第027話 『その日、アリシアは理解した』

 アリシアは理解した。目の前にいる人物は、自分の想像を遥かに超えた人物であると。プレートに表示されているのは、無数に表示された未知の職業。自分が知っている職業も勿論あるが、大半が名前すら知らないか、伝説で語られたような職業だった。

 その中でも特に目を見張るのは、その圧倒的なまでの総戦闘力に対し、あまりにも低過ぎるレベルだ。レベルと総戦闘力が明らかに釣り合っていない。この人がこの先成長すれば、一体どうなってしまうのか……。自然と震えだした身体を、『ギュッ』と抱きしめた。


「お嬢様は、とてもお強いのですね。……私、感服致しました。こと戦闘に関しては、私の出る幕はありませんね。……いえ、むしろ足手まといになってしまいますね」


 未来の主人の為、様々な職業を育て上げてきたが……私ではこの御方のお役には立てないかもしれない。あまりにも実力が違い過ぎる。

 そんな思いが届いたのだろうか、お嬢様は優しく微笑んだ。


「もう、そんな顔しないの。アリシアは一般人の中では十分に強いわ。それに私、自分だけじゃなく、他の子を育てるのも好きなのよ」

「育てる、ですか?」

「ええ。貴女の身にもしもがあったら嫌だもの。そうならないために私も頑張るけれど、どうせなら貴女には隣に立って一緒に戦ってほしいわ。貴女ならもっと強くなれる。……それとも、アリシアは安全な家で私の帰りを待つ側に回りたいかしら」


 私は、未来の主人を守るための力を手にしようと、努力を積み重ねてきた。しかしそれが叶わなかったからと言って、諦めてただのメイドとして仕える……? 冗談じゃない!

 しかし、私の今までの努力では、何百年経っても追いつける気がしない。……この御方がその道を示してくれるというのなら、願ったりだ。

 それに先ほど誓ったばかりではないか。この御方のそばに居続けると。この御方に失望されたくない!


「……いいえ! 許されるのであれば、お嬢様のそばで共にありたいです。どんなに厳しくしていただいても構いません! この未熟なメイドに、ご指導ご鞭撻、どうか宜しくお願いします!」

「そう、嬉しいわ。なら早速……、と言いたいところだけれど。今ね、女の子に魔法を教えているの。そこで一緒にやりましょ」

「はい!」



◇◇◇◇◇◇◇◇



 ギルドへと向かって歩いていると、いくつもの好奇の視線を受けた。すれ違ったものは振り返り、通行人は足を止め、露天商は呼び込みも忘れこちらを眺めている。

 『白の乙女』に輝く銀の髪。最高にカワイイ私に加え、その隣には金糸のような髪。色気溢れるメイド服を身に纏った美しいエルフ。私たちが注目を集めるのは必然だった。


 しかし、今目立っているのは果たしてどちらだろうか。なんだか私、この街でもう噂になってるみたいだから私が見られているのか? それとも属性てんこ盛りのアリシアか。

 アリシアだったら悔しいけど、そもそもエルフが人間の街にいること自体が珍しい事だし、美人だし、メイドだし、服エロエロだし。……今はまだ、私が見られないのは仕方ないのかもしれないわね。


 多種多様な視線を受けながら、冒険者ギルドに辿り着くと、なにやら賑わっていた。それもクエストボードの前が特に。話を聞いてみようと視線を動かすと、リリちゃんとリリちゃんママがいた。2人揃うと、本当に姉妹にしか見えない。

 カワイイ成分はアリシアで補給したけど、リリちゃんは別腹だ!


「リリちゃーん!」

「あ、お姉ちゃーん!」


『ひしっ』と抱きしめた。『スリスリ』する。『なでなで』する。


「リリちゃん、会いたかったよー!」

「リリもだよ! あのね、お姉ちゃん、リリね、魔法使いになれたよ!」

「おめでとう、頑張ったわね! んちゅっ」


 ほっぺにキスする。あぁ、カワイイカワイイ!


