第083話 『その日、集落を後にした』

 カープ君の修行は、彼だけでなく私にとっても有益な時間となった。特に雷。

 やっぱりというか、普通は雷の魔法を見聞きしただけでは、そう簡単に原理の理解や存在の認識、果ては分析に至るまで。とっても難しいということがわかった。


 ひと目見ただけで雷の特性を理解して、勘違いだったけど再現してみせたリリちゃんは天才だったんだろう。

 実際うちの妹は天才ですけど!


 人によっては異常と見られるかもだけど、魔法に対する理解力と親和性が疎まれるような世界じゃないし、そこは大丈夫でしょう。


 ともかく、炎の魔法はカープ君もすぐに理解した様子ですぐに形に出来た。けど、雷は難航した。そこに彼の焦りや、私自身の焦りもあったかも知れない。

 お世話隊に断りを入れて、『烈風の翠玉』を解除してまでカープ君の修業に専念した。

 2人して、あーでもないこーでもないと対策を練った。


 その結果、言葉や視覚の情報だけではラチがあかないと判断し、物理的な意味でのショック療法を行うことにした。文字通り体で覚えてもらうために、直接彼に雷魔法を使ったのだ。

 勿論怪我をさせないように気を付けたけど、体を痙攣させて思うように動けないカープ君は、その……。うん。


 でへ。


「お嬢様、どうされましたか?」

「ひゃん!」


 思い出し笑いを……正確には笑顔の意味が違うけど。そんな顔を浮かべている時に肩を掴まれた。

 んもう、びっくりするじゃない。


「も、申し訳ありません」

「い、いいのよ、気にしないで……。それよりどうだった? 精霊ちゃん達は」


 そう言うとアリシアは先ほどのことを思い出したのか瞳を輝かせた。


「はいっ、感無量でした!」


 うん、なんとか誤魔化せたかな!

 さっきまでのアリシア、表情筋デロデロだったもんねぇ。


 私達は今、数日前にエルフの集落にお泊まりさせてもらった時に使わせてもらった、神樹の外壁ハウスにいる。正直1人では持て余していたし、4人で使うくらいが丁度良いわ。

 イングリットちゃんは長老とお話をするからってことで、長老の家にお泊まりするんだとか。あのふわふわしていそうなボディを抱き枕にしたかったのに、残念だわ。


 現在、家族とまったりした時間を満喫中だけど、先ほどまでの夢心地な空間のインパクトが強すぎたのね。アリシアだけじゃなく、リリちゃんやママも先ほどまでのファンシー空間から、まだ覚めていないみたい。そんな顔をしているわ。



◇◇◇◇◇◇◇◇



 ――1時間前。


 夕食の宴の後、休憩もそこそこに、リリちゃんに水魔法を教えてあげた。

 弟弟子でもあるカープ君にはもう3属性を教えて使えるようになったんだし、姉弟子のリリちゃんにも3つ目を教えてあげたかったんだもん。


 教えていて改めて思ったけど、リリちゃんは魔法のセンスがすごい。事も無げに水魔法を行使してみせた。3人で全力で褒めてあげたわ。

 うちの妹は天才カワイイ!


 そうしてリリちゃんも水魔法に慣れた頃、準備が出来たと思い『生命の蒼玉』を出現させた。目的は勿論、精霊達を呼び寄せるためだ。

 出した瞬間、待ってましたと言わんばかりに4体の精霊達が壁をすり抜けてやってきた。初めて見た時もいつの間にか家の中にいたし、この家自体が神樹の一部だもんね。そりゃすり抜けてくるよね。


『~~~』

『~~!』


 家族が突然の訪問に驚く中、楽し気に『生命の蒼玉』周辺を飛び交う精霊達の、食事の説明をする。

 そして各々で魔力を込めた『ウォーターボール』を作ってもらい、それを使って精霊達との触れ合いタイムへと持ち込んだ。


 4体の精霊達はそれぞれが気に入った魔力水のもとへと飛んでいった。

 精霊達には個体差がある。それは見た目の話だけではなく、それぞれが好きな魔力の波長も存在するのだ。

 私の魔力水に人気があるのは、ただ込められた魔力が濃厚だからだ。


 自然に溢れている普段取り込む魔力が、調味料一切なしの自然のままの半煮えスープと仮定するならば、私の作った魔法は、調味料やダシをたっぷり使ってじっくりコトコト煮込んだスープのようなものだ。

