第025話 『その日、アリシアに出会った』

「ここがあの女のハウスね!」


 そう言って見上げた先には『領主公認奴隷商 ポルトワーカー』の看板があった。セリフに意味はない。なんとなく言ってみたかっただけだ。

 店名からも、なんとなくクリーンなイメージを感じられる。実際ここは、非合法なものは扱わない綺麗なところなのだろう。

 この世界の奴隷というのは、ほとんどの人が想像できる種類の物で揃っている。


 まずは『犯罪奴隷』だ。

 重罪を犯し捕まった連中の末路。唯一使い捨てが許されており、死ぬ確率が高い命令も受けなければならない。それを罪の重さによる回数こなす事で借金奴隷へと格下げされる。

 ゼルバや闇ギルドの人間はココに含まれるだろう。また、死体はきちんと処理しないと罰金対象となる。

 ただ……ゼルバの場合は例の首輪の効力も合わさり非常に従順であり、かつ貴重な情報源だ。使い捨てにされることはまずないだろう。


 2番目は『借金奴隷』

 軽い罪を犯したり、口減らしや破産など起こした一家、貴族などが主な対象だ。子供から大人まで多種多様で、雇い主は仕事に応じた一定の給金と、衣食住を奴隷に提供しなければならない。

 本来舎弟一号ガボルやその手下たちはここに入るものだったが、彼らは参入して間もない上に、碌に仕事をしていなかった。むしろ仕事初日に私にボコられたため何も悪さは出来ていないとのことで、街への1ヶ月間の奉公で許されたらしい。まぁ、聞くところによると家族を守るために入らざるを得なかったと聞いたら、悪さをしていない以上許すしかない。私は許した。

 奴隷側は自身の売却時の金額を貯めることで自身を買い戻すことが可能。しかし、犯罪奴隷から来たものは金額も法外だ。


 3番目に『戦争奴隷』もしくは『傭兵』

 戦闘能力が高く、非常に値が張る。奴隷は購入となるが『傭兵』はレンタルとなる。奴隷と『傭兵』の見た目の違いは、奴隷は隷属の首輪をしているが、『傭兵』は体のどこかに『契約紋』がある。どちらも隠してはいけない決まりだ。

 『戦争奴隷』は扱いとしては『借金奴隷』とそう変わらない。戦闘向きの奴隷というだけだ。

 『傭兵』は『契約魔法』という属性魔法とは異なる、系統外魔法により主人に縛られるため、奴隷と同じように主人の命令は絶対だ。ただし、死の危険がある場合命令は遂行されない事がある。

 ちなみに系統外魔法はプレイヤーには使えなかったので、私も知らない。今なら、もしかしたら使えるのかもしれないが、奴隷商になる気はないし、いいかな。


 4番目は『違法奴隷』

 クリーンを謳っているこの店にはいないだろうが、盗賊や闇商人などに攫われて売られている人たち。今回の闇ギルドが扱っていた女性達もこの部類に入る。きっと王都のどこかにはいるのだろう。見つけ次第摘発してやらなければ。

 まずまともなところでは取り扱われず、扱いが悪いため基本的に値は安いらしい。しかし、裏オークションなどでは一部亜人などが高値で取引されているとのこと。子供の頃から超絶美男美女なエルフなどがここに入るみたい。実際エルフは犯罪はそうそう起こさないし、借金に浸かることもない。ハメられたならまだしも。そのためエルフの奴隷は大体が違法のため見つかり次第調査される。

 一度取引が成立してしまったあとは、借金奴隷などと見分けがつきにくいのが難点みたい。


 ここまでの奴隷は、プレイヤーは存在をストーリーやNPCとの会話で知ってはいるが、実際に買うことは出来なかった。まぁそこは仕方ないよね。一応、健全なゲームだったし。今も買うつもりはないけど。


 最後に『特殊奴隷』

 その名の通りかなり特殊な奴隷で、自ら奴隷として奴隷商に登録した者達のことを指す。彼らの目的は様々で、自分の主となる人間を探していたり、単なるバイト先探しだったり、暇つぶし目的だったり。要するに奴隷とは名ばかりの斡旋所のようなものだ。

 他の奴隷とは扱いが完全に異なり、賃金と雇用期間をすべて奴隷側で決めることができる。また、主人も顔合わせの際に自分で選ぶことができるため、気に入った奴隷がいても、奴隷から同意を得られなければ契約することはできない。

 また、その特殊性から奴隷にも一定の品格や強さが求められ、オーナーに認められたものしか登録することは出来ない。

 客側にも、店からその存在を案内することはせず『権力者の招待状』を持参しないと紹介してもらう事ができない。


 今回はその『特殊奴隷』を旅のお供に連れて行こうと思っている。『戦争奴隷』もラインナップが少々気になるところではあるが、戦争なんてそうそう起きてないし、在庫もまずないだろう。

 『特殊奴隷』は、ゲーム中プレイヤーが唯一扱うことのできた奴隷であり、仲間にできるNPCだった。そしてこの店に在籍している奴隷は、シェリーから詳細を聞き、誰が居るのか把握している。その子はプレイヤーだったころ、一番のお気に入りNPCだった。私とのカップリング作品でも一番取り扱われていたし、私自身、いつも好き好んで連れまわしていた。


 絶対にお持ち帰りする!! そして内なる欲望シラユキの捌け口にする!!!