「えへへ」

「あらあら、仲がいいんですね。シラユキさん、お帰りなさい。買い物はお済ですか?」

「ええ、リーリエさん。とってもいい子が家族になったわ」


 アリシアを手招きする。


「はじめまして。本日よりお嬢様のメイド兼、家族になりましたアリシアと申します。お見知りおきを」

「まぁ、これは御丁寧に。わたしはリーリエと申します。こちらは娘のリリです」

「リリだよ! わっ、お姉さんすごくキレイ!」


 リリちゃんの声に周囲の人たちが視線をアリシアに向け、顔から胸に視線が行った後、もう一度顔に行った。正確には耳だろうか。

 集団で二度見するとは、面白い光景を見た。


「ところでリリママ、この騒ぎは何かあったのかしら?」

「ええ、どうやら緊急クエストが発令されたみたいで、なにやらオークの集落の調査、だとか……。リリを捕まえていた奴らの本拠地かしら」


 『メラッ』とオークに対する殺意が漏れ始めるリリママ。うん、ごめんね、怒っててもカワイイとしか思えない。思わずナデナデした。


「安心してリーリエさん、たぶん私が殲滅した奴らのアジトの調査だと思うから」

「あら、そうなんですか?」

「そうだよママ、お姉ちゃんがね、魔法でどっかんバリバリして、オークたちいなくなったんだよ!」

「そうね、残党なんてもう残ってないし、楽な仕事よね」


 リリちゃんもカワイイなぁ。なでりこなでりこ。

 周囲はその話に感嘆し、私の噂の真偽がどうのと話し始めた。何それ気になる。その隙にアリシアが耳打ちしてきた。


「お嬢様、どの程度の規模だったのですか?」

「オークの精鋭3匹に、通常種100体ちょっとよ。昨日燃やしてきたの。ついでに拠点は消し飛ばしたわ」

「……さすがです、お嬢様」


 アリシアは小さく身震いした。あの総戦闘力の数値を思い出しているのだろう。だが賢者の、魔法を混ぜるあのスキルは、総戦闘力の数値では測りきれないのよね。


「あと、レベルは上がらなかったわ」

「……さすがです、お嬢様」


 壊れたラジオみたいね。まぁいいわ。


「それじゃ、リリちゃん。準備は良いかしら?」

「えっと、なにするの?」

「もちろん、レベルを上げるのよ。リリちゃん今レベル0だから、魔法を使って魔物を倒せばちゃんとした魔法使いになれるわ」

「わぁ、行く行く! ママも一緒にいこ!」

「え、ええ。でもリリ、あなた魔法なんて……」

「よし、行くわよ! アリシアもついていらっしゃい」

「はい、お供します。お嬢様」


 美少女、美女、美幼女、美ママの4人でお出かけだ! あっ、お弁当に串焼き買っていこーっと。



◇◇◇◇◇◇◇◇



「「とうちゃーく!」」


 リリちゃんと一緒なら簡単に童心に帰れるわね……。アリシアとリリママは温かく見守ってくれてる。なんて言うのかしら、この幸せな感じ。


「さぁ、待たせたわねリリちゃん。これがプレゼント。『サンダーボール』の魔法書よ」


 魔法書には見えない魔法書を手渡す。見た目は『書』というか1枚の『紙』なんだけど。コレ、表紙が無いから誰でもすぐに読める状態なのよね。

 魔法書は効果が現れると燃え尽きてしまう。最悪、手に取った瞬間目を通しただけで商品がなくなるわ。泥棒し放題だし、流石にそんなものを店頭には置けないし、商品としては失敗作ね。


「これが魔法書……? リリがお店で見たの、もっと大きかったよ?」

「あんなに量があったら、読むのに疲れちゃうでしょ? だから簡単に読めるように、1ページにまとめたのよ」

「そうなんだ! お姉ちゃんありがとう!」


 早速リリちゃんは読み始めた。撫でて邪魔したりしちゃダメかしら。ああ、でも膝に抱えてみたいわ。……それでも、邪魔になるかしら。

 ううっ。抱きしめたい……!


「あの、シラユキさん! 助けて頂いただけでなく魔法書だなんて、高価すぎて頂けません」

「いいんですよ。自作費なんて、銀貨1枚もしないんですから」

「ええ!? で、でも金貨数十枚はする魔法書なんですよ?」

「リーリエ様、お嬢様は非常にお優しく、慈愛に満ち溢れた方です。また家族には無償の愛を振りまく御方。リリ様はお嬢様にとって妹のような存在のようです。であれば、こうなるのはもはや必然。受け取るしかありませんよ。……それに、もう返せそうにありませんし」


 そうアリシアが言い終えると同時、リリちゃんの手元にあった魔法書が燃え上がり、灰になる。アリシアったら、嬉しい事を言ってくれるじゃない。あとでいっぱいキスしてあげよう。


