異世界でもうちの娘が最強カワイイ!

皇 雪火

第1章:港町ポルト編

第001話 『その日、終わりを迎えた』

「一体何が悪かったのかしら。私がカワイすぎたせい?」


 椅子に腰掛けた私からため息が漏れる。そこは玉座の間を模したような部屋。

 いや、部屋と言うには出入りするための扉がない。その代わり、出口と思しき場所に仕切りの垂れ幕が設置されており、外からは人々のざわめきが聞こえる。

 正式な玉座の間であれば、本来壁が厚く造られ、外の声が聞こえてくるなどあってはならない。それにも関わらず外の声が聞こえる理由は、この部屋がハリボテだからだ。


 実際、この部屋から一歩出れば、そこは草原だったりする。私の仲間達が、このイベントに相応しい場所を! と、私のために用意してくれたのだ。最初は規模の小さなイベントだったが、回を増すごとに参加人数が増え、今では100人以上の参加者と、それ以上の観客で埋め尽くされる一大イベントとなりつつあった。


 でもそれも、今日をもって最後となる。感慨深く部屋を見回していると、私のそばに控えていた青年が恭しく一礼する。


「姫が可愛らしいのは当然ですが、それが悪いなどあり得ません。悪と言うならば、我欲を御しきれない者達こそが悪なのです」

「あら、口に出てしまっていたかしら。……そうね、悪というのならば、我が身を守る術を持たず、そういった繋がりも絶ってきた人も悪いかもしれないわね」

「姫……」

「ごめんなさい、愚痴になってしまったわね」

「構いません。少しでも、貴女の心の安寧に繋がるのでしたら」


 彼は全身にボロを纏っており、どんな服を着ているのか全く判断できない。イベントが始まるまではこの格好のままのつもりだろう。

 普段彼はイベントには参加しないのだが、珍しいこともあるものだ。


「そういえば、貴方は私の事、気にしたりしないのかしら?」

「愚問ですね。私が忠誠を誓ったのは姫です。姫がそこにいるのであれば、など関係ありません。私の想いは変わらずここに」

「そう……ありがとう。嬉しいわ」

「……姫、そろそろお時間です。皆が首を長くしておりますよ」

「そうね、始めましょうか。垂れ幕を除けて頂戴」


 垂れ幕が開くと、まず目に映ったのはこの美しき地、エルフの国の奥にある『精霊の森』だった。森には数十メートルはあると思われる背の高い樹が立ち並び、そんな木々の隙間を精霊達が歌声を上げながら飛び交っている。

 そんな森の中、ポツンと切り開かれた広場にこの玉座の間は建造されていた。


 そして私の目の前には、多様な種族の男女が集まっていた。彼らは皆、一様にボロを纏っている。


 大人気フルダイブ型オンラインゲーム、『ワールド・オブ・エピローグ』。

 通称『WoE』、フィールド名『精霊の森』。

 普段なら神聖な雰囲気を感じられる広場なのだが、今日はプレイヤーの賑わいにより、別の顔を見せている。

 今から行われるのは、毎月恒例の行事となったプレイヤー主催のイベント。今日は突発的な招集であったが、多くの人が詰めかけてくれていた。


 私が姿を見せると彼らは静まりかえる

 私から告げられる言葉を、皆待っているようだ。


 『私』はシラユキ。

 数日間寝ずに調整し、神秘的なまでのバランスで構成された完璧なプロポーション。美少女から美女に成長する直前を意識した、幼さが残るも整った顔立ち。

 腰まで伸びた輝く銀の髪が眩しい。街で見かけたら目で追ってしまうようなそんな女性アバター。


 今日はお気に入りの職業『精霊使い』の専用服である『白の乙女』を着てきている。

 普段は色んなコーデを試しているから、たまには原点に帰るのも悪くない。


 白を基調としたフリフリのワンピースに、白のニーソックス。足を組む事で見える絶対領域の存在は偉大ね。このジャンルを見つけた人は天才なんじゃないかしら。

 うん、今日の『私』も、最高にカワイイ。


 今日もいつも通り、私は現実の自分を脱ぎ去り、シラユキを。たとえ今日が最後であっても、私はこの世界をシラユキとして生きてきた。それが紛い物の人格だという事実が広まっていたとしても、私は最後までシラユキであり続けたい。


 集まった数十人のプレイヤーは、男女比3対7といったところだろうか。

 皆、私がカワイイを教えてきた子たち。共に笑い、共に泣き、共にカワイイを学び、共にカワイイを追い求めてきた大切な仲間たち。

 私は立ち上がり、彼らの顔を一人、また一人と確認していく。


「みんな、今日は集まってくれてありがとう。あんな事があった直後で、急な招集にもかかわらず、こんなに集まってくれるなんて、私は幸せ者ね。……みんなはもう知ってると思うけれど、私主催のこのイベントは、今日をもって終わりになるわ」


