第142話 精鋭勇者達

 大陸の中央部に隣り合い。

 西の帝国、東の王国と周辺各国から呼ばれる2つの大国。


 実力主義を掲げ、数多の種族が行き交う、世界一の戦力を誇るネルウァクス帝国。

 人間至上主義を掲げ、東方の小国の多くを従え、異界の勇者を抱えるアレサレム王国。


 何かと噛み合わず、対立してきた両国だが、これまで戦争に発展した事は一度も無かった。

 アレサレム王国が勇者を召喚したが、何事も無いだろうとタカを括っていた各国の上層部は……


 〝アレサレム王国の勇者を筆頭とする数万の軍がネルウァクス帝国との国境に向けて進軍中〟


 と言う、報告を受けて驚愕に目を見開く事になる。

 戦力で上をいく帝国と、多くの小国を従え勇者を得て勢いに乗っている王国。


 誰もが大陸全土を巻き込んだ、泥沼の大戦に発展すると予測し、一気に各国に緊張が走り抜ける。

 しかしして、2大国を筆頭とする戦争は各国上層部の想像に反した結末を迎える事になる……




 *




 ネルウァクス帝国のアレサレム王国との国境線にある砦まであと1週間と言った場所。

 とある草原にて多くの天幕が張られ、その中でも一際大きく、豪華な天幕の中では会議と銘打って十数名の少年少女達が円卓を囲んでいた。


「それで、今回のコレどう思う?」


 用意されているお茶を一口飲んだあと、おもむろに口を開いたのは召喚勇者達のリーダー的存在である稲垣 涼太。


「コレって?」


 そんな稲垣の疑問に疑問で返すのは、彼の隣の席に腰掛けている黒髪の美少女、雛森 茜。

 稲垣が男子のリーダーだとすれば、雛森は女子の勇者達を纏める存在。


「そんなの、今回の戦争に決まってるでしょ?」


「うん、まぁ分かってたよ」


 砕けた口調で微笑み合う2人。

 突然始まった桃色空間に他の者達は苦笑いを浮かべるが、ツッコミを入れる者は誰もいない。


 殆ど常に行動を共にしてきた勇者の中でも精鋭であるこの場にいる勇者達は、2人が親密な関係にあると当然知っている。


 当人達が何も言わないので、全員が黙って見守る事にしているのだが。

 周囲にバレていないと思っているのは当人のみなのである。


「えっと、それで今回の戦争がどうかしたのかな?」


「おっと、そうだった。

 国王陛下の話だと、帝国が魔教団と繋がっているって事だけど……」


「イマイチ信用出来ない?」


「その通り。

 本当に魔教団と手を結んでいるなら、国内での魔教団殲滅なんてする必要は無いだろ?」


 稲垣が言っている事件はこの場にいる全員にとって記憶に新しい。

 何故なら、本来であれば国境を守っている抑止力であるはずの十剣が動いた事で話題になったからだ。


 不仲とは言え他国、それも帝国の最高戦力が動いたとなれば当然ながらその情報は王国にも入ってくる。

 それによると、帝国が十剣を動員して国内にて暗躍していた魔教団を殲滅したらしいと言う話だ。

 しかも、冒険者ギルド帝都支部の支部長すらも処断したのだ。


 冒険者ギルドは国家の垣根を越えた国際機関、もし国家権力がギルド員を不当に遮断すれば、冒険者ギルドと言う巨大組織からの制裁が返ってくる。


「確かに、いくら帝国が世界一の軍事力を誇っていても、冒険者ギルドと敵対する危険は犯さない。

 それでも処断を断行したって事は……国王の話に疑問が出てくるね」


「だろ?

 可能性としては、何らかの意図があっての陽動だろうけど。

 帝国がそんなリスクを、それも国防の要たる十剣を動員してまでそんな事するか?」


 その言葉を受け、全員が考え込むように静まり返る。

 結論からすれば、帝国が態々そんな回りくどい事はしないだろうと言うのが全員の意見。

 しかし……


「とは言え、今更どうしようも無いな」


「そうね、既に軍事行動を取っちゃってるし」


 問題はそこだった。

 既に万単位の軍を動かしている以上、帝国側も砦を固めて待ち構えているはずだ。


 武力衝動に至らず対談で終わればいいが、帝国を攻めると言う王命がある以上それは不可能な話だった。

 つまり、既に武力衝突は避けられない事態になっていたのだ。


「やっぱり、取り敢えずは出来るだけ敵を殺さずに無力化するしかないんじゃ無い?」


 勇者の一人が言ったその言葉に全員が肯定の言葉を返す。


「じゃあ、今回の目標は出来る限り敵を殺さずに無力化。

 そのあとで帝国の将軍から詳しい聞き取りを行うって事でいいかな?

 あ、勿論、自分が死なない事が一番の目標だけどね」


 最後に場を茶化すようにそう言って話を締める稲垣。

 しかし、彼らは知らない。


 その砦の現状を。

 全てがコレールの掌の上という事を。

 その作戦は理想論であり、机上の空論に過ぎないと言う事を。

 戦場を経験した事の無い彼らが知る由も無かった。

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