第014話 『その日、オークの集落は滅んだ』
私たちはオークが無数に闊歩する中を、ゆっくりと進んでいった。100体近くいるといっても、目の前に100体が並んでいるわけではない。が、彼らは精鋭オークが消え慌てているため、忙しなく動き回っていた。
そんな彼らと接触しないように、広場を横断するのは不可能だった。その為、遠回りにはなるが、静かな外周部を通り、目的の場所まで向かう。
ああ、こんな事ならさっきまでいた家畜小屋に火でも放ってくるべきだった。どうせこの集落、最後には燃やすんだし……。
でもそうすると、今度は弟君が危ないか。安易にやらなくてよかった!
彼女たちがついてきている事を適宜確認しながら進み、なんとか効果時間が切れる前に、目的地の食料小屋に辿り着いた。
見張りはいないみたい。ザル警備ね。
食料小屋は木製で出来ており、中の床も、壁も、天井も。……真っ赤に染まっていた。今まで殺した生物の血を吸い続けたのだろう。臭いがこびりついているようにも感じられる。
正直長居はしたくない。
中には予想通り1人の少年が吊るされていた。もちろん何も着ていない。その顔は絶望に彩られ、乾いた涙の痕も見受けられた。
正直絵になるので、時間に余裕があればこのまま眺めているのもアリだなと思ってしまった。萎縮してしまっているソレ、つついちゃダメかしら?
少年の前で考えに耽っていると、まるで催促するみたいに両手を『ギュッ』と握られた。
……そう言えば両方塞がっていたわ。盲点ね。
『エアウォール』を入り口に張り、知覚魔法を解く。突然目の前に現れた私たちに少年は悲鳴を上げた。
「うわっ!? え、あんた達何処から……あ、姉ちゃん! 無事だったんだね!」
「バカっ! あんた声が大きい! オークが寄ってきちゃうでしょうが!」
「2人ともうるさいぞ。シラユキさん、申し訳ない。こいつらには戻ったら再教育しておく」
「ふふふ、元気がないよりずっと良いですよ」
姉弟ケンカは微笑ましかったが、時間も押しているので縄は宣言無しに風魔法で切断する。派手にすっころぶ弟君。ふふっ、カワイイ。
冒険者組を『観察』すると、弟君とリーダーっぽい女性が剣士のようなので、精鋭オークから頂戴したオークの鋼鉄剣を2本とも渡しておく。
「2人は剣士のようなのでこれを渡しておきますね。精鋭オークが使っていたものなので品質は保証しますよ」
「良いんですか!? ありがとうございます!」
「狩人っぽい貴女には、こっちの鋼鉄の短剣を渡しておきますね」
「助かります!」
「シェリーちゃん以外は、居心地最悪だと思うけれどここで待機を。もしオークが入ってきたらリリちゃんを守ってくださいね。シェリーちゃんは私についてきてください。討伐証明を取る暇がないので、撃破しているところを見届けていただきたいです」
「はは、心得た」
「わかりました、シラユキさん。みんなでこの子を守りますよ!」
「えっ、シラユキさんって、あの?」
弟君が驚いている。『あの』ってなんだろう。カワイくて強いとか、もう噂になっているのだろうか。
「そうよ。あのガボルを吹っ飛ばした強くてカッコイイ人よ!」
「こんな細腕なのに……シラユキさんすげえ!」
何だか思っていたのとは違ったけれど、褒められてるのは間違いないので受け取ろう。軽く手を振っておく。
「お姉ちゃん、いってらっしゃい!」
「行ってくるわ。リリちゃんも良い子で待っててね」
「うん、待ってる!」
カワイイなぁ。なでくりなでくり。
「それじゃ頼むわね」
シェリーちゃんを連れ立って『エアウォール』を解除し、食料小屋から外へと出た。オーク達の喧騒が聞こえ始め、中央の広場に集まっているのが見受けられた。
広場の中央には、オークと思われる巨人のオブジェがあり、それを囲うようにオーク達が集まっていた。
恐らく捕虜を得て、精鋭オークによる『くっ殺』的な展開のあとに食事でもするつもりだったのだろうか? オークは雑食だが、人間の肉は彼らにはご馳走なのかもしれない。
人間からしてもオークの肉は良い食料だ。ある意味この世界の人間は、オークを通して共食いをしているのかもしれないわね?