 みんな状況を把握している。驚きの声はなかったが、誰も彼もが、嗚咽を漏らしたり、苦虫を噛み潰したように俯いている。

 でもそんな顔、カワイくないわ。最後にふさわしい表情で見送ってもらわないと。


「……だから最後に、今現在のあなた達にとって最高の『カワイイ』を見せて頂戴」


 彼らは慣れた手つきでボロを脱ぎ捨てる。その瞬間、世界が華やいだ。

 皆、思い思いの衣装を身に纏っている。

 呼びかけからたった1時間。縁の深い者、浅い者、ファンの子たち、後輩アイドル……色んな人たちが駆けつけてくれた。


 みんな、これが最後だから、本気の衣装みたいね。

 今から心躍るわ。ワクワクしちゃう!


 自然と皆が私の正面に並んだ。改めて、私は椅子に腰かけ、最初の一人を待つ。

 最後のファッションショーが始まった。


 一人の騎士がやってきた。見事な鎧を着こなし、顔つきは若くも強い意志を感じる瞳。初めて出会ったあの時から、『私』に向ける視線は変わっていない。


 隣に居た貴方がまず一番手ね、ハルト。

 まだ無名の頃から私の近くにいて、未完成だった私のカワイさに忠誠を誓ってくれた当時は、本当に嬉しかったわ。親衛隊も務めてくれて、増え続けるファンの整理なんかも進んでやってくれたわね。

 もしかして今回参加したのは、一番手を譲りたくなかったからなのかしら? もしそうだとしたら、カワイイところもあるのね。


「ハルト、会場の準備をありがとう。今日のあなたは一段と輝いて見えるわ。王国聖騎士装備に、胸に一凛の赤い薔薇。シンプルだけれどとてもカワイイわ」

「……姫、我が忠誠は未来永劫貴女に」

「貴方も最後まで変わらないわね。……貴方のそういうところ、結構好きよ」

「……お達者で」


 涙を滲ませながら彼は微笑んだ。敬礼をし後ろに下がっていく。

 『事実』を知っても揺るがぬ彼の忠誠心に、そして最期まで『私』を見てくれた貴方に、心から感謝を。


 二人目。緑を基調とした服に、肩まで伸びた金の髪。そして長い耳は誰もが「ああ、イメージ通りのエルフだな」と、テンプレエルフ要素をとにかく詰め込んだ姿をしている。

 さらには、中身もまたテンプレすぎて、最初は私と同じ『キャラ付け』をしていると信じて疑わなかったわ。


 次は貴女ねミーシャ。最初期の頃からのお友達。設定だと思っていたツンデレが実は素だと知った衝撃は、今でも忘れられないわ。エルフは感情を隠そうとすると耳がピクピク動くという仕様があるのだけれど、ツンの時に盛大に動くからとてもカワイイのよね。

 それに、この椅子は貴女の手作りなんでしょ? わかるわ、ミーシャの心が詰まっているもの。


「ミーシャ、その深緑のドレス、随所にみられる茨は、普段の貴女みたいに触れるとケガをしてしまいそうね。とても似合ってるし、泣き顔もカワイイわね」

「……シラユキ、どうしてなの? 私は貴女と一緒にいたいわ! 何も死ぬことなんてないじゃない!」

「ごめんなさい。このまま生きていても、私の心が死ぬわ。今を生き延びても、心から笑うことが出来ないの。……ああ、カワイイけど、やっぱり貴女に泣き顔は似合わないわね」

