第64話 脱衣所の三つ巴です

「ふぁ」


 欠伸を漏らし、窓から差し込む朝日に軽く、くらみながら半目を開けると……そこはベットの上でした。


「お目覚めですか? お嬢様」


「おあようございます。めるうぃー」


「どうぞ、お水です」


 差し出されたコップを受け取ろうとすると、腕に違和感を感じました。

 隣を見ると僕の手を握って眠っているフェルの姿。


「ん、ありがとうございます」


 仕方ないので反対側の手でコップを受け取り水を飲む。

 漸く意識が鮮明になってきました。

 ふむ、これはどう言う事なのでしょうか?


「メルヴィー、少しいいですか?」


「勿論でございます。

 何なりとお申し付け下さい」


「僕の予定では、昨日は街に繰り出して夜遊びを楽しむ予定でした。

 でも、おかしな事に夜遊びを楽しんだ記憶がありません」


 まぁ夜遊びと言っても、勿論如何わしい事ではありません。

 この身体では如何わしい遊びなんて到底出来そうもありませんし、するつもりも皆無です。


 僕の言う夜遊び。

 それは美味しいものを食べて、美味しいものを飲む。

 つまりは、色々なお店をハシゴすると言う事なのです!!


 尤も、地球でも未成年だったので、お酒は飲んだ事はありませんが。

 一度は誰しもが飲んでみたいと思った事はあるはずです。


 こっちの世界でもまだ成人していませんが。

 既にステータスで見る年齢なんて??? ですし、おっけーなのです!


「お嬢様は昨夜、このお部屋に到着するとすぐに眠ってしまわれましたよ」


「あっ」


 言われてみて思い出しました。

 確かにメルヴィーの言う通りですね。


 途中、お昼寝していたとは言え。

 やはり、引き籠り幼女の身体にとっては馬車での旅は酷だったのでしょう。


 まぁ、たった1日。

 それも9割方、寝ていたアレを旅と呼べるかは定かではありませんが……


「お嬢様、お風呂と御朝食どちらに致しますか?」


「む、確かに昨日はすぐに寝てしまいましたからね。

 お風呂も入っていなければ、夜ご飯も食べていませんでした……

 では、お風呂にします!」


「承知いたしました」


 メルヴィーはそう言って一礼すると、窓から差し込む朝日に溶け込むように消えてしまいました。


「さてと、フェルを起こすとしましょうか」


 いつまであれば、このまま寝かせておいてあげるのですが。

 流石に手を握られていたのでは起こす他にありませんからね。








 メルヴィーが戻って来るのと、フェルが起きるのは殆ど同時でした。


「それで……どうして皆んなして、僕の事を囲んでいるんですか?」


 大浴場へ向かう為に部屋を出ると、何故かオルグイユ、アヴァリス、リュグズール、フェル、メルヴィー、ノア、シアと言った今回一緒に来ている女性陣に囲まれました。

 何処ぞのVIPですね!!


 そのまま大浴場へ向かっているこの現状。

 僕の疑問も当然と言えるでしょう。


「勿論、お嬢様の麗しいネグリジェ姿を下賎な輩に見せない為です」


 当たり前の様に真顔で言い放ったメルヴィーさん。

 常識だと、こんな風には移動しするのは普通じゃ無いと思うのですが……

 そうして、多大な注目を浴びて大浴場に到着。


「朝だからでしょうか?

 誰もいませんね」


 女と書かれた暖簾をくぐると、そこには誰1人としていない脱衣所が。

 う〜ん、こっちの人には朝風呂と言う概念は無いのでしょうか?


 大浴場って昔に召喚された勇者達が広めた文化らしいけど。

 大浴場……つまりは温泉を広めておいて、朝風呂を広めないとかあり得るのでしょうか?


 有り得ないと断言しましょう。

 朝にお風呂に入るのは、夜とは違った良さがあるのです!

 それに、こうして朝から大浴場が開いているのがその証拠です。


 では、どうしてこうも人1人すらいないのでしょうか?

 うーん、わかりません。


「当たり前ですよ、お嬢様!