広場には、通常サイズの個体の他に、半分ほどのサイズのオークもちらほらと見える。子供だろうか。だからと言って、今からすることに変わりはないけれど。
気付かれる前に先手必勝。
「『アースウォール』『アイスウォール』」
ウォール系は文字通り、その属性の物で壁を作り出す魔法だ。必要スキルは40。魔力を籠めれば籠めるほど、高さ及び硬度、そして反射効果が高まっていく。
『アースウォール』でまずは食料小屋を石で囲い込み、表も裏も側面も、外部から入れないようにする。
『アースウォール』は術者のステータスとイメージ次第で、土塊から岩塊まで、幅広く呼び出せる。今回は後で壊すことも視野に入れて石製にしている。
『アイスウォール』は、私とシェリーちゃんから3メートルほど距離を空ける感じに囲い込ませる。触れるものを凍てつかせ、近寄れないようにするためだ。
少し肌寒いが、湯たんぽが隣にいるし、透明度を上げる事で周囲が観察できるようにしている。水でもよかったけれど、氷の方が難易度が高いため、ほぼ見栄で選んだ。
どちらのウォール魔法も高さは4メートルほど。高くても2メートルの身長しかないオークでは登る事は叶わないだろう。
唐突に出現した壁に、広場にいるオーク達が気付き、そのまま私たちを見つけ雄叫びを上げる。小さなオークが大きなオークの後ろに隠れる。子供だろうと相手は魔物。一切の容赦はしない。
「それでは、闇ギルド討伐をシェリーちゃんが安心して見届けられるように、実力を見せておきますね」
「はは、このウォール魔法だけでも、かなり信頼度が高まっているのですが。……しかし、少し肌寒いか」
「それでは、温まるようにひっつき合いましょう」
「う、うむ」
シェリーちゃんを抱き寄せる。あったかいわね。
さて、私の準備は万端。
派手にやりますか!
「『
炎属性と風属性の『
広場の中心が光った瞬間、広場にいた全てのオークが轟音と共に爆炎に飲まれた。
その結果、焼け焦げた肉片が周囲に飛び散っていく。いくつかは氷壁にぶつかり『ビチャッ』と音を出した。気の弱い人が見たら失神してるかもしれない。
うーん、肉片とか生々しいなぁ。生じゃなくて焦げてるけど。
ゲームではこんなゴア表現はなかったから新鮮な感じがする。新鮮どころかもう廃棄確定だけど。
『
『ゼクスランス』などは6種の魔法の並列発動のため効果は足し算だが、『
MPをバカスカ食うが、今の回復力なら問題はない。
広場は原型を失い、見るも無残な姿になっていた。
中央のオブジェは奇怪な形状に溶けており、破片が飛び散っているし、爆心地には人型の黒いススがちらほら見える。
広場にいたオークの中で、生き残りはいない。ちゃんと一撃で殺せたみたい。いくら相手は魔物で、容赦なく殺すからと言って……殺し切れずに痛みを与え続ける趣味はない。
シェリーちゃんは言葉を失っていた。お手々も震えてる気がする。あ、もしかして……。
「シェリーちゃん、安心してください。流石に街中でこの魔法の使用はしませんよ」
流石に街中でこれを使うと、無関係の人たちに被害が出るし、後片付けも大変だし、人質巻き込むし、何より報酬が手に入らない。
「……え? あ、そうですね。はい、大丈夫です」
ううん? シェリーちゃん、なんだか心ここにあらずで、大丈夫じゃなさそう。……触っちゃお。
『ぎゅむっ』
「ひゃあ!」
「えいえい、わぁ、柔らかい」
「ちょっ、シラユキさ、ぁん!」
こっちを向いてくれたので、お尻から手を離した。名残惜しい。また今度触らせてもらおう。
「なんだかボンヤリしていたので。大丈夫ですか?」
「ふぇ? あ、ええっと。その……、見たことのない魔法で、さらにとんでもない威力だったので、放心、してしまいました」
も、もしかしてシェリーちゃん、……ドン引きしてた?