「ひゃっ!」


 彼女の涙を拭い、今日は大人しい耳を撫で上げると可愛らしい声が出た。……もっと触りたくなるじゃない。


「……ほら、綺麗になったわ」

「ぐすっ……、あなたと一緒に居られて、楽しかった。リアルがどうかなんて関係ない。私は、貴女のこと、大好きよ」

「私も大好きよ、ミーシャ」


お互いに抱きしめ、頬にキスをし合った。


「「元気で」」


 ハルトの居る、品評会が終わった者たちの場所まで、ミーシャは下がっていく。泣く彼女を見てハルトはなだめようとしているが、どうしていいのかオロオロしているわね。

 私以外の女性アバターが相手となると、いつもああなるのよね。まったく、カワイイわね。


 ふと、足の感覚が無くなっていく事に気付く。立っていたら盛大に転んでいただろう。転ぶ私もきっとカワイイと思うけれど、今は時間が惜しいわ。

 椅子に座っていて良かったと思った。みんなに心配させないようにしなければ。まだ、みんなのカワイイを見終わっていないし、話したいことがいっぱいあるのよ。


 その後も交流のある子たち、私のファンの子たちと言葉を交わした。

 今では足の感覚はない。画面に絶え間なくエラー表示が出現する。振り払いたいのに、その腕も、鉛のように重い。息も苦しい。

 ……顔に出ていたりしないかしら。


 そんな時、私の大切な後輩たちの番が回ってきた。子犬のように駆け寄る双子の後輩。赤のミキと青のサキ。

 私が脚光を浴び、公式アイドルのような扱いを運営がしてきた頃、突如二人からライバル宣言を受けた。

 ライバル視して何かと対抗してくる彼女たちの愛らしさにすっかりとやられ、可愛がっていたら、いつのまにか「先輩、先輩!」と懐かれていたわ。

 あまりのチョロさに残していくのは、少し心配ね。


「「先輩!」」

「……あら、今日の二人は、先月一緒にコーデした時の物ね。……気に入ってくれたみたいで、嬉しいわ」

「先輩、逃げましょう!先輩ならやり直せますよ!」

「そうです、お姉の言う通りです。シラユキ先輩のセンスならきっと……、私たちもお手伝いしますから!」

「……慌てちゃって、カワイイわね、二人とも」

「「先輩!!」」

「ふふ、ごめんなさい。……そうね、仮に逃げられてやり直せたとして、取り戻せるものがあるかもしれない。でも、戻ってきたソレを『シラユキ』として見てくれる人は少ないわ。『私』はそれが耐えられない」

「……っ、お姉」

「うん……あの、私、先輩に謝りたいことが」

「あら、何かしら」


 彼女が告げたい事はわかっている。彼女も私が知っている事は承知の上だろう。

 それでも、告げなければ彼女は前に進めない。


「こ、今回暴走した彼ら、言い出したのは私なんです! 先輩のカワイさの秘密が知りたくて、それで彼らに声をかけたんです!」


 頷き続きを促す。周りも静まり返り、視線が鋭く双子を貫いた。


「でも、彼らがクラッキングにまで手を出し始めて、怖くなって……止めようとしたんですけど、聞いてくれなくて……私は、先輩に」

「もういいわ」


 嗚咽の混じるミキと、隣でハラハラしていたサキを抱き締める。


「今回は貴女がキッカケであったけれど、最初の一言でブレーキが壊れてしまうなら、結局彼らはいつか、似たようなことをしていたわ。……それが早いか、遅いかの違いだけよ。サキも、辛かったわね」

「……シラユキ先輩」

「……先輩、ごめんなさい」

「いいのよ、私は貴女を許すわ。皆も良いわね? この件で彼女達を咎める事は許さないわ」

「「……っ」」


 私の胸で二人が泣き出した。まったく、最後まで手のかかるカワイイ双子ね。



 『私』はシラユキ。世界中のカワイイをただ求めていた。それだけで良かったのに、いつしか現実の私を気にするファンが出始めた。ただカワイイ『私』だけを見ていてくれれば良かったのに。『私』だけを見るようお願いしても、彼らは追いかけてきた。

 そして彼らは遂に、運営にクラッキングまで行なった。その情報は無作為に拡散され、彼らは現実の……マスターを特定した。


 どんな気持ちだったのだろう。想像していた『私』との乖離にショックを受けたのかしら? それとも『私』が、マスターが妄想した仮の姿だって事実が悲しかったのかしら?

 まぁ、妄執に憑りつかれた可哀想な人達の考えなんて、どうだっていいわ。どうせカワイくない理由だもの。そうして彼らは、マスターの家を囲んで、火をつけようとし始めた。


 マスターは絶望したわ。殺意を向けられたことにじゃない。

 日が経てば経つほど、『私』とマスターは関連付けられて、認識され、『私』だけを見てくれる人は減っていく。『私』の神秘性が失われる。

 『私』が輝いていることがマスターの生き甲斐なのに、『私』はもう輝けない。そんなの、地獄でしかない。マスターはそれが耐えられない。結局死ぬ事になるのなら、殺されてやろう。そう考えた。

 ただ、最後に、心を通わせたみんなと、お別れだけはしようと思ったのね。集まった人数はそれほど多くはなかった。けれど、それでもあそこにいた彼らは、本当に『私』を見てくれていた人達。

 ありがとう、最後まで『私』を見てくれて。


 もしも今、ここから逃げることが出来たとしても、マスターの心が死ねば、『私』は死ぬ。

 『私』の死は、マスターの死。マスターの死は、『私』の死。


『だから、一緒に逝くわ』


 視線を双子から周囲に切り替える。そこには、この世界に飛び込んでから、関わってきた沢山のカワイイを共有する仲間たち。

 私を囲む多くの晴れ姿、その一つ一つを、目に、心に焼き付ける。この身が焼けても、この記憶だけは忘れない。

 彼らの姿も、声も、自身の意識すらも、燃え盛る業火に呑まれ、朧げになる。


 そんな時、心からの言葉が、自然と口から出た。


「……シラユキ、楽しかったよ」


『私もよ、マスター』


 闇に飲まれる世界の中、彼女の声が、聞こえた気がした。

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