第7話 ムカつきます

 目を開けると、そこに映るのは見覚えの全くない岩の天井。

 それもそのはず、何せここは八大迷宮・深淵の試練の裏ステージで地下110階層ですからね。


 昨日、階層ボスであるエルダーリッチを見事に倒した訳ですが、結構なダメージを受けてそのまま寝てしまったんですよね……


 部屋を出ないとボスは再ポップしない、テンプレが遵守されていて良かったです。

 本当に、マジで、ありがとう神様!!

 まぁ尤も、そもそも再ポップされるのかすら知りませんけど。


「しかし、やっぱり床で寝ると身体中が痛いですね。

 これも、どうにかなつたら良いのですが」


 いくら敵がいなくとも、ここには人間が眠る事を計算して作られたベットも無ければ毛布もない。

 つまりは必然的に地べたで寝る事になるのですが……毛布くらいは〝等価交換〟で買っておくとしましょう。


 そもそも、俺がこんな寝心地の悪いところで寝る羽目になったのも。

 あとついでに魔物達と死闘を繰り広げてるのも、元はと言えば全てあの国王とあの国の奴らのせいです。


「なんかムカついてきました。

 ここを出たら復讐でもしてやりましょうか……

 とまぁ冗談は置いておいて、そろそろ行くとしますか」


 こう言ってはなんですが最近独り言がひどくなってきた様に思います。

 ヒキニートなコミュ障で独り言が多いって……


「ここはやはり復讐を……いやいや、やはり面倒ですね」


 そもそも俺はこの世界でも大人しくヒキニートしようと思っていたのです。

 それがこんな事になって、この後に復讐なんて面倒な事、考えるだけで嘆かわしいですしね。


「早くここを出て、適当に商売でもして悠々自適な自堕落ライフでも送りたいものですね」


 理想は現代技術をこの世界で再現し、その技術を独占。

 そして作り出した品で大儲けして堕落した生活を送る。

 うん、なんて素晴らしいんだ。


「等価交換を使えば実現可能でしょう。

 はぁ、先に進むとしますか……」





 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





「えぇえ! どうして!?

 なんで!! こんな事になってるんですかぁ!?」


 真っ白な世界に1人の男の美声が響き渡った。


「いや、落ち着くんだ私。

 ひっひっふぅ、ひっひっふぅ」


 このザマを目にしたら最後。

 この存在を神だと思う者は誰一人としていないだろう。

 しかしながら、事実彼は地球を含めるいくつかの世界を管理する正真正銘の神フォルクレス。


 大神とすら呼ばれる彼が、一体何を驚愕に囚われているのかというと、話は少し前に遡る……




 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 〝地球からの召喚者の一人である、手違いで巻き込んでしまった少年がまずい事になってます〟