 どちらに軍配が上がるかは言うまでもないだろう。


 ただ、私の魔法はただひたすらに濃厚だけど、それが全員にとって最高に美味しいものとは限らない。なのである程度の魔力さえ籠められていれば、あとは好みの問題があったりする。

 なので精霊たちは喧嘩することなく、アリシア、ママ、リリちゃん。それぞれに1体ずつ精霊が分かれていき、それぞれの魔力水を美味しそうに飲んでいた。


 前回ここで飲ませてあげたときもそうだったけど、手のひらにちょこんと座り込んでいるこの精霊ちゃん。私との相性が最高に良いのでしょうね。ゆっくり両手で抱きしめるように魔力を飲んでいるし、飲み終わった後も私から離れようとしないわ。


 ああ、この子を連れて帰りたい……。ゲーム時代はお風呂とかなかったけど、この子も洗えたりするのかしら。

 洗いたい……! 徹底的にカワイがりしたい!

 ぐぬぬ……!


 家族と精霊達との交流は、あまりの微笑ましさに写真に収めたくて仕方がなかった。ああ、早く錬金術用の釜が欲しい……!



◇◇◇◇◇◇◇◇



「精霊達はとても幻想的でありながら、自由なその姿はまさに無邪気な子供のようで……。その、大変可愛らしかったです」

「今のアリシアも最高にカワイイわ」


 頬を撫でると、精霊ちゃんのように手を抱いてすりすり甘えてきた。

 アリシアも精霊と戯れる事が出来て満足そうだわ。貴重な、アリシアの夢見る乙女顔も見れたし、サプライズとしてはバッチリね。


「精霊様かわいかったの!」

「そうね、子供時代に聞かせてもらった童話を思い出したわ」


 童話かぁ。やっぱりそういうのもあるのね。


「シラユキちゃん、貴重な体験をありがとう」

「お嬢様、ありがとうございます」

「お姉ちゃん、ありがとう!」

「ふふ、喜んでもらえて何よりだわ」

「でも……」


 リリちゃんはキョロキョロとして不思議そうな顔をした。


「精霊様、いつの間にかいなくなってたの」


 そうね、精霊ちゃんは神出鬼没だものね。


「彼女たちは自由気ままな存在だから、気付いたらいないっていうのはよくあることなのよ。逆もそうね。……ただ、1人だけまだここにいるけどね」


 私の頭を指さす。直接は見れないが、部屋の中にある姿見にはしっかりと、私の頭をベッドにすやすやと眠る精霊ちゃんが映っていた。ぐうかわ。


「ほんとなの! 気持ち良さそうなの!」

「リリ、騒がしくしちゃだめよ、起こしちゃうわ」


 リリちゃんは慌てて口元を押さえた。ふふ、カワイイ。


「大丈夫よ。本気で眠るつもりなら、彼女たちのベッドでもあり家でもある神樹に戻るわ。これは人間で言うところの、美味しい物を沢山食べて、ゴロゴロしちゃうときのアレよ。気にしないで良いわ」


 鏡越しに映る精霊ちゃんの頭を撫でてあげると、幸せそうな感情が伝わってきた。

 ……本気で持って帰ろうかしら。


「そうなんだー」

「そうですね、この子も気付いたら居なくなっている事でしょう」


 もしこの子が、明日になっても私のそばから離れなければ、連れて帰ろう。よし、そうしよう。


「あの、お嬢様。お願いがあるのですが……」

「うん? なあに?」

「お昼ごろ、子供たちに魔法を教えていたのを遠目で見ました。良ければ、私にも見せてほしいです」


 アリシア曰く、子供達に教えていた『烈風の翠玉』を自分も参考にしたいらしい。

 そういえばアリシアにはまだ、風魔法のレクチャーはしていなかったわね。


「でも流石に、この場で真似るのは危ないわ。だから今回は見せるだけね」

「はい、ありがとうございます」

「お姉ちゃん、リリもリリも!」

「リリちゃんは雷ね? ママはどうする?」

「ママも良いの? それじゃ、改めて炎の勉強がしたいわ」

「いいよー。たくさん勉強してね」


 アリシアの正面に『烈風の翠玉』を。

 リリちゃんの正面に『雷鳴の菫玉きんぎょく』を。

 ママの正面に『灼熱の紅玉』を。

 それぞれ出現させる。


 そういえばママも、最初に炎を教えて以降、あまり役立つ場面が無かったのよね。むしろ最初の属性であった水や、途中で教えた土の方が上昇具合も高くて、今では炎のスキルが一番低いんだとか。