 いざ突入ー!


「いらっしゃいませ、ポルトワーカーへようこそ。本日はどのような奴隷をお求めでしょうか」

「こちらを」


 出迎えてくれた店員の1人に、シェリーから預かった招待状を渡す。そう、メアではない。シェリーからだ。本来ギルドマスターであるメアが用意するところなのだろうが、なぜかシェリーが用意していた。あのギルドの力関係が不思議でならない。


「拝見致します。……なるほど、お客様はお得意様のようですな。奥の応接室へご案内いたします。こちらへ」


 奥の応接間は、扉からして他と違った。明らかに貴族などを相手にするような煌びやかな部屋になっている。どうやら奥にも部屋があり、そちらで奴隷が待機しているみたいね。

さすがは『特殊奴隷』、扱いが完全に別枠ね。案内されるままソファに座ると、対面に店員さんが座った。


「改めて、当店のオーナー兼奴隷商を商っております、ワークスと申します。以後お見知り置きを」


 店員さんかと思ったらオーナーだった。まぁここはゲームで利用したことがあったから、知ってはいたんだけれど。


「この度は当店の『特殊奴隷』をお求め頂きありがとうございます。しかし、誠に申し訳ないのですが現在在籍している『特殊奴隷』は1名のみなのです。お客様はギルドマスターからの紹介ですしご存じかと思いますが、しばらく前より街で不穏な空気を感じておりました。そのためほとんどの『特殊奴隷』は他の街へ移動をさせたのです」

「問題ありませんわ。ギルドマスターより残っている『特殊奴隷』の話を聞いた上でここに来ておりますので、ご心配は無用です」


 確定していない闇ギルドの危険性をいち早く察知し、奴隷契約としての括りにいない『特殊奴隷』を逃すなんて……この人かなり有能ね。

 そんな状態にあっても逃げずに残り続けた『特殊奴隷』も結構アレだとはおもうけれど。まぁその子は今の時点でも事はわかってるし、負けない自信があったのだろう。


「さようでございましたか。では何かと業界では有名な奴隷ですので、ご存じかとは思いますが、彼女の説明を致しましょう」

「お願いしますわ」

「元々、『特殊奴隷』は任期も賃金も、奴隷が決めることが出来ますが、今残っている彼女はかなりの変わり者です。賃金は雇い主が好きに決めて良いとしております。無論私どもにもマージンがないと商売になりませんので、最低でも銀貨1枚とさせていただきますが、上限はありません。任期及び業務内容は、彼女が賃金と雇い主を見て判断します。今までの彼女の経歴で、最短で3日。最長でも1ヵ月で契機を満了しております。彼女は能力も素晴らしく、王国にある最高峰メイド育成機関より免許皆伝を。また、最高級娼婦のオーナーからも技術面でお墨付きを頂いております。彼女は見目麗しく、一度契機が満了しようと何度でも雇われようとした方もいらっしゃるのですが、4回目以降は彼女がすべて断っております」


 彼女はゲーム中『特殊奴隷』の中で、無期限で雇うのが一番難易度が高かった。そもそも、不可能とすら言われていた。もしも攻略に失敗し、3回契約を切られた場合、『全NPCの好感度リセット』というアイテムを使わない限り二度と仲間に出来ない。という辛辣設定があったからだ。


 彼女の攻略法は、気付く事さえできれば割と簡単な話である。ただ、全NPCとはつまるところ、仲間にできるNPCだけでなく、世界の住人全てが対象である。そのため使用してしまえば、街での活躍も、ギルドの貢献も、全てがリセットされる。

 誰しもが3回失敗後は、あまりのペナルティの重さに検証する者はおらず、無期限で雇うのは都市伝説という扱いすら受けていた。そして実際に無期限で雇っていたプレイヤーは数えるほどしかいなかった。というか私のファッションショーメンバーくらいだった。


 私がちゃんと話を理解すれば仲間に出来るとヒントを出したのが原因で広まったのだが。仲間とはカワイイを共有したいもの。ちなみに答えを教えるなんて、ナンセンスな真似はしていない。


「聞きたいのだけれど、今まで一番お金を払った人は、いくら渡したの?」

「本来は守秘義務が発生するのですが、彼女は公開しても構わないと言っていましたのでお伝えしましょう。大金貨8枚です」

「ふふっ、そう。それで、何日を提示したのかしら?」

「そうですね、あの時は……10日ほどでしょうか。しかし王宮メイドも顔負けの働きを見せたようで、雇った方も驚かれていました」


 大金貨8枚。Eでいうと800万E。円に直すと4000万。うん、さすがの彼女も、大金貨8枚に対して10日と返事をしたのに雇われてしまったからか、貰い過ぎた分の申し訳なさから、本気で働いたのね。受けた恩は全力で返す、そういう誠実なところも好きだわ。