 始まりはこう記された一通の報せだった。

 送り主は、記された通り少し前にこちらの手違いで巻き込んでしまった少年。

 伊波さんを送った世界を管理している神である。


 あの世界。

 アニクスという名の世界なのだが、そこを現在管理している神は女神アフィリスと言って私の後輩でね。

 優秀な奴なのにどこか抜けていると言うか何というか……


 閑話休題。


 まぁ取り敢えず、アフィリスからの報せが全ての始まりだった。

 取り敢えず私は事の詳細を知るためにアフィリスの神域に向かった。

 転移魔法で空間をつなげ、飛んだ先は私の神域と大差ない広く白い空間。


「アフィリスあの報せはどう言う事です?」


「それがですね……」


 アフィリスの説明を要約すると、彼はその容貌から吸血鬼と勘違いされて迷宮に追放処分となったらしい。

 鑑定書などで種族を検めればこんな事にはならなかったものを……


「せめてあの場所でさえ無ければ手出しできたのだが……」


「我々の責任です。

 彼を巻き込んでしまっただけで無く、こんな事になってしまうなんて」


 彼が追放された先は八大迷宮と呼ばれる8つの迷宮の1つ。

 八大迷宮はその昔、魔王との戦いで力を失った八柱の大神が造った場所であり、強力な結界によって守られている。


 その結界が邪魔をして、私達でさえ救出に向かうのは不可能。

 彼が助かるには迷宮をクリアするしか方法は無いのだが。


 私も詳細は知らないが、恐らくは魔王の封印と何らかの関係がある場所だ。

 そんな場所だからこそ八大迷宮の難易度は最大級に高い。


 長年の間、熟練の冒険者達が前半部分すらクリア出来ていないのがその証拠だ。

 そんな場所に召喚されて間もない少年が1人、とても太刀打ちできる場所ではない。


「せめて、彼の最後を見届ける事しかできません」


 今回の件は私の失態だ。

 彼が容姿から人間達に追放される事を予測でき無かったのだから。


「そうだねアフィリス。

 彼の魂を保護し、せめて次生を幸福に生きれるように手を回してくれますか?」


「勿論です。

 今回の件は私の責任でもありますから」


 そうしてアフィリスと共に彼がいる下界を覗く。

 そして、そのあまりの状況に思わず声を上げてしまい冒頭に戻るという訳だ。


「あはっはっは! 引っかかりましたね先輩!!」


 そう楽しそうに笑うアフィリス。

 そこには、先程までのシリアスな雰囲気など皆無であった。


 まさか……いや、彼女のこの様子を見るに間違い無いのだが。

 アフィリスは優秀な後輩でもあるが悪戯好きと言う厄介な奴だと言う事をすっかり忘れていた。


「アフィリス君、これは一体どういう事かな?」


 大体なぜこんな事になったのかな理由はわかってはいる。

 でもそれを否定したい、否定させて下さい!


「そんなの先輩の授けたあのスキルに決まっているじゃないですか」


 楽しそうに言うアフィリスに私の淡い期待は木っ端微塵に砕かれた。


「で、ですよね……やってしまった」


 何をやってしまったかって?

 そんなの決まっている。

 彼に授けたユニークスキル・等価交換の権能だ。

 何ですかあれ? あんなのアリですか? いいや無しです。


 あれは最早、人の持っているレベルの権能じゃない。

 あれはもう神の力といっても過言では無い程に十分すぎるチート。


 たしかにあの時、彼からの希望はスキルなどの能力を買うことができる、と言うものでした。

 でも、ユニークスキルまで買えるってそれはないでしょう!?


 しかも彼が使ってるホーリー、それはまぁいいでしょう。

 いや、よくは無いですよ、召喚されて数日で使えるような力ではないですからねアレは。

 ですが百歩譲ってまだ、ホーリーは良しとしましょう。


 ですが、何ですかあの滅光魔法って! あんなの神でも持っている者はいませんよ!!

 しかも等価交換にある権能の1つオーダーメイド、あれは流石にヤバいですよ。


「あぁ〜やってしまった、上手く口車に乗せられてしまった!!」


 そんな神スキルが誕生した理由は私だ。

 私がわかりきった挑発に乗り力を込めすぎたせいだ。


「あれって、もしかしたら私達より強くなるかもですね」


 そうアフィリスが言うが、あながち間違っていない。

 あのスキルに加え、祝福の代わりに手に入れた膨大な魔力。

 あの組み合わせは神である私達をも超える可能性を秘めている。


「取り敢えず、これで彼が簡単に死ぬ心配はしなくてすみそうですね」


「でも、もし彼があの迷宮から出てきたら謝罪くらいはしておくべきかもですね。

 恨まれて敵対されるのも嫌ですし」


「そうですね。

 取り敢えず彼があの迷宮から脱出したらまた、連絡して下さい」


「わかりました」





 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





 この迷宮に追放されてから、もう何日経ったかわからない。

 体感では半年も経ってい無いんですけど、もしかしたら一年近くたっているかもしれませんね。


 俺の目の前にあるのは、またしても巨大な黒い扉。

 これは今回も含めて7回見ている扉でボス部屋の入り口です。


 111〜120までは、レベルアップした110階層までの奴らと同じ魔物、御三家です。


 130までは、スケルトン、スケルトンソルジャーにアーチャー、ホーンビーストと骨となった御三家。


 140までは、ブラックハウンド、ダークガルーダ、黒カクエンと進化を遂げた御三家に加えリッチやスケルトンウィザード。


 150までは、今まで出てきた魔物達がレベルアップを遂げて勢揃い。


 160までは、今までの奴らに加えてジャイアントワーム、ジャイアントサーペント、ブラックスパイダー、タラテクト、マンティスソルジャー、クイーンアントなどキモい虫の魔物が追加。


 そして170、つまりはここまでは再び今までの魔物達に加えてアラクネ、エルダーリッチなどの知恵のある魔物が加算された。


 因みに俺のステータスのレベルはあれから更に上昇しづらくなっており現在キリ良く680だ。

 最初と比べて上がってなさすぎだろと思わなくも無いですが、実はここの魔物ってボス以外ズバ抜けて強い魔物がいないんですよね。


 ボスを省く魔物達の現在階層での平均レベルが600前半ですし……まぁ代わりに精神的に真っ暗は結構キツいですし、ボスのレベルは1000の大台を突破してくれてますけどね。