 だって今日のお昼までこの大浴場は貸し切っていますからね!」


 おっと、これは驚きのカミングアウトがシアから飛び出しました。

 ですが、貸し切っているのであればこの状況にも説明がつきますね。

 何故、貸し切ったのかは謎でしかありませんけど。


「では、お嬢様。

 バンザイをして下さい」


 1人納得していると。

 一糸纏わぬ姿となったメルヴィーが、膝立ちで僕と目の高さを合わせて微笑みました。


 当たり前ですが、服を脱ぐくらい僕1人でもできます。

 一人で適当に着替えをすませる日もありますし。


 ですが、今のメルヴィーには何故か有無を言わさない凄みが!

 ここで逆らうのは危ない、と直感告げています!!


 とは言え、その美貌を惜しみげもなく晒しているメルヴィーに服を脱がせられるのは、流石にちょっと恥ずかしい。


 数瞬、しかし思考加速などを用いた長い時間の葛藤の末……

 恥ずかしさを我慢して両手を上にあげました……


「よっしゃあ、じゃあ行くかお嬢!!」


 手際よくメルヴィーによって服を脱がせられる。

 そして間を置かずして持ち上げられたかと思うと……後頭部に柔らかいモノが押し付けられました。


「むぅ……流石ですね、リュグズール」


「ん? 何がだお嬢」


「勿論、むっ」


「貴女ばかりずるいですよ、リュグズール」


 僕の言葉は、そんな声と共に遮られる。

 顔に押し付けられた、後頭部にあるモノと拮抗する双丘によって……


「フッフッフ! 残念だったなアヴァリス!!

 お嬢を抱っこするのはこのオレだ!」


「なっ!? それは聞き捨てなりません!

 ルーミエル様を抱っこするのは私の仕事です!!」


 そこにオルグイユが参戦しまさに三つ巴の戦い。

 僕を挟んで押し合う3対の双丘。


 それにしてもアレですね。

 特売の商品にでもなった気分です。

 今の僕はまさに取り合いになっている人形状態。

 ですが、そろそろ、く、苦しい……


「皆様、落ち着いて下さい。

 お嬢様が窒息してしまいます!」


 あ、危なかった。

 メルヴィーが救出してくれなければどうなっていた事か……


「皆様は反省していて下さい。

 お嬢様はこの私が抱っこさせて頂きます」


「なっ!?」


「お、横暴ですよ!」


「そんなっ!」


「何か?」


 反論を述べようとした3人はメルヴィーの微笑みの前に押し黙る。

 せ、専属メイド長恐るべし!!


「ではお嬢様、行きましょう」


 僕を抱っこして意気揚々と歩くメルヴィー。

 そんな後ろをドボドボとオルグイユ、アヴァリス、リュグズールの三人が歩く。


 その様子をノアとシアが呆れた顔で見ていたのを僕は見逃しませんでした。

 呆れているのなら止めてくれればよかったのに……

 因みにフェルは……


「む、やっと来た、エル遅い」


 マイペースなフェルは、三つ巴の戦いになど一切興味を示さず。

 先に湯船に浸かって僕たちを出迎えてくれました。


「お待たせです、フェル」


 メルヴィーに降ろしてもらい、シャワーで体の汚れを落とす。

 湯船に浸かる前に一度体の汚れを落とす。

 これが常識人として、当然のマナーです!!


 髪や体を隅々までメルヴィーに洗われる。

 そんな恥ずかしい過ぎる、軽い拷問を乗り越え、遂に湯船に……


「お加減は如何ですか、お嬢様?」


「気持ちいいですー」


 これで後は、お風呂あがりに牛乳があれば文句無し!

 やっぱりお風呂あがりは牛乳を飲まなければダメですからね!!


 暫くの間、皆んなで湯船に浸かって雑談をしていましたが。

 残念ながら、そろそろ上がらないとですね。


 何故なら!

 昨日夜遊びができなかった分、今日楽しまなければダメですからね!!

 そして、バカンスと言えば勿論……


「ビーチに行きましょう!!」

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