第16話

 


 脂ぎった禿頭の刑事と、三十半ばの刑事に目礼すると、禿頭の方が、


「森純香さんですね?」


 と、鋭い視線を向けた。


「はい、そうです」


「Wホテルの事件のことでちょっこし話を伺いたいんですが」


 禿頭が続けた。


「はい。あ、どうぞ、お入りください」


 禿頭の刑事は、内ポケットから封筒を出すと、


「こー書いたのはあんたですね?」


 と単刀直入に訊いたので、純香は素直に認めた。次に、なぜ柴田が犯人では無いと確信したのかと訊いたので、柴田の話の内容で判断したと答えた。レコード店やWホテルに行って探偵みたいなことをしたのは、真犯人を探すためかと訊いたので肯定した。


「そこまでしたのは、柴田さんへの愛やけ?」


「……というより、一日も早く娘さんのもとへ帰してやりたいと思ったんです。私も親のない寂しさを経験してますので」


 純香は俯いた。


「……親御さんがおらんがやけ? 」


「はい。父は昨年、転勤先の石川県で倒れて、心筋梗塞でした。母は、私が十歳の時に死にました」


「病気で?」


「……いえ。自殺です」


 二人の刑事は目を合わせた。


「原因は?」


「さぁ……。遺書も無かったので分かりません」


「苦労したがやちゃ」


「……」


「話ちゃ変わるが履歴書によると、本籍地が大広田になっとるが」


「本当は、岩瀬浜です。でも、岩瀬浜には嫌な思い出があって、故意こいに本籍地を偽りました」


「東京の大手出版社におって、なんでまた富山に?」


「富山には嫌な思い出だけじゃなく、いい思い出もいっぱいあります。都会暮らしに疲れた時、潮の香りが呼び起こしてくれたんです。それで、懐かしくなって」


 一欠片ひとかけらの作り話を包含ほうがんしながら、純香は懐古を重点に熱く語った。復讐の画策を悟られないために。だが、――


「あの女、何かあるな」


 禿頭の刑事が呟いた。


「富山に戻ったことですか?」


「それと、母親の自殺の件だ。自殺の原因を知っとるような気がするんだが。あえてそー隠しとるように見えたんだが」


「なんのためでしょ」


「……もう一つ気になることが」


「え?」


「あれだけの女がわざわざコブつきの男と付き合いろーけ?」


「でも、柴田の方もなかなかいい男だし、好きになってもおかしくないでしょ」


「お前ちゃ東京に住んどったさかいハイカラなものの考えだが、俺にはあの女が意図的に柴田に接近したように感じるがやちゃ」


「まさか、復讐?」


「あー」


「でも、彼女は柴田を助けてますよ、タレコミで」


「そこやちゃ。復讐が目的で接近したが、いつの間にか好きになっしもたんでないやろうか」


「……なるほど。その復讐というのは母親の自殺に関係があるということですね」


「そうだ。おい、母親の自殺の経緯けいいを探ってみようでないけ」


「はいっ!」


 若い方の刑事は歯切れのいい返事をすると、大きくハンドルを切った。――



 夕方、柴田が来た。


「今日、会社に刑事が来たよ。君とWホテルを使ったのをフロントが覚えていて、逮捕された男との関わりの有無を確認しに来たのだろう。履歴書も見せた。ここにも来た?」


「ええ」


「悪かったな、迷惑かけて」


「迷惑なんかしてないわよ。夕食は?」


「ん? たまには俺の手料理を食べさせるよ。あいつに」


「……そう」


「それじゃ」


 柴田は背を向けた。純香は引き留めなかった。柴田の背中が言葉を待っていたのは分かっていた。だが、あえて何も言わなかった。このまま、自然消滅しても仕方ない。事件があった日、真結美を抱いたのは、柴田の態度を見れば察しがつく。しかし、私に柴田を責める資格はない。そもそも、復讐が目的で近づいた男だ。責める資格はないが、かといって、柴田の過ちを許す心の広さも持ち合わせてはいない。……純香は柴田との別離を考えていた。

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