 さてと、ではそろそろボス戦と行きますか。


 因みにボス部屋の演出はいつも同じで手が当たると扉が勝手に開き中は真っ暗。

 中に入ると扉が勝手に閉じ、閉じた瞬間に光がつき戦闘開始という感じです。


 やっぱり、すぐに戦闘が始まらなかったのは初めのボス部屋だけで、お試しみたいな感じだったのでしょうね。


「さてと、今回は何が出るか楽しみですね」


 そうして扉が開き中に入り、次にまた自動的に扉が閉まっていく。

 ここまではいつも通りです。

 しかし……扉が閉じきり光がついた時そこにいたのは首が5つある白いドラゴンだった。


 残念ながらイージーモードは最初だけだったので、いつもなら光がつくと同時に攻撃を仕掛けてくるのだが。

 このドラゴンは俺のことを見定めるようにジッと見つめてくる。


 恐らくは、コイツも俺のステータスを鑑定しているのでしょう。

 そっちがそのつもりならこっちも遠慮なく覗かせて貰います。


「なっ!?」


 そして表示された鑑定結果に驚くことになる。



 ・種族:ヒュドラ

 ・年齢:???

 ・レベル:1450


 鑑定を妨害されました。



 表示された情報はこれだけ。

 わかったのは種族名とレベルのみであとは全て妨害された。

 こんな事今までになかったですよ、いきなりきますね、このダンジョンは……


 それにしても何故、鑑定を妨害するスキルがあると想像できなかったのか。

 考えてみればすぐにわかりそうなものなのですがね。


「取り敢えず先手必勝と行きましょうか」


 いつものようにホーリーを放つ。

 まずはこれで小手調べです。

 ホーリーの光が一直線に向かって飛来するがヒュドラは動かない。


 因みにレベルのせいか買ったスキルのせいか、戦闘や集中している時の時間はかなりスローに流れる。

 買ったスキルは思考加速と言うスキルで、まぁよくあるやつです。


 本来、超高速で飛んで行っているはずのホーリーすらもスローに見えている訳です。

 尤も、ここの魔物達はそのスローの中でも結構早く動いたりしてホーリーを避けるやつが結構いるんですけどね。


 しかしヒュドラは動かない。

 真っ直ぐに飛来するホーリーの光が見えていないわけではない。

 5つある頭のうち1つはしっかりとホーリーを捉えています。

 だが動かない。


 そしてホーリーの前に現れた魔力障壁にホーリーが受け止められる……はずもなく。

 ティッシュでも貫くかのように、ヒュドラが張った多重の魔力障壁を貫き、その後ろのヒュドラに直撃した。


 小手調べで左腕を狙ったのだが、直撃したヒュドラの左腕から肩、腹にかけてが消滅していた。


「……え?」


 思わず気の抜けた声が漏れる。


「グギャオォォォォ」


 ヒュドラは消滅した自身の左上半身を見て悲鳴をあげる。

 そして、こちらを見るその目には驚きと恐れが宿っていた。


「どういう意味かわかりませんが」


 取り敢えず追撃をする。

 ヒュドラなどの龍に属するの魔物は、テンプレの例に漏れず回復力が凄まじく、早くトドメを刺さないと回復してしまいますからね。


 滅光魔法でホーリーを乱射し、時間差などを加えて波状攻撃でホーリーを放つ。


 さっきので学習したのか、ホーリーを躱そうとするヒュドラだが……このホーリーの大群を躱しきれるはずもなく。

 徐々に傷が増えていき……そしてついに、ヒュドラがその身を地面に倒した。


「流石は龍に属する者、というところですか」


 他に倒れ伏したもののヒュドラは、まだ息があった。


「き、貴様、何者だ?」


 ヒュドラが息も絶え絶えに語りかけてくる。

 だが、魔物に話しかけられると言うのは初めてでは無いので特に驚きはありません。


 アラクネとか、殺してあげるよぉ〜って言って追いかけてきましたからね。

 あれは軽いホラーですよ。


「俺はただの人間ですよ。

 まぁ、吸血鬼に間違われましたけど」


「人間、だと?

 そんな脆弱な、種族がこの我を、屠ると言うのか」


「まぁ、そうなりますね。

 言い残す事はそれだけですか?」


「人間風情が……まぁいい、我を殺すのだ。

 精々、死なぬように、する事だな」


「忠告感謝しますよ」


 息も絶え絶えにそう言ってくるヒュドラに一言だけ答えて、ホーリーを5つ放ちヒュドラの頭全てを消滅させた。


 ヒュドラという強者であったせいか恐らくあのヒュドラは死に瀕した事が一度もないのだろう。

 自身が死ぬという事すら考えたこともなかったのだと思う。

 だからホーリーを見ても避けなかった、どうせ自分には効かないと決めつけて。


「せいせいしますね」


 死の恐怖も味わうことなく、常に奪う側であったのでしょう。

 イラつきますね……自分が絶対負けるはずが無いと思っている事がムカつきます。


「はぁ、後味悪いですね。

 さっさと次に行くとしましょう」

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