第100話 『その日、紳士会話があったらしい』

 お庭で女子組がキャイキャイ騒いでいる時、執務室には四人の男達が集まっていた。

 その中で一番位の低い初老の執事は、主人と客人達の為に紅茶を提供する。


「……ふぅ、セバスの紅茶を飲むと落ち着くよ。今日は衝撃的な出来事がありすぎた」


 紅茶を飲んだルドルフ公爵は、こめかみを押さえながらソファに身を預けていた。


「左様でございますな。この後も立て込んでおりますゆえ、今はゆっくり身体を休めてください」

「そうしたいところだがな……。兄上にきちんと報告せねばならん以上、私も事態を正確に把握する必要がある」


 ルドルフ公爵が昔ながらの友人達に視線を投げかけると、豪胆さを人の形に押し留めたような男が、悲痛な表情で頭を下げた。


「ルドルフ様。此度の件、ギルドではまるで把握しきれておりませんでした。誠に申し訳ない」

「……構わん。今回の一件、私達が彼を盲目的に信頼し、野放しにしてきたツケでもある。それにレイには普段から、慣れないギルドの運営で苦労をかけているし、気に病む必要はない。それから、この場には私たち以外誰もいない。レイもグランも、昔のように呼んでくれ」

「……分かった。言い訳をさせて貰えるなら、確かに俺は西だけじゃなく四方全てを見る必要がある。流石に全部を注視するのは不可能に近いだろうな。だけどよ、奴の起こしてきた事件に関して、シラユキ以外では一度も情報が入ってこなかったのも問題だ。情報を収集する機関……盗賊ギルドの練度を上げる必要がある。ルード、協力してくれ」

「勿論だとも」


 二番目に立場の弱いグラッツマン子爵は、気安く話し始めた旧友達の姿を見て、一呼吸置いてから会話に参加する。


「まあそこは、レイが舵を切るには荷が重すぎるだろうから、スメリア婦人に助けてもらうと良い。噂には聞いていたけど、アリシア君はそういった活動経験もあるんだとか?」

「ああ、アイツとパーティーを組んだ時は『魔術士』だったが、『暗殺者』や最上位職の『ローグ』も使えると聞いた。アイツが王都にいる時は、それなりの頻度で依頼を頼んだもんだ」

「今はもう、頼めそうにもないだろうけどね。あんな仲睦まじい2人を離れ離れにさせようとしたら、絶対恨まれるよ。私は彼女達とある程度仲良くなれたとはいえ、そんな依頼は怖くて出来ないね」

「ふむ……。今回私が確認したいのもそこなのだ。シラユキお嬢さんの人間性が知りたい。……私もアリシアを雇ったことのある人間だ。共に過ごした期間でいえば、今の主人であるシラユキお嬢さんよりも長いだろう。しかし、ついぞ彼女の氷を溶かしてやる事は叶わなかった。期間を満了した以上、あとは娘達に託すつもりで居たのだが……」


 ルードの言葉を聞いたレイも、思い出したかのように詰めかけた。

 

「そうそれだ! アイツがエルフなのは周りも察していたが、見たかよあの柔らかい表情! アイツがアリシアだと気付くのに時間がかかったぜ。最初見た時はよく似たエルフだなと思ったもんだ」

「私は彼女の事は、遠目から見た程度だったからそれほど違和感を持っていなかったんだけれど、皆からは違って見えるんだね」

「アリシアと関わった人間は全員思うだろうさ。クク、あいつらの驚く顔が目に浮かぶぜ」


 レイはこの国の情報が一番集まる場所にいる。下手したら国の重鎮よりも情報を持っているかもしれない。今回は辛酸を舐めさせられたが、これからはその汚名を返上して行く事だろう。

 そんな彼が、王都でアリシアを雇った人間の事を知らないはずがない。彼は今、過去の雇い主を1人ずつ思い出し、思い浮かべているのだろう。先ほどから顔がニヤけている。


「話を戻すが、アリシアが幸せなのはいい事だとして、私としては彼女の主人がどういった人間なのかきちんと把握しておきたい。彼女の力の一端は先ほどの話で十分身に染みているつもりだが、彼女が今後この国と敵対するかどうか、私はそれを危惧している」

「おう、それは俺も気になってた。まさか俺相手でも腕っ節で太刀打ち出来ないとは思いもよらなかったぜ!」

「……レイ? まさかと思うが、もう手を出したのか!?」

「人聞きの悪い事言うなよルード! ただちょっと、娘達の友人だって言うから、そのな?」

「腕相撲を挑んでこっ酷く負けていましたね」

「ぐっ……」

「……ははは! 腕自慢のお前が腕相撲で負けたか! これは傑作だ、私も見てみたかった」


 ルードは盛大に笑い、釣られてセバスやグランも笑いを堪えていた。


「ふふ、私もあの場では笑いを堪えるのに必死でしたよ。シラユキ君からは心配されてしまったがね」

「ちっ」


 グランは咳払いを入れ、紅茶で喉を潤す。


「ふぅ。シラユキ君と知り合ってからまだ1週間程しか経っていないけど、それでも彼女の目的と人間性は把握しているつもりだよ」

「「目的?」」

「とても大それた目的でね。最初に聞いた時は耳を疑ったが、彼女の力を目の当たりにした以上、シラユキ君ならやり遂げてくれるだろうと期待してしまう。私は彼女の目的の為なら、支援は惜しまないつもりだ」