レベルマックス『賢者』による本場の『
……やっぱり魔法技術が全然ダメみたいね、プレイヤーが関わらなかった場合のNPCは。
今後もシェリーちゃんの意見は参考になりそう。仲良くなっていっぱいお話ししよう。そして触らせてもらおう。
……あれ、私ってこんなセクハラ魔人だったっけ?
「そうですか。ちなみにオーク達ですが、集落の中心に集まってくれてたので一網打尽にできましたが、まだまばらにいるようです。しかし、先程の爆発にビックリして散り散りのようですね。掃討はまた後日ギルドにお願いすればいいですか?」
「そうですね。先ほどの爆発で……目算80体ほどが吹き飛んだみたいなので、この集落の維持は困難でしょう。念のため再利用されないよう建物は壊しておいたほうがいいでしょうね」
「それなら、1つ1つを丹念に壊す時間も惜しいですし、脱出した時にまとめて吹き飛ばしますね?」
「あ、お手柔らかに、お願いします……」
マップを見ると、オークの反応はほとんど集落からは離れていったようだ。
近くにオークがいない事を確認し、2種の壁を解除する。氷は溶けて水になり、石は砕けて砂利になった。
「みなさんー、終わりましたよー」
そう声をかけるとリリちゃんが飛び込んできた。カワイイ! 『ギュッ』ってした。
「すんすん、お姉ちゃん、なんだかこげくさいよ?」
「いっぱい丸こげにしたからね。リリちゃんには早いから、あんまり周りはみちゃだめよ?」
「わかった! お姉ちゃんだけ見てるね!」
カ、カワッ!! ああもう、この子持って帰りたい!
続いて少年が一番に出てきた。あ、ちゃんと腰に布をまいてる。……残念。
続いて他のメンバーも出てきた。
「な、なんかすげぇ音がしたんだけど、シラユキさんがやったのか? うわ、バラバラだ……」
「本物の魔法使いってのはすげえんだな……」
「ひえぇ……いつか私もこの域になれるかなぁ……」
皆、さっきのシェリーちゃんと同じ顔をしていた。うーん、この後この集落を更にドカンと吹き飛ばすんだけど、卒倒したりしないかな。まあいっか!
「おや、あの小屋は……」
「え? ……あっ、私たちの装備がある!」
食料小屋の隣は倉庫だったみたいで、全員が元の装備を見つけて着替えはじめた。少年は1人、外でお着換えだ。別に一緒でもいいのよ?
下着やインナーはみんな破られていたので、布の上に装備を着込むという、ちょっとアンバランスな感じがして、少年もお姉さん達も、とても変な格好だった。うん、あんまりカワイくないかな……。
でも装備を取り戻して堂々と変な格好で胸を張るシェリーちゃんはカワイかった。
リリちゃんは装備がないのでそのままだ。でも余っているらしい靴は履かせた。いつまでも裸足じゃかわいそうだものね。
貸し出した鋼鉄の装備だが、使わないのであげることにした。恐縮そうにしていたが、荷物だからと断った。
うん、売るのも面倒だし、溶かして鍛冶スキルを上げるにも設備がない。拠点が出来るまでは不要な物はどんどん手放さなくっちゃ。
私も誰かの遺品を頂戴することにした。使われないくらいなら私が貰っていくわ。
マジックバッグが1個に、中には調合前の薬草類が結構な数あった。ありがたく使わせていただきます。南無南無……。
そのまま私たちは閑散とした集落を歩き、オークに出会うことなく、『ポルト』がある方角へと抜け出た。
集落の入り口から少し距離を置いたあたりで振り返り、告げる。
「それじゃ、この集落、ぶっ飛ばしますね?」
「全員、シラユキさんの後ろに回れ!」
皆、軍隊のようにキビキビとした動きで私の後ろに回った。大丈夫ですよ? 巻き込みませんよ?
「『アースウォール』」
今度は爆発に耐えられるよう硬質な岩石で壁……もとい、球体の壁をつくる。完全な丸では耐久性に難があるので、衝撃を受け流すため若干斜めに。
そして念のため私たちがいる地面を1メートルほど陥没させる。うん、全く周りが見えないわね。後ろと天井に空気穴だけ開けておきましょうか。
「あ、みなさん、耳は塞いでおいてくださいね? 鼓膜破れるので」
笑顔で告げると皆顔を真っ青にしてすぐさま耳を押さえる。そんなに慌てなくても大丈夫ですよ。破れても治しますからね?
さて、目視はできていないが、マップで
ロック完了! 派手に行くわよ!
「『
晴れていたはずの空が黒い雲に覆われ、ゴロゴロと鳴り始める。
この魔法は発動までに少々時間がかかるのがネックだが、破壊力は抜群だ。
「さあ、暴れなさい」
告げると同時に、深紅の雷が幾重にも重なり、広場に降り注いだ。
大地が激しく上下し、余った雷のエネルギーが周囲に散らばり、それもが爆発を繰り返す。同時に広場を中心に竜巻も発生し、森の木々をなぎ倒していった。
『アースウォール』ではなく『アイスウォール』で壁を作っていたら失明していたかもしれない。天井から見える光景だけでも、だいぶ眩しいもの。
揺れと閃光が収まるのに、数分の時間を要した。拠点には可燃性の物やモノが多すぎたせいかしら。豚の油ってよく燃えそうよね。
静寂が訪れるも、不自然なくらいに何も聞こえない。それに方向感覚が定まらない。何だか頭と耳が痛いし、クラクラする。
……あっ、私、耳塞ぐの忘れてた。
「『ハイリカバリー』」
うん、音が聞こえ始めた。うっかりうっかり。
魔法の影響は完全に収まったようなので、『アースウォール』を解除して砂利に変えた。
頭に砂利が降ってくるが、目の前の光景が衝撃的過ぎて、気にならなかった。
……あー、……やっちゃったかしら?
そこはまるで地獄だった。
さきほどまで集落だった場所は、焼け焦げて真っ黒になった大地と、煮えたぎるマグマ、灰になったナニカで溢れていた。
コレはひどい。っていうか集落どころか周辺の森も飲み込んだわね? そのせいか、オークの反応が完全にマップから消えたわ。
私達の周囲の森も綺麗になくなり、背後まで爪痕が刻まれていた。囲ってなかったらやばかったわね。
マグマは周囲に流れていく様子はない。広がる事なくその場でデロデロしている。もうこれは、自然と冷めるのを待つとしよう。
というか『
ゲーム中ではあの規模の魔法を撃っても一時的な演出はあれど、環境を破壊することはなかった。でも、現実ではこうなるのか。
その上、あの世界ではフレンドリーファイアがなかった。だから気にせず範囲魔法をぶっぱなしていたけれど、この魔法、割と無差別に広がっているわね。雷が混ざると制御が利かないか……勉強になったわ。
「人里では絶対しない。っていうか文明圏では絶対しない。シラユキに誓ってしない!」
『
『賢者』と同様に魔法を同時発動するが、属性数は3個以上となり、成立する組み合わせなら3倍+3乗、4倍+4乗と威力が爆上がりする恐ろしさを持つ。
今回使った魔法は『
文字通り
それも最初の落雷だけでなく、余波で広がった雷も爆発する。ついでに竜巻も発生する。
次に使うことがあれば、耳栓と目隠しと爆風対策を考えないといけない。あと距離も空けなきゃ、味方も自分もまきこまれるわね。
とにかく、これでオークの集落は壊滅ね。ミッションコンプリート?
そして、やっぱりというか、レベルはまだ上がる気配がない。次の上昇はいつになるやら。
あとは街に戻ってやることをやるだけだけれど……。
「その前に、気絶した彼女たちを起こさなきゃね……」
起こすついでにイタズラしちゃおうかしら?
『ふふ、みんなカワイくて温かい。もっと触りたいわ』
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