第三章 ⑦


「私、てっきりそこら辺の屋台からミートパイやポテトフライを買ってくるものとばかり想っていましたが、やはりあなたは面白いですね」

 テーブルに並べられたのは、ホワイトシチューだった。湯気を登らせる白き汁に人参やジャガイモ、玉ねぎが仲良く浮かんでいる。それと、ベーコンを挟んだベーグル、切った林檎が用意されていた。

「文句があるなら、食べなくてもいいぞ」

 皿にシチューを盛っていた赤マントが不服そうに言った。

「見事な料理の手際だと褒めたのです。私てっきり『幼いころに家族を失ったショックで心を閉ざし、裏の世界をナイフ一つでのし上がると心に誓い、人間らしい感情を最近まで忘れていた系の女盗賊』とばかり想っていたので」

「なんだその具体的すぎる想い込みは! 女ならシチューの一つくらい作れて当然だ。おい、その『え、そうなのですか?』という驚いた表情はなんだ。お前まさか、料理が出来ないのか? パンを焼くくらいは出来るだろう?」

 赤マントからシチューが盛られた皿を受け取ったリジェッタが、ゆっくりと顔をそらした。

「私、悪漢共を炭を作るのは得意ですが、パンを焼くのはちょっと」

「じゃあ、スクランブルエッグはどうだ? 言い方は悪いが卵をグチャグチャにするだけだぞ」

「私、殺人鬼の内臓をグチャグチャにするのは得意ですが、卵を焼くのはちょっと」

「……林檎なら切れるだろう。皮を剥くなんて高尚なことは言わん。四分割ならどうだ?」

「……私、混合魔獣を四分割にするのは得意ですが、林檎を切るのはちょっと」

「なんでたとえが物騒なんだ!? お前、人間として駄目だからな。いいか『私は竜ですから』っていうのは、言い訳にはならないんだから。まさか、家事とか料理が出来ないからって竜になろうなんて支離滅裂馬鹿ってわけじゃないだろう!?」

「け、けど、サンドウィッチは作れますよ。」

「切って挟むだけの料理がなんの自慢になる!?」

 なんかもう、色々びっくりだった。

「私、そこまで言われたの生まれて初めてですわ」

 圧倒され、リジェッタは目をしばたかせた。フードの下ではどんな表情なのか、赤マントの息が荒くなっている。

「とりあえず、いただいてもよろしいですか?」

「……病み上がりなんだ。ゆっくり食べろ。お前、気持ち悪いくらい早食いなんだろう。顎をちゃんと動かしてよく噛め。じゃないと、胃に負担がかかる」

「なるべく、努力しますわね」

 ともあれ、やっと食事だ。リジェッタはいつものように目を閉じて神へ感謝を捧げる。その祈りに、赤マントが怪訝そうに首を傾げた。

「お前でも、神を信じるのか?」

「あなたは信じていないのですか?」

 目を開けたリジェッタが聞くと、赤マントが吐き捨てるように言った。それは、嫌悪と拒絶だった。

「少なくとも、都合良く助けてくれる神などいない。祈ってなにになる? 神など、本当に助けを必要としている者達を救ってはくれないじゃないか」

「それが、あなたが盗賊である理由ですか?」

 スプーンを握った赤マントの手が、ピクッと震えた。リジェッタは辺りを眺めて、さらに言葉を続ける。

「稼いだ金額は相当でしょう。なのに、ここはお世辞にもお金持ちが住むような場所ではない。あの日、あなたはなにを盗んだのですか? いったい、どんな理由で盗賊を?」

「お前に、答える必要などない」

「そうですか。なら、仕方ありませんね」

 リジェッタは静かにシチューを口へ運んだ。いつものリジェッタの食事を知っている者からすれば、亀の歩みにもひとしい遅さだった。

「猛烈に美味です」

 赤マントが硬直していた。

「どうかしましたか?」

「いや、別になんでもない」

「もう少し踏み込んで聞いた方が良かったですか? もしかして、実は話したくて仕方なかったとか」

「そんなわけあるか!」

 赤マントが皿を掴んで豪快にスプーンを動かす。羞恥を隠そうとしているのがバレバレだった。

「うふふふ。あんまり急いで食べるとむせますよ。ゆっくりと召し上がりなさいな」

 赤マントがスプーンを止める。口元が、なにか言いたそうに震えていた。

「私は、あなたの行動や思想に明確な理由を求めません」

 ベーグルを手に取り、リジェッタは穏やかに微笑んだ。瞬間、手からベーグルが消失した。

 いつの間にか、シチューが盛られていた皿の中も空になっていた。

「ですから、これだけは覚えておきなさい。偽竜はあなたに命を救われました。その恩は返さないといけません」

「いや、それはあのときに私が先に助けてもらったから」

「それで終わりだなんて、寂しいではありませんか」

 これっきりじゃなくてこれからも、と。

「……お前は変わった奴だな」

「よく言われます」

 リジェッタの右手がベーグルに触れた刹那、ベーグルが消失した。口元が、小さく動いている。

「赤マントちゃんは料理が得意なのですね」

「ふん。このくらい作れて当然だ」

 鼻を鳴らした赤マントが『ん』と違和感に気付いた。

「おい、なんで〝ちゃん〟なんだ。さっきまで〝さん〟だっただろう」

「そちらの方が可愛いかなーっと」

「かなーじゃない! 私に可愛さなど求めるな!」

 赤マントがテーブルを拳で叩いた。スプーンが小さく跳ねて皿にぶつかり、澄んだ音を鳴らした。

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