 食事の時にお肉を軽く炙るときとかには使ってるみたいだけど……。うん、ママには頑張ってほしいわ。氷に関してはまだ概要しか教えてないから、まだスキルレベルの上昇には至れていないし、炎が10になったら、氷のレクチャーを本格的にしましょうか。


 皆がそれぞれの魔法を凝視している間、私は何しようかなぁ。

 ……そうだ、カープ君にお守りを作ってあげなきゃだわ。それとアリシアが持ってきてくれた、私たちに似合う翠鉛鉱も、土魔法と風魔法の合わせ技で研磨して、ネックレスにしちゃおう。


 正直、3属性の高威力魔法を維持しながら、その場から離れたり加工用の『灼熱の紅玉』を出すような余裕はない。けど、穴を開けたり形を整えたりするくらいのことなら出来る。

 さあて、ちゃちゃっと加工しちゃいますか!



◇◇◇◇◇◇◇◇



「はい、第十九回、1日の総括を始めるわよ」

「あの、シラユキさん? 不機嫌でいらっしゃる?」

「ええ、それなりに」


 ……何の件だろう。今日あった事で怒らせるような事……。


「精霊ちゃん、無理にでも持って帰ったほうがよかった?」

「そこじゃないわ。確かにあれだけ相性も良くて懐かれてたら、お持ち帰りしたいところだけど!」


 だよね。あれだけ相性が良いのは結構珍しい。『精霊使い』になる上で一番求められるのは、精霊と主人とのコンビネーションだし。

 でもこの集落のことを考えれば、我慢せざるを得ない……!


 あの子は結局、ネックレスの加工が終わったときには見えなくなっていた。もしかしたら、何か話しかけてきてくれていたのかもしれないけど、私は作業に夢中になってしまっていたし、内なる欲望シラユキも見ていなかったらしい。


 ……それじゃあなんだろう?


「私が怒ってるのは、マスターが不甲斐ないってところよ!」


 バン! とどこからともなく呼び出されたテーブルをシラユキが叩く。憤慨するシラユキもカワイイ。


「マスター、ちゃんと聞いてるの?」

「は、はい!」

「マスターったら、最近情緒が不安定すぎるわ。泣く事に関しては一度盛大にやらかしたから、我慢も出来るようになったみたいだけど、怒りの感情は全く制御出来ていないわよ」


 確かにその通りだ。

 今朝のこともそうだし、昨日のことも……。昨日シラユキに注意するようにと怒られたばかりなので、気を付けねばと思った矢先のアレだもんな。

 そりゃ怒る。舌の根も乾ききっていないのにって、俺だって怒……るかはさておき、注意はすると思う。


 しかし◆◆かぁ。ゲーム時代の最初期は頻繁に罵倒として言われたな。むしろ懐かしいまであるわ。

 正直聞き飽きた単語だけど、なんであんなにブチギレしたんだろ。俺では、思い出しても全く気にならないってのに。

 ……ん? キス魔もそうだったけど、怒りっぽいのもシラユキに引き摺られたからじゃ……。


「……」

「あのー、シラユキさん?」

「……えっと、そう、かも。そうかもしれないわ」


 だんだんとシラユキが落ち込んでいく。思い当たる節があったんだろうけど……カワイイなぁ。


「◆◆なんて罵倒文句、世界一カワイく魅せるために振る舞い始めた当初は、見る目のない連中からは頻繁に飛んできていた野次の内の1つなんだよね。カワイさが浸透してからはそういった声は聞こえなくなったけど」


 たぶん護衛騎士のハルトが遮ってくれていたのもあるんだろうけど。あいつも、俺に負けず劣らずの過保護だったし。……いや、俺の方が過保護だわ。あいつにはやらん。

 その話を聞いたシラユキが顔を上げる。その目は潤み、今にも涙が溢れそうだった。


 ぐおっ!?