 彼女に支払う賃金の答えは、既に先ほどの説明に盛り込まれている。最長で1ヵ月。最高峰メイド育成機関で免許皆伝な上、王宮メイド顔負けの技量。そして最高級娼婦のお墨付き。

 答えは、『王宮メイド長の平均月収』と『最高級娼婦の平均月収』。2つを合わせた金額に、商人のマージン分を上乗せした金額を、3ヵ月一銭も変動させることなく、渡し続ける事が第一条件。

 第二条件はステータスが一定基準値を超えていること。これは詳細がわからない。まぁレベルを上げれば問題ない。

 双方クリアすることで任期無期限を彼女から申し出てくれる。3ヶ月間気を許してくれないのは残念だが、仕方ない。彼女よりも好きなNPCはいないのだから、その程度は我慢しよう。

 最後に、永久雇用が決まったあとにもう1段階好感度を上げられるみたいなんだけれど、そっちは条件不明ね。私の場合いつのまにか達成してたみたいだし。


「それでも、彼女を求められますか?」

「ええ。私の気は変わりませんわ」

「さようでございますか。では、すぐにでも彼女をお呼びしましょう」


 ワークスさんは机に置いてあるベルを使った。そして、すぐさま奥の部屋から目的の子がやってきた。


「お初にお目にかかります。紹介に与りました、メイドのアリシアと申します」

「初めまして。今回貴女を雇いに来たシラユキよ。よろしくね」


 アリシアに合わせ、こちらも立ち上がり普段通り挨拶をする。彼女は踏ん反り返る主を嫌うが、へりくだった者も好かない。彼女の面接は、もう既に始まっているのだ。


 肩まで伸びた、まるで金糸のような髪に、意志の強そうな目元。どこか高貴さを感じさせる佇まいに加え、モデルのようなプロポーションがメイド服に収まっている。人族なのにここまで整った造形は、メインヒロインに匹敵するだろう。

 ここまでは綺麗なメイドさんなのだが、その衣装が特殊だった。王宮に勤めるメイドが着る専用のメイド服を、彼女は娼婦風に自己流で魔改造しているのだ。スカートにはスリットが入っており、胸元もはだけている。所々謎の穴すら空いてる始末。一体ナニするための穴なのかワカンナイナー。

 しかもこの衣装、これが普段着というのだから驚きだ。彼女はただ立っているだけなのに、色気を感じるしカワイらしい雰囲気も漂ってくる。

 内なる欲望シラユキ、今はまだ大人しくしててね!


 ゲーム中でもその衣装から来るセクシーさと、溢れる高貴さのギャップに、男性ファンだけでなく女性ファンも多い。かく言う私も彼女のファンだ。

 彼女にフラレてはリセットしてを繰り返す様は、まるで女性に服を貢ぎに行く都合の良い男のような様子だっただろう。ミーシャにも呆れた顔をされていたのは、今でも覚えている。

 その後で無期限で仲間に出来たときは盛大にドヤ顔をしに行った。最初は悲しい事に妄想扱いされたが。「アンタのことバカだと思ってたけど、ついに頭もイカれたのね……」と心配までされた。


 そこまで言うか?


 アリシアの事を思い出している間も、アリシアとは言葉を交わす事なく見つめ合っていた。雇う前の状態で彼女と視線が交わった場合、一度も逸らしてはいけない。瞬きはセーフだったはず。

 あれ……アリシアの視線が最初は私と絡まっていたのに、いつの間にか体全体を見られている。


 もしかして、普段の格好のまま来たらマズかった? 髪の毛は、宿を出るときは跳ねてなかったはず。けど服装は、昨日と同じく『白の乙女』。ゲームだと考えなかったけど、今はリアルなんだ。もう少しおめかししたり、コーデに気を使っておくべきだったかな……。

 リアルに女の子になったんだもの。服装と仕草だけでカワイさをアピールできる世界はもう無い。っていうか初日から下着を使いまわしてる。うん、無頓着すぎた。もう色々アウトかもしれない。

 でも、今更やり直しは利かない。とりあえずじっと反応を待ってなりゆきを見守るしかない。


 さて、どうしてみようか。もしもマイナスの印象を持たれた場合も加味して、実際に彼女をどう口説くか、いくつかのパターンを想定して準備しておこうと思っていた。


 そう思っていた矢先、彼女が突如跪いた。


「アリシア君? 一体どうしたのかね」


 アリシアの見慣れぬ動作にワークスさんは混乱しているようだ。てか私も混乱している。なんで急に跪いたの!? ちょっと待って、その行動パターンは知らない!

 アリシアは混乱する周囲を他所に、そのまま手を組み神に祈りを捧げるようなポーズへと移った。


 ……あれ? もしかしてこれ、好感度が最高値に達成した時の、専用イベント!?


「……シラユキ様、いえ、お嬢様。これから私は、貴女を生涯の主人としてお仕えしたく存じます。身を粉にして働く所存です。どうか私を、お側に置いてくださいませ」

「「ええええええええ!?!?!?」」


 どうしてそうなったの!?


『この子、いつも後ろをついてきていたわね。マスターがデレデレしていたのを覚えているわ』

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