 ルードとレイは、お互い顔を見合わせた。


「グランが笑って言えるのであれば、悪い話ではないのだろうが……、それはどう言うモノなのだ?」

「勿体ぶるのもなんですし、ハッキリと言いましょう。貴族も平民も、分け隔てなく魔法が使える世界ですよ」

「「なっ!?」」


 2人が驚く中、本来なら衝撃を顔に出してはならない職業の男もまた、驚きを隠せずにいた。


「……グラッツマン様、それは、夢物語ではないのですか?」

「セバス……そうか、君の子供もそうだったね」

「はっ。ご歓談中割り込んでしまい申し訳ありません」

「構わないよ。……2人とも、この衝撃から戻るには時間がかかりそうだ。この手の話は、貴族にとってはとても根深い問題であるだけに、位が高いほど深刻だからね」

「……左様ですな」


 先に復活したのはレイだった。慌てたようにグランに詰めかける。


「グラン! と言う事はなんだ、俺でも魔法が使えるようになるってのか?」

「恐らく使えると思うけど、どうだろうね。レイはシラユキ君に嫌われてるみたいだし、土下座しながらお願いするしか道はないかもね」

「ぬぅ……! ならアリシアに……」

「シラユキ君が許していないのに、アリシア君が教えてくれると?」

「ぐぅ……」


 思考の海から戻り、もう1度紅茶を口に含んだルードは公爵の仮面を被り、グランを見た。


「グラン、冗談では無いのだな」

「ええ。彼女は本気ですし、私としても可能だと睨んでいる」

「そうか……。グランは何を根拠に可能だと?」

「色々あるけど……確信したのはアレだね。ルード、レイ。私の適性属性を覚えているかな」


 グランがニヤリと呟くと、2人は間の抜けた顔をしながら素直に答えた。


「グランは確か水と……」

「土だったな」

「そうだね。学生時代も、領主として仕事をしていた時も、その系統の魔法しか扱えなかった」

「一体何を……」

「『ファイアーボール』」

「「「!?」」」


 グランの手には、煌々と輝く炎の玉があった。


「……おい、お前炎の適性もあったのかよ!」

「……え、詠唱破棄。いや、それ以前に魔力も安定している。学生時代から使えたと言われても遜色ない完成度だ」

「グラッツマン様、お見事でございます。失礼ながら、確認をさせて頂いても構いませんか」

「君は疑うのが仕事だ。好きにしたまえ」

「はっ、では失礼して……」


 セバスがグランの腕や服、足先まで。隅々まで直接手に触れて確認をする。


「ルドルフ様、グラッツマン様の体の何処にも、魔道具らしきものは見つかりませんでした。紛れもなく魔法です」

「そうか……。グラン、それは今まで隠していた訳ではないのだな?」

「勿論だよ。もし学生時代に使えたら、ダンジョン内のキャンプであんなボヤ騒ぎ起こさないって」

「ははは、そんなこともあったな。あの時は入手した魔道具が不良品で、マジックテントが燃える事態になった。当時は大変な思いもしたが、今では良い思い出だ」

「あの時は死ぬかと思ったぜ……」

「何の得にもならない隠し芸の為に、命を懸けたりはしないよ」


 グランの言葉に、昔を懐かしんだ2人は笑みを浮かべた。


「それもそうだな……。それで、その魔法はいつ覚えたのだ?」

「3日ほど前に教えてもらい、その日のうちに魔法の習得をした。改めて宣言しましょうか。彼女は僕達が先祖代々紡いできたような不完全なモノではなく、完璧な魔法知識を有している。魔法を習得していようがいまいが関係なく、誰もが魔法を使用できると豪語し、そして適性属性なんてものも彼女の教えの前では存在しません」

「それほどまでか……」

「そして彼女は知識の供与を惜しみません。二姫の事をシラユキ君は気に入っていたようですし、これから彼女達の元へと戻る際には、何かしらの魔法技術が向上していることでしょう」

「そのための魔法学園への入学か。教師ではなく、生徒として……。だが、ただの平民では多方面からの圧力で潰されかねないな。確たる地位を彼女に与えておかなくては」


 ルードは席を立ち、自席に設置しているオーブ型の連絡用魔道具を起動させる。


『ザザ……』


『こちら赤を担当しておりますザナックです。……おや、これはこれはルドルフ様、如何なさいましたか』


 赤く輝くオーブから初老の男の姿が映し出され、深々と礼をした。

 