「ごめんなさい、マスター。私が悪かったのに、私のせいだったのに、マスターを悪者扱いしちゃった。制御して我慢しなきゃいけないのは私の方だったわ、ごめ――」

「許した!」


 更に言葉を続けようとするシラユキを遮るように言い放つ。

 涙目+上目遣いのシラユキが滅茶苦茶カワイかったから、許した。めっちゃ許した。


「ゆ、許しちゃダメでしょ! 私が我慢しなきゃマスターに迷惑掛かるんだからっ!」

「でも許した」

「見境なく怒ったら家族にも手を出しかねないのよ」

「ぬ。……あー」


 シラユキは心底呆れたようにため息をついた。


「ほんと、マスターってば私に甘々よね」

「だって」

「だってじゃないわ、全く。何で私がまた叱る側なのよ」

「と言っても、あれがシラユキの感情だとしても、最後の防波堤として制御しなきゃいけないのは、結局俺だしなぁ」

「そうだけど! でもダメよ。私も我慢を覚えなきゃいけないわ」


 シラユキにはのびのびと育ってほしいけど。

 欲望に忠実なのも、感情制御が不完全なのも、生まれて間もない事を考えれば普通のことなんだけどなぁ。最初から言葉を理解出来ている分、罵倒がストレートにぶっ刺さるのが問題なわけで。

 どうしたものかな。


「どうもこうもしないわ。大丈夫よマスター、気合で頑張るから」


 圧倒的なまでのノープラン。この筋肉思考は誰に似たんだ。


「マスターしかいないじゃない」

「俺ここまで行き当たりばったりだっけ? いや、否定は出来ない部分はあるけどさ」


 その日は結局解決策に関しては平行線で、気合で頑張るという結論で落ち着いてしまった。これは時間をかけてでも、この議題は詰めていくしかないな。



◇◇◇◇◇◇◇◇



 翌朝、出来上がった勾玉状のアクセサリーをカープ君にプレゼントする。

 家族の翠鉛鉱はそれなりに大きかったので、つるはしに彫り込んだのと同じ花弁の立体版を作った。

 けどカープ君の翠鉛鉱はお世辞にも大きいとは言えないサイズだったので、勾玉くらいしか選択肢が浮かばなかった。ごめんね! それでも効果としては十分だと思う。


********

名前:翠鉛の勾玉

説明:装備者の魔力に呼応し、魔力を増幅させる勾玉。宝石としての価値も損なわれておらず、装備者の美しさにも磨きが掛かる。

装備条件:エルフ

効果:CHR+20、魔法威力を1.2倍にする。

********


「綺麗ですね……。でも良いのでしょうか、僕はシラユキ様に何もお返し出来ていないのに」

「良いのよ。私がやりたいようにやってるんだから。それにお礼も、いつかまた出会った時に成長してくれた姿を見せてくれたら、それで十分よ」

「……はい、必ず!」


 カープ君と熱い抱擁を交わし、リーズちゃん達お世話隊や、イースちゃん達ともそれぞれハグをしてお別れの言葉を告げる。


「お嬢様、準備完了です」


 アリシアがマジックバッグを軽く叩く。今回の報酬に関してはアリシアに完全に一任した。

 翠鉛鉱に関しては無尽蔵に取れそうだから30キロほど貰ってきたけど、果実に関してはどれだけもらって良いのかよくわからなかったのよね。

 その辺りの計算はアリシアの方が詳しいだろうし、丸投げした。アリシアなら少なからず多からず、適量ラインを見定めて交渉してくれるだろうし、長老達の顔も満足げだ。任せて正解だったわね。


「それじゃあ皆、またねー」

『いってらっしゃいませ、シラユキ様!!』


 大きく手を振って、エルフ達に別れを告げる。

 正史では滅んだ集落をまた1つ助けた。彼らが今後絶望に呑まれるかどうかは分からない。けれど、彼らの守りも、次世代の戦う力も伸ばした。あとは彼ら次第ね。

 長老や子供達には、魔法の扱い方はこの集落に留める必要はないと伝えてある。きっと彼らなりの解釈を持って、どんどん発展して行く事だろう。

 また遊びにくる時が楽しみだ。


『精霊ちゃん達、見送りに来てくれなかったなぁ……』

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