第37話 怒られるのでしょうか?

「グギァアアア!!」


 竜の巣と呼ばれるとある岩山。

 一体の火竜が咆哮を上げながら、見つけた矮小な存在、人の形をした存在に向かって襲い掛かる。


 竜種とは、魔物の頂点に立つ存在。

 巨大な身体と硬い鱗、鋼鉄すらも容易く切り裂き貫く牙と爪。

 上位種である龍などの幻獣と呼ばれる存在など一部の例外を省けば最強の種族。


 生まれて以降、常に強者として存在し続けた火竜にとって、それは狩にですら無いただの作業。

 自らのテリトリーを犯した虫を殺す作業に過ぎない……ハズだった……


「黙れ」


 人間の形をした存在が静かに……そして冷たい、ゴミを見るかの様な目でポツリと呟いた。


 その瞬間。

 その存在と視線が交わった瞬間に、火竜は本能的に理解した……自身は狩る存在では無く、狩られる側なのだと。


 しかし、時既に遅し。

 火竜は突進を止める事が出来ずに獲物に飛び掛り……次の瞬間、そこには首を綺麗に切断された火竜の姿があった。


 物言わぬ骸と成り果てた火竜は、重力に従って落下し始め……それも骸すらも次の瞬間には搔き消える。


 遠くで竜の咆哮がこだまする。

 竜の巣と呼ばれる岩山の日常は、まるで何事も何も無かったかの様に流れ続ける。


 その中に佇む人の形をした存在。

 たった今、火竜を一瞬のうちに仕留めたコレールは一人静かに呟く。


「ふむ、そろそろ十分ですね。

 お嬢様の元へ戻ると致しましょう」




 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




「ただ今戻りましたお嬢様」


「お帰りなさい。

 それにしても、遅かったですね」


 やっとコレールが戻ってきました。

 うん、流石に遅かったのでちょっと心配になってしまいました。


 もうちょっと遅かったら僕が迎えに行くところでしたよ、全く。

 けどまぁ、そのお陰で新魔法を完成させる事が出来ましたけどね!


「申し訳ありません。

 しかし、お嬢様が満足なされる数を討伐出来かと思います」


「本当ですか?」


「はい、勿論でございます」


 ニッコリと爽やか笑顔で微笑むコレール、自信がありそうですね。

 ギルドに戻ってどれ程のモノか見せてもらうとしましょう!


「それにしても……

 お嬢様、この惨状は如何したのでしょうか?」


「ふっふっふ! これは僕が新たに習得した魔法の跡です!!」


「それは……凄まじい威力ですね。

 流石でございます、お嬢様」


「我ながら凄まじい魔法だと思いますよ?」


 僕が完済させた魔法、それは〝星天魔法〟です。

 星を操り天空を司る超魔法。

 まぁ星を操ると言っても、流石に惑星をどうこうする事は出来ませんが……多分、本気を出せば衛生なら落とす事は可能です。


 滅光魔法のように神まで滅せるとは思いませんが。

 対人用の攻撃手段としてはチートと言って良いレベルでしょうね。


 けどまぁ、所詮は僕程度が使う事が出来る魔法です。

 もっと凄い威力の魔法は世界中にたくさんあるのでしょう。


「じゃあ、帰りましょうか」


「かしこまりました」


 そんなコレールの言葉共に訪れる一瞬の浮遊感、そして一瞬にして切り替わる視界。

 やっぱり転移魔法って便利ですよね。


 う〜ん、コレールにだけ頼るんじゃ無くて、僕も転移魔法を使えるようになっておいた方がいいでしょうか?


「さてと、早速冒険者ギルドに向かうとましょう!」


「かしこまりました」


 さてさて、コレールが一体どれだけの火竜を討伐したのか楽しみですね。


「そう言えば、フェルとオルグイユは大丈夫でしょうか?」


「そうですね……恐らくは大丈夫だと思うのですが」


「そうだと良いんですけど……ちょっと不安ですね」


 お留守番組であるフェルとオルグイユには、重大な仕事を任せています。

 ナイトメアの本部となる施設の設計。

 深淵の試練の最下層である200階層を全て使う予定ですけど……


 あの2人に任せて、一体どの様な事になっているのか。

 うん、不安です。


「別に2人を信用して無いって訳では無いですよ?

 ただ、ちょっと心配なだけです」


「あの2人は何を仕出かすか分かりませんからね」


「そうなんですよねぇ。

 う〜ん、やっぱり様子を見に言った方が良いでしょうか?」


 でもそれって言い換えれば、2人を信用していない事になってしまうんですよね……


「そうですね……様子を見に行くにしても、資金集めが一段落してかにしましょう!」


「承知致しました」


 そんな会話をしていると、冒険者ギルドに着きました。

 あっ、そう言えば、僕達の後を付けて来ていた人はどうなったのでしょうか?


 う〜ん、ちょっと可哀想な気もしますが、僕には関係無い事ですからね。

 とは言え……それとなく受付嬢さんに聞いておくとしましょう。


 まぁ、それはさておき。

 今回こそテンプレ来て欲しいですね……


 そんな淡い期待と共に冒険者ギルドの中に入ったのですが……その期待はすぐに打ち崩される事になりました。


「コレールさんっ! ルーミエルちゃんっ!」


 ギルドに入ると同時にそんな叫び声が鳴り響き、何やら慌てた様子のエメルさんが走って駆け寄って来ました。


 何かあったのでしょうか?

