、付きっきりでお世話されていると恥ずかしい。そう考えている子達は少なくないの。そしてそれは周りからもそう見られるわけで」

「私が、お世話されなきゃ生きていけない子に思われるってことね?」

「そういう事」

「そっか。……でも何も間違ってないから、何も問題はないわね! 私、アリシアを愛しているもの。アリシアがいない生活なんて考えられないわ」


 私の言葉に黄色い歓声が飛び交った。


『マスターも私も、アリシアの事が大好きだもんね!』

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