「至急兄上と会って欲しい人間がいる。そして私も同席したい。いま兄上はどちらに?」

『陛下でしたら……』


『ガタガタッ! ザザ、ザザー……』


 ザナックと名乗った男性の姿がブレ、肉体美を誇示するような格好の男が現れた。


『おお、ルードか! それに……』


 オーブに映し出された男は振り返り、レイやグランを見つける。


『レイにグランまで。何だ、同窓会か? ワシも交ぜてくれるのか?』

「兄上……」

『赤のオーブを使うから一大事だと思ったんだが……違うのか?』

「はぁ……同窓会の為に使うわけないでしょう。とても大事な事です。この話をどうするかで、国の今後が決まるかもしれません」

『……分かった、今から来い。ザナック、謁見の間での用事はあったか? もしあるなら全てキャンセルしろ』

『はっ』

「では兄上、昼食を取り次第、すぐに準備をして向かいます」

『うむ、もうそんな時間か。……ところで、フェリスフィアやソフィアリンデは来るかの? 最近会えなくておじちゃん寂しい……』

「またか……。もうすぐ高等部の入学式ですから、それまで我慢を……。いえ、安全のためにも連れて行きます」

『なんじゃ、あの子達がまた狙われておるのか! 何処のどいつじゃ!』

「それは会ったら話しますから!」

『ええい、気になる気になる!』


 国のトップを支配する兄弟が可愛らしい喧嘩をしていると、レイモンドがグランを肘でつつく。


「おいアレ、何とかしろよ」

「ええ……嫌ですよ面倒くさい」

「お前も知ってるだろ? アレが始まったら、いつまで経っても終わんねーぞ」

「……はぁ、仕方がありませんね。……陛下! 今から連れて行く子達もとびっきりの可愛い子ですから、抑えてください!」


 陛下と呼ばれた男が凄まじい形相で振り返る。


『な、なんじゃと!? どれくらい可愛いんじゃ?』

「私に言わせればニ姫に負けず劣らずの可愛さと美しさを兼ね備えております」

『ほう! ……してルードよ、どうなんじゃ?』

「私に振るんですか。……まあ確かに、とても可愛らしい子でしたよ。いえ、子達というべきですかね」

『ほほう! わかった、一刻も早く来るんじゃぞ!』

「娘達も正装に着替える必要が」


『ブツッ』


「……」


 ルードが説明している途中で通信は切れてしまった。


「ハハッ、陛下も相変わらずですね」

「オフの時はいつになっても変わらないよ。全く」

「そんじゃ、ちゃっちゃと伝えに行こうぜ。飯もそうだが、女の化粧は長いからな」

「それもそうだ」

「それ、本人達の前では言わないほうがいいよレイ。またぶっ飛ばされるだろうから」


 昔ながらの旧友達は、和気藹々と応接間へと戻っていった。



◇◇◇◇◇◇◇◇



「あ、お父様! 聞いて聞いて!」


 公爵様が戻ってきた事を知ったソフィーは、まるで子犬のように駆け寄って行った。


「どうしたんだいソフィア」

「シラユキに魔法を教えてもらったの! そうしたらね!」

「ソフィア、はしたないですよ」

「そう言うお姉様だって、ソワソワしてるじゃないですか」

「そ、そうかしら……」

「ハハハ。それで2人共、何を教えてもらったんだい?」

「えっとその、色々あるんだけど……。ああっ、何から言おう」


 ソフィーは、テンパリすぎて軽く混乱し始めたようだった。仕方ない、助け舟を出してあげますか。


「ソフィー、説明するよりも見てもらったほうが早いわ」

「あ、それもそうね! お父様、見ててね。……『ウィンドランス』!」

「ではわたくしも。『アイスランス』」


 それぞれの頭上に風と氷の槍が生成される。ソフィーは少し、発動させるのには『溜め』が必要みたいだけど、フェリス先輩は必要ないみたいね。

 流石にスキル44ともあれば、それくらいはすぐに出来るようになる、か。


「おお……。詠唱破棄! それに形も綺麗だし、魔力も安定している。頑張ったな2人とも!」

「えへへ」

「ありがとうございます、お父様」


 娘2人の成長を喜び、褒めてカワイがる公爵様。

 ううん、ダンディーだし、娘の事を溺愛していそうだし、すごく甘やかしてくれそうなのよね。そりゃこんなにカワイイ娘が2人も居て、片方に死に別れされたら悔しくて一気に老ける訳ね。

 あー、私もこんな人が欲しかったなぁ。ママはママで十分事足りているけど、パパ枠は空いてるのよね。お願いしたらパパになってくれたりしないかなぁ。


 魔法を消して見せてドヤ顔をするソフィー達親娘を、私はぼんやりと眺めるのだった。


『私にとってのパパはマスターなんだけどなぁ』

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