「お姉ちゃん、リリ、魔法覚えたよ!」

「おめでとう。どう? ちゃんと読めたかしら?」

「うん! リリが習ってない、知らない文字だったのに、頭に入ってきて読めたの!」

「神様が作った、誰にでも読める文字なの。『魔法言語』っていうのよ、覚えておくといいわ」


 後ろからボソリと「ああ、流石です、お嬢様」と聞こえた。

 どうせならハッキリと言ってくれた方が嬉しいのに。


「そっかぁ。わかった! ちゃんと覚えるね、ありがとうお姉ちゃん!」

「どういたしまして。その笑顔だけで報われるわ」


 ……労力1分だけど、構わないわよね。報われても。


「よし、じゃあ次は『索敵』」


 近くの獲物を探ると、反応がある。種類が見えた。恐らく初日に見かけたからだろう。


「さあリリちゃん、獲物を狩るわよ!」

「うん!」



◇◇◇◇◇◇◇◇



 居たわ、ワイルドラビットね。


**********

名前:ワイルドラビット

レベル:2

説明:小さな雑食の兎。田畑を荒らすことから農家からは嫌われているが、肉は少ないながらも美味のため、農家によく食べられる。やっぱり好かれているのでは?

**********


 時折このフレーバーテキストが遊び出す時があるんだけど、これ誰が書いているのかしら。

 元の世界なら運営なのだけど、この世界には居ないし……。まぁいいわ。


「さあリリちゃん、目標を発見したわ。やってしまいなさい」

「うん。頑張るね」


 リリちゃんは真っ直ぐ手を伸ばし、ワイルドラビットに向けた。彼我の距離は約20メートル。この近辺に天敵はいないのか、相手はまだ気付いてすらいない。呑気なものだ。


「いくよ、ママ見ててね! 『サンダーボール』!」


 私たちが見守る中、リリちゃんの手には完全に真円で出来た青白い球体が生まれた。今までの歪な形ではなく、綺麗な円を描いている。

 球の中に収まる稲光も、球の外側に出てくることなく、球の中で無数に乱反射している。見ているだけで眩しい。

 リリちゃんの魔法名の叫び声で、ようやくワイルドラビットは異常に気付くが、もう遅い。


 今までの比ではない速度で撃ち出された魔法は、逃げようとするワイルドラビットの体を捉えた。断末魔の悲鳴と共にワイルドラビットは黒煙と焦げ臭い匂いを発しながら崩れ落ちた。

 うん、アレは食べられないわね。


「やったあ! お姉ちゃんみたいな魔法が出来たよ! ママ、見ててくれた?」

「ええ! 凄いのね、リリ。こんな魔法いつの間に練習したの?」

「おめでとう。これで貴女も立派な魔法使いね」


 NPCの魔法技術で考えれば、1撃で倒せたことに驚くのは当然なのかもしれない。本来、最初期魔法の『ボール系』は、ここまで威力はない。ならなぜ一撃で相手を倒せたかというと、それは雷属性だからだ。

 基本となる4属性とは異なり、氷と雷だけは扱いが難しい分攻撃性能が非常に高い。それは、防御寄りや支援寄りの魔法でもその顔を見せる。

 6属性は威力と扱いにくさが直結しており、雷が1番難しく、次点で氷、続いて基本の4属性だが炎、土、風、水の順で難易度が下がっていく。


 ゲーム時代、氷はそこそこいたが、雷属性の魔法を扱えるNPCは極端に少なかった。これはまぁ、ファンタジー世界は雷の原理を理解していないから。という説が濃厚だ。

 そう考えると、リリちゃんは身をもって体験したから、覚えることが出来たのだろうか? 子供の頃に感じる感性って、意外とバカにできないものよね。


「これはね、昨日お姉ちゃんが教えてくれたんだよ」

「昨日!? なら、それより前は……」

「ママも知ってるでしょ。リリ、魔法なんて使えなかったよ!」


 リーリエさんが驚いて、リリちゃんと私を交互に見ている。だいぶ混乱しているわね。

 アリシアはお祈りポーズだ。


「お嬢様、素敵すぎます。改めて感服致しました。その上私にも、このような叡智の一端をご教授頂けるだなんて、感謝の言葉もございません」

「一端? 何を言っているのかしら貴女は。全部叩き込むに決まっているでしょう? 本番で卒倒しないよう覚悟なさい」

「ああ……か、かしこまりました、お嬢様!」


 アリシアは理解した。魔法の才能において右に出るものはいないと謳われるエルフが、たとえ人生の全てを費やしても、目の前にいる御方には敵うはずもないのだと。

 今までの努力は全て、今日この日のためだったのだと。お嬢様の叡智を分けていただくための土台作りだったのだと。今までの苦労は、これから報われるのだと。

 そう、心から理解した。


『アリシアの忠誠心、カワイイわね』

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