 ……何やら冒険者ギルドに来るたびに同じことを思っている気がします。


「こんにちは、エメルさん。

 そんなに慌てて何かあったのですか?」


「な、何かあったって……」


 エメルさんがピクッと眉を動かして青筋を浮かべる。

 な、何かまずい事でも言ってしまったでしょうか?

 むぅ、全く心当たりがありません……けどこの雰囲気は……これから怒られるのでしょうか?


「コレールさん、何があったのか説明して頂きますよ?」


 わかってますよね? と言う声に出していない言葉が聞こえて来る様です。

 その微笑みには有無を言わさない迫力がありました。


 さて……そんな訳でやって参りました、応接室!

 何というか、もうお馴染みですね……まだ3回目ですけど。


「では、お話を聞かせて頂きますよ」


 キリッとした顔のエメルさんですけど、何の話をすればいいのでしょうか?

 はっ! もしや僕の正体がバレてしまったんじゃ……


 緊張で縮こまっている僕の代わりにコレールが対応してくれると信じましょう。

 頑張って下さいコレール!


「特にお話しするような事は何も無いと思うのですが?」


「そんなハズはありません」


 そう断言するとエメルさん。

 怖い、怖いです!!

 もうまともにエメルさんの顔を見れませんよっ!?。


「失礼にあたる事は承知していましたが、念の為にギルドの者を付けさせて頂いておりました」


「ええ、承知しています。

 その方を撒いた事に関しては謝罪しましょう」


「気づいていらしたのですか!?

 担当の者から突然見失ったと報告があったので、てっきり何か問題に巻き込まれたのだと……」


「少し見られたく無い事情がありましたので、意図して撒かせて頂きました」


「そうでしたか……申し訳ありませんでした。

 先日、帝都近郊の草原で神獣が確認された様でしたので……」


「いえ、ご心配をおかけしてしまったようで、申し訳ありません」


「いえ! 私共が勝手に勘違いしただけですので。

 しかし、見られたく無い事とは一体……もしかしてルーミエルちゃんに……」


「違います、私はお嬢様の従者です。

 お嬢様に害をなす者を始末する事はあっても、私がその様な事をする事は神に誓ってありません」


「も、申し訳ありません。

 しかし、でしたらどの様な理由が……」


 「……ここまで疑われては致し方ありませんね。

 あまり知られたくは無いのですが、私は転移魔法を使う事が出来るのです」


「なるほど、転移魔法ですか……今、転移魔法って仰いましたか?」


「はい」


「あっ、あの」


 2人の密談に割って入った僕に2人の視線が集中します。

 しかし、これだけは確認しなければなりません!

 頑張れ僕、僕なら出来る!!


「僕、何かまずい事を、してしまったのですか?」


 恐る恐るエメルさんの顔を伺うと……


「ハゥッ!」


 エメルさんが奇声を発しました。


「ルーミエルちゃん…。ごめんなさいね、どうやら私の勘違いだったみたいなの」


 という事は、つまり……僕の正体はバレていないという事ですよね?


「ちょっと待っててね」


 ニッコリと微笑んでエメルさんか席を立ち上がり……強敵を引き連れて戻ってきました。


「今回は私達の落ち度だから、お詫びにケーキをご馳走するわ」


 そう、エメルさんは様々な種類のケーキを乗せたワゴン。

 そんな宝箱を押した職員さんと一緒に戻って来たのです!!


 そして、目の前に差し出されるケーキとミルクティー。

 悪魔の誘惑とはまさにこの事を言うのでしょう。


「可愛い……」


 目の前の誘惑に夢中になっていたせいで、エメルさんの呟きを聞き逃してしまいました……


 う〜ん、けどまぁ大切な事だったら、コレールが後から教えてくれるでしょう。

 気にし無い事にしましょう!


「エメルさん、話の続きをしたいのですがよろしいですか?」


「はい、お願いします」


「先程も言ったように、私は転移魔法が使えます。

 隠しておきたかった理由は、説明するまでも無いでしょう?

 もし、これが帝国上層部の耳に入れば面倒ですし、冒険者たちから勧誘されても困りますからね」


「確かに道理ではありますが、本当に転移魔法を?」


「勿論です。

 今から転移魔法を披露しても構いませんが、それよりも良い証拠があります」


「証拠、ですか?」


「ええ、私達が受注した依頼ですが、お覚えですか?」


「勿論です、竜の巣にて火竜の討伐及び素材の納品でしたね。

 まだ今朝の事ですから、しっかりと覚えていますが……まさか」


「ええ、既に依頼を達成しております。

 依頼内容では火竜一体とありましたが。

 それ以上は相談の上買取となっておりましたので、少し多めに収納魔法に入れてあります」


「どうやら嘘では無さそうですね。

 では、確認させていただきますので、こちらの解体場の方まで来て頂いてもよろしいでしょうか?」


「ええ、構いませんよ」


 と言うわけで、ケーキの誘惑をどうにか一旦断ち切り、やって参りましたました解体場……こっちは初めてです。


「では、コレールお願いします」


「かしこまりました。

 ではエメルさん、危ないので少し下がっていて下さい」


 エメルさんがコレールの後ろまで下がると、コレールが一度指を鳴らしました。



 ドドドドドォォォォオオ



 突如として鳴り響いた地鳴り、そして目の前に積み重ねられた火竜の死体……


「うわぁ」


 その光景を前に、ハイライトの消えた死んだ目でそう言ってしまったのは仕方ない事でしょう。

 解体場にいた人達やエメルさんなんて、僕以上に唖然としていますし。


 山の様に積み重なる火竜の死体を前に、コレールただ1人だけが満足気にその光景を眺めていた。

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