第155話 落ち着いて下さい

「この化け物をこうも圧倒するとは……ちょっと自信を無くしますね」


「ん、気にする、必要は無い。

 これは、ユリの手に、余る」


 苦笑いを浮かべて肩を落とすユリウスに、フェルが黒き化身を足蹴にしながら慰める。


「エル、褒めて、くれるかな?」


 コテンと首を傾げてポツリと呟き、ゆっくりと足蹴にしている黒き化身に視線を移し……


「ん、焼却、しなきゃ」


 至って普通の表情と声音でそう言い放った。

 それと同時に、黒き化身を足蹴にしている足元から白い炎が迸る。


「ギャァッッッアッッ!!」


 白き炎に焼かれて、黒き化身は悲鳴を上げる。

 しかしその甲斐虚しく、白き炎は化身の頭部のみならず、一瞬で全身を包み込む。


「フェル様、この炎は一体?」


「俺っちも、こんなの見た事無いですよっ!!」


 フェルに踏まれ、絶叫を上げながらのたうち回る黒き化身の様子にユリウスは驚いた様に目を丸くし、ネロは自身の知らない白き炎に興奮を隠せない様子でフェルに問い詰める。


「これは、浄化の炎。

 悪しき存在を、燃やし尽くす、吾のオリジナル」


 腕を組み、胸を張ってドヤ顔を浮かべてネロ達の疑問に答えるフェル。

 そんなちょっと微笑ましい光景に焦ったのは勇者達だ。


「ま、待ってくれ!」


 今まで唖然と眼前で繰り広げられる光景を眺めていた稲垣がハッと我に帰った様に声を上げる。


「なに?」


 切羽詰まった様子の稲垣に、首を傾げるフェル。

 その顔にはハッキリと面倒臭いと書いてあるのだが、焦っている勇者達は気づかない。


「そいつは、日高は俺達の仲間なんだ!」


「殺さないで下さい!!」


 稲垣と雛森がそう訴えた事を皮切りに、勇者達から同様の声が上がる。

 曰く、助けてくれと、そこまでの力があるならできるだろと。


「俺達は、もう誰1人失う訳にはいかないんだ!」


 その稲垣の言葉に十剣達は焦りに焦る。

 しかし必死な勇者達は気づかない。

 十剣達が焦っている事も、今さっきまで褒められると嬉しそうにしていたフェルの機嫌が急速に悪くなっている事も……


「吾、お前達、嫌い。

 エルを、見捨てたくせに」


「えっ?」


 ポツリと呟かれた言葉を聞き取れず、そう聞き返す稲垣。


「何故、吾が、お前達の言う事、聞く必要がある?」


「必要って……」


「人の命がかかってるんだよっ!?」


「ハッキリ言って、お前達の事なんて、どうでもいい。

 吾が、こいつを助ける、メリットが無い」


 フェルの言い分に怒りを顕にする稲垣、雛森を筆頭とした勇者達。

 しかし、憮然と威圧を伴ったフェルを前に押し黙る。


「それに、これを救うのは、難しい。

 こいつが使ったのは、魔教団で黒の宝玉と、呼ばれるモノ。

 既に宝玉に、飲み込まれてる、分離するのは、至難の技」


「黒の宝玉……と言う事は」


「ん、黒の宝玉、それは魔王の欠片。

 これは既に、魔王の一部」


 フェルはユリウスの言葉に頷きつつ、足元でのたうつ黒き化身を一瞥してそう言うと、勇者達に視線を戻す。


「でも、救えない、訳じゃ無い。

 やろうと思えば、分離も可能」


「ならっ!」


「それには、危険が付き纏う。

 魔王の欠片は、違う欠片を呼び寄せる、最悪の場合、大戦時の魔王が、復活する事になる。

 それに吾が、お前達の為に、そこまでする義理も必要も無い」


 魔王の復活。

 黒き化身を見ているが故に、その危険性を理解できてしまう勇者達は黙り込む。


「お前達は、既に仲間を見捨ててる。

 何故、今更偽善ぶる?」


「えっ? 何で、その事を……」


 フェルの言葉に、稲垣だけで無く勇者全員が驚愕に目を見開き、フェルを凝視する。


「お前達の、やってる事は、ただの偽善。

 仲間を、大切にしてる事を、アピールして自己満足、してるだけ。

 吾は、お前達を許さない」


 一瞬で空間を支配する凄まじい威圧。

 先程のように包み込むような暖かさは存在せず、唯々押さえつける様な凄まじい緊張感。


 そのあまりのプレッシャーに十剣を含めた全員が息を呑む。

 呼吸すらままなら無い重圧が舞い降り、勇者達の全身から冷や汗が滴り落ちようと言う時……


「フェル、少し落ち着いて下さい」


 幼い少女の様な可憐な声が静かに響いた。

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