第四章 ⑧
「私が赤マントであることを、団長には言わないでくれ」
再びベンチへと腰を下ろしたリジェッタへと、マリールが言った。まるで、悪戯が露呈するのを恐れる子供のように。
「まあ。《魔狼》に告げていなかったのですか?」
「……そうだ」
「当然ですわね。あの性格ですもの、どんな理由であれ盗みを働くなど許しはしないでしょう」
身内が敵の危機に陥ったとなれば、自ら先陣切って戦うのがジャックスという人間だ。
しかし、身内が馬鹿をすれば正しく罰するのもジャックスという生物だった。
「し、しかし、私は非道な方法で稼ぐ連中からしか盗んでいない。あるべき金を、あるべき場所に返しただけだ」
マリールが言い訳を並べるも、リジェッタは首を横に振る。
「だとしても、犯罪は犯罪です。マフィアだからこそ、通すべき筋があります。それに反すれば、破門は免れないでしょう」
すると、マリールの表情が苦渋に染まる。
「分かっている。分かってはいるが、私はまだ騎士見習いなのだ。いつまでも、こんな風に戦えないでいるなんて耐えられない。自分で言うのもなんだが、私はそれなりに強い。大抵の連中なら、不意を突かれない限り負けはしない。なのに、いつまで経っても見習いのままなのだ」
フェンリル騎士団を大別すると、騎士と騎士見習いの二つで構成される。言うまでもなくジャックスは騎士中の騎士だ。そして、修道服を着て奉仕活動する者達は騎士見習いである。
よほど不満なのか、マリールが拳を固く握った。
リジェッタは、呆れ成分が滲む溜め息を吐いた。
「そんな考えだから、甘いのです」
「なんだと?」
「それでは、百年経っても見習いのままですよ?」
マリールが立ち上がろうとするも、腰がまったく上がらない。リジェッタが手も使わずに押さえ込んだ。そこには、確かな重さがあった。
「騎士とはなにも、戦う力ばかりではございません。暴力だけを行使するのでは、蛮族と変わらないですわ。ジャックスはあなたになんと教えましたか?」
「……騎士とは、弱き者を護る盾となり悪を斬り払う剣であれと」
「その通りです。ですから、あなたはなにも急ぐ必要などありません。時が来れば、ジャックスが導いてくれるはずです」
古来、狼とは孤独の象徴としての意味が大きい。本来、狼とは群れで生活する生き物だ。家族を愛する気持ちは温かく、そして深い。
「《魔狼》は、あなたに意地悪しているのではありません」
「《偽竜》よ」
マリールが顔を上げる。
「さっきから私の頭に乗せている乳房を退けてはくれないか? 肩が痛くてかなわん。このままでは首の骨が折れそうだ」
「私はとても楽なのですが」
「それは、私に負担を押し付けているからだろう?」
「うふふふ。乗せているのに押すとは、これいかに」
「いいから、隣に、移動、しろ!!」
熱烈な歓迎を受け、リジェッタが隣へと移動する。マリールが新鮮な空気を吸おうと、何度も深呼吸を繰り返した。
「あなた、ワイバーン騎士団に一人で戦いに挑むつもりですね?」
咳き込んだ。マリールが口を手で押さえて辺りを見回す。そんな様子に、リジェッタは相貌の奥をスーッと細めた。
「私、ロデオさんとカレンさんの言葉を想い出しました」
言わなければいけなかった。
『むしろ、俺が教えてほしいくらいだ。オークション会場が襲撃されて、半分以上の商品が盗まれたんだぞ。ワイバーン騎士団は血眼になって犯人を捜している。お前、怪しい連中を撃ったんだろう? 殺さないで息を残しておけば有力な情報が掴めたかもしれないのによ』
商品の半分。とてもではないが、赤マント一人で盗めるものではない。
なにより、あの襲撃の後、マリールはすぐに逃げたではないか。
『それなんじゃが、あのオルムという女は被害を受けた客に全額返金したうえで、別に商品を用意したらしい』
別に商品を用意した。
その商品は本当に〝別〟だと誰が証明してくれる?
「おそらく、真相はこうです。あなたは売上だけを盗もうとした。しかし、予想以上に手間取ってしまった。そうしているうちに私と出会い、なにも盗めずに去った。オルムは、そこに目を付けた。すなわち、あなたを利用してやろうと。フェンリル騎士団を瓦解するために」
「何故、騎士団が関係あるんだ? あれは、赤マントとして私が独断でやったことだ」
「顔を隠しても、人を探す方法などいくらでもあります。声、匂い、仕草、人を区別するための要素など無数にある。魔造手術により、鼻や耳が発達した者ならば探すのはそう難しくないでしょう」
マリールの顔から、どんどん血の気が引いていった。それを不憫だと想いつつも、リジェッタは最後まで言い切る。
「ワイバーン騎士団は、あなたを捕まえるつもりです。そしてジャックスに言うでしょう。損害分を払えと。この場合、損害額は向こうの自由、言い値です。いくらでも吊り上げられる。それも、客には〝盗まれた商品〟の代わりとして〝盗まれていない商品〟を渡すことで評価を維持出来る。懐はなにも痛まない。もしも《魔狼》が払わないと言えば、あなたの身柄は向こうに渡る。それこそ、死ぬよりも酷い生活が待っているでしょうね」
楽には殺さない。娼館、実験体、奴隷、いくらでも搾り取れる。死ぬまで。
「マリールさん。いえ、赤マントちゃん」
睨まれたわけでもないのに、マリールが短い悲鳴を上げた。
「ワイバーン騎士団を敵に回した心境はいかほどで?」
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