第130話 名も無き少女は天使に出会う
暗い場所。
鉄と血の匂いが濃く漂い。
常に呻き声が聞こえ、恐怖と絶望に塗れた空間。
窓は当然存在せず。
唯一外界に通じている分厚い扉は、その存在感を見せつける様に閉ざされている。
「お姉ちゃん?」
下から聞こえて来たその声によって〝お姉ちゃん〟と呼ばれたその少女は、自身がその
この部屋と外界とを遮っている扉は魔道具であり、前もって登録された魔力を用いなければ開ける事は不可能。
扉が開かれるのは、2通りのみ。
1つはこの部屋に閉じ込められている実験体に、餌を与える時。
そして、もう1つは魔教団が実験体を弄ぶ時。
血を抜かれ、拷問の様な苦痛を与えられ。
最後には体をバラバラにされて、ゴミの様に捨てられる。
そんな光景を何度もその目に焼き付けて来た少女は、自分たちの行き着く末路を理解している。
それでも、例え人間達の玩具にされ様とも…… 気高くその時まで生き抜こうと。
「ううん、何でもない」
家畜の様に教団に飼われ。
屈辱と恐怖に震える事しか出来ない、名も無い誇り高き吸血鬼の少女は双子の妹を強く抱きしめ笑みを浮かべた。
ドゴォォォオン!!
その時。
これまで感じた事のない、まるで世界そのものが揺れていると錯覚する程の揺れと耳をつんざく様な轟音が鳴り響いく。
「何っ!?」
「ヒィッ!!」
突然の事態に、虚な瞳で座り込んでいた者達が悲鳴を上げる。
「お姉ちゃんっ!?」
「大丈夫、落ち着いて」
そう言って、腰に抱きついて来る妹を諫めるも、その顔に困惑は隠せない。
何せ、今までこんな事は一度たりともなかったのだから。
産まれてから一度も外の世界に出た事のない少女には何が起こっているのかなど、分かるわけもなく。
たとえ、身を盾にしてでも妹だけは守り抜くと、ギュッと妹を抱きしめる。
数分か、はたまた数十分が経ったのか、時間の感覚が覚束ない不思議な緊張感。
どれ程時間が経った頃か、人間には不可能な程の微細な音を高位吸血鬼である少女は聞き逃さなかった。
それは、怒号と騒音。
部屋を隔離する扉の向こう側から聞こえて来る、その音が不意に止まり……眩い閃光と共に扉が消し飛んだ。
「どうやら、ここの様ですね」
そんな声と共に、吹き飛んだ扉……壁のあった場所から姿を現したのは10人の人物達。
執事の様な服装の男に、メイド服を着た女、普通の服装の人もいれば、幼い子供も。
しかしながら、その一見何の統一感もない人物達は凄まじいまでの存在感を放っていた。
抵抗する力を奪われ、人間に弄ばれながらも感じた事のない感覚。
高位吸血鬼である少女が初めて感じる絶対的な死。
図らずとも、自身とは次元が違いすぎると、高位吸血鬼としての勘が理解した。
この存在達であれば、1人であってもこの場にいる実験体を一瞬で皆殺しにできるだろう。
そうだとしても、たとえ無駄だとしても、少女は妹を庇う様に、妹の前に立つ。
そして、中央に立っていた執事服を着た男と視線が合わさる。
その押し潰す様な存在感に、抗う事の出来ない死の恐怖に足が震える。
それでも少女は毅然と前方を睨み付ける。
「そんなに睨まなくとも大丈夫です。
我々は秘密結社・ナイトメア。
あなた方を救出に来た者です」
そう唐突に告げられる言葉に困惑する少女たちを他所に、話は続く。
「それでエンヴィーとグラトニー、貴方達、取り逃してないでしょうね?」
「何で僕たちだけっ!?」
「勿論でございます……多分」
「ん、吾は、眠らせたから、大丈夫」
「はぁ、彼女達は私とアヴァリス殿で見ますので、皆さんは魔教団の者達の移送を頼みます」
執事服の男、コレールの言葉に他の9人が頷きを返すと同時に、8人が消えた。
「では、我々もエントランスに移動を……と言っても動けないでしょうね」
「えぇ、可愛そうに。
しっかりとした食事も与えられて無いみたいですね」
コレールが一度指を鳴らすと、それだけで周囲の光景が切り替わる。
その事実に、驚愕の表情で目を見開く少女。
「貴方達は一体……」
自然と漏れた少女のその言葉が聞こえたのか、コレールは優しい微笑みを浮かべ。
「私の名はコレール。
先ほども言った様に秘密結社・ナイトメアの者ですよ」
そう言うコレールからは、いつの間にか押し潰す様な緊張感を感じなかった。
暫くすると、先ほど消えて8人も簀巻きにされた人間達と共に転移で姿を現し、そして……
「ぐはっ!」
上空に天使が現れた。
感知範囲が広い少女は、天使と同時に人間達のリーダーが地面に投げ出された事を感知したが……
崩れた壁の背後から差し込む光を纏い、姿を現した純白のその存在。
神々しいその姿に視線を切る事が出来ず、見つめ続けた。
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