第119話 日常が終わりを告げた日

「それで、例の商会からの返答はあったのか?」


 広々とした執務室、いつもと同じ見知った風景。

 いつもと同じ、平穏な普通の日常。

 壁際には数々の書物で埋められた壁面収納が置かれ、最奥には巨大な窓が室内を明るく照らす。


 そんな窓の前に置かれた執務机の前に腰掛けた私の正面。

 執務机から少し離れた位置にあるソファーに腰掛ける老人が、立派に携えた白髭をさすりながらニヤリと笑みを浮かべる。


「残念ながら、音信不通ですじゃ」


「まぁ、そうだろうな。

 やはり、関係あると思うか? 爺」


「当然、関係あるでしょうな。

 では、この老耄に貴方様のお考えをお聞かせ願いましょう。

 ネルウァクス帝国が皇帝、ウェスル・エル・ネルウァクス皇帝陛下」


「無論、お前と同じだ。

 神獣の一件から僅か数日後に突如として設立され。

 破竹の勢いで帝国内のみならず、諸各国での地位を高め、今や世界でも有数の大商会。

 誰でも神獣と結びつけて考えるだろうよ」


 まぁ、だからこそ我らからの申し出に返答が無いのだろうが。


「じゃが、そうと決めつけてしまうのも早計かも知れませんのぉ」


「アレサレムの件か?」


「如何にも。

 リーヴ商会の裏に神獣がいるのならば、アレサレムが未だに健在なのは不可解じゃからのぉ」


 確かに、あの化け物どもと対立して、国家如きが存続できる筈もないか。

 あの黒龍の放ったブレス……あれが帝都に向けられると思うと笑え無いな。


「しかし、密偵の報告によると。

 リーヴ商会がアレサレム王国から撤退した理由は、属国アルテット公国にあるダンジョンで勇者達がリーヴ商会と一悶着を起こしたからだそうだ」


「ワシも、先刻聞き及びましたぞ」


 勇者達の実力は既に人類でもトップクラス。

 上位数名は、我が帝国の十剣とも渡り合えると目される実力者。

 尤も、大賢者と称される爺には遠く及ば無いが。


「そんな勇者達と対立しておきながら、一方的に勇者の利用を全系列店舗で禁止を発表。

 神獣で無くとも、裏に何かが居ると考えた方が良いだろうな」


「ほう。

 して、陛下は一体何がリーヴ商会の裏に居るとお考えで?」


「ふっ、爺も分かり切った事を聞くな。

 急速な勢力拡大に画期的な商品、国家を相手取り勇者と正面切って対立できる程の武力。

 そんな組織は一つしか無い、太古の魔神ヴィスデロビアを信仰する巨大組織、魔教団だけだ」


 その瞬間だった。


『あんなクズ共と一緒にされるのは心外ですね』


 執務室に響いた、幼い少女の様な可憐な声。

 しかし、何故か自然と平伏してしまいそうな不思議な声が今日という日……いつもと変わらぬ日常に、終わりを